表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
161/187

第九話 乱れる感情

「……」


 エミーナはいつもの薄暗い部屋でゲームをしていた。

 しかし、どこか落ち着きがない。

 左右の足をすり合わせるように動かし、時折考えるそぶりを見せる。


(ちゃ、ちゃんと読んでくれた、かな)


 とりあえず良いところで、一度ゲームを中断し、コントローラーを置く。

 そして、テーブルに置いてある湯気立つカップを手に取る。


(手紙なんて古いって思われないかな? でも、連絡先なんてわからないし。いきなり面と向かって喋るのなんて無理だし……)


 先日の一件から、勇気を振り絞って一歩を踏み出し、アパートの同じ住人からでも交流してみようと考えたエミーナ。

 その第一歩は、手紙による交流。

 何時間も考えようやく書き終えた手紙を自分で……ではなく、アパートの管理人であるかなみに渡してほしいと頼んだ。


「返事、くれるかな」


 ちらっと、玄関の方へと視線をやる。

 手紙はすでに渡っているはず。

 もし、返事を書いてくれたら……。


「……あれ、そういえば」


 そこでふと、エミーナはあることを思い出す。

 それは自分が書いた手紙の内容だ。

 誰かと交流するなど本当に久しぶりなために、一通の手紙を出すだけで一気に疲労によりダウンしてしまうほど。

 ペンを走らせている間の記憶は曖昧だった。

 しかし、大分回復してきたところで、徐々に記憶が蘇ってきたのだ。


「……あわわわ!?」


 エミーナは自分が書いた手紙の内容を思い出し、さーっと血の気が引く。

 あまりにも薄い。

 あまりにも下手。

 あまりにも……手紙として出すのもおこがましい。それほどダメなものだったと、エミーナは恥ずかしくなり大きめの服に顔と足を突っ込み、まるで亀のような状態でその場に転がる。


(ひゃー!? 私ってばなんてものをー!! 初めましてって……初めましてって……ただの挨拶じゃん! それに、初めましてじゃないし! うわあーっ!? 絶対引かれちゃった……これはないだろって思われたに違いないよぉ!! お、終わった……)


 第一歩から崖を転がり落ちたかのような感覚に陥った。

 大怪我も大怪我。

 これでは、返事など到底返ってくるはずがないと、エミーナは沈黙した。


「……自棄食い、しようかな」


 まるでゾンビかのようにゆらゆらと立ち上がり、冷蔵庫へと移動していく。

 

「あ、大事に食べようと思ってた限定チョコ……まあいいよね。全部食べちゃおう」


 数量限定の少しビターな一口チョコ。

 大事に大事に食べようと決めていたが、今のエミーナは止まらない。

 今日で一気に食べてしまおうと手を伸ばす。

 

 刹那。


 ピンポーン、とインターホンが鳴り響く。

 その音に、虚ろだった目に光が宿り、手が止まる。

 

「えっと、届け物です。後で、確認してください」


 零の声だ。

 一瞬、なんのことだか理解できず硬直するエミーナだったが、すぐ手紙の返事ではないかと気づき、遠ざかっていく足音を聞きながら思考する。

 

「そーっと……」


 完全に足音が聞こえなくなったところで、恐る恐るドアを開き、ポストを確認する。

 そこには、一通の手紙が入っていた。

 

「お、おおぉ……」


 まさか返事が来るとは思っていなかったエミーナは、どうしていいかわからず声を漏らす。

 すぐさま手紙を手に取り、部屋へと引き返した。

 

「……」


 手紙を読むために電気を点け、テーブルの前で正座をする。

 まるで機密文書でも読むのかという重い空気。

 ごくりと喉を鳴らし、エミーナはゆっくりと手紙を開く。


「……初めまして、明日部零です」


 出だしの文を見た瞬間。


(ふわあああっ!? 挨拶返してくれたあああっ!?)


 恥ずかしいような、嬉しいような。

 とにかく顔が熱くなってきてしまった。


「手紙をくれたということは、文通で交流するということで良いんでしょうか? ぶ、文通……」


 改めて意識すると、更に恥ずかしさが増してしまう。


「同じアパートに住む者同士仲良くできたらと思っています。手紙、待っています……焦らず、エミーナさんのペースで良いですから」


 力強い、だが丁寧な文字で書かれた文章を読み終わったエミーナは、静かに手紙をテーブルに置き、しばらく虚空を見詰める。

 

「……」


 数秒後、すくっと立ち上がり。


「……」


 またしばらく虚空を見詰め、座り込む。


「……すう」


 大きく息を吸い込み、近くにあった枕を顔に押し付け。


「ふわあああああっ!!!」

 

 心の底から叫んだ。


(優しさが……優しさが眩し過ぎるよおおおっ!!! あんな……あんな態度をとったのに……あんな手紙を送ったのに……! 絶対変な奴って引かれてると思ったのに……いや、実際引かれたかもだけど。それでも……ううぅ……!!)


 しかも、手紙を送ったその日に返事を書いてくれた。

 文章からも、純粋に仲良くなりたい気持ちと、エミーナを気遣ってくれているのが感じられる。

 その眩しいほどの優しさに、エミーナは身悶えする。

 

「はあ……はあ……あ、危うく浄化されちゃうかと思った……き、気のせいだよね? なんか聖なる力を感じるような気がするけど……」


 息も絶え絶えなエミーナ。

 仰向けに倒れながら呼吸を整える。


「……ど、どうしよう。返事、何を書いたら……!!」


 悩む二十八歳独身のサキュバス。

 まるで恋する乙女のように手紙の返事のことで頭を抱える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  乙女じゃ、乙女がおる。
[一言] 聖なる力、たぶんほんとにこもってるんだろうなあ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ