第八話 まずは距離を
「ふあぁ……」
やはり寒い日は暖かいところに居ると眠気が物凄い勢いで襲ってくる。
十一月も残り十日足らず。
最近は平和、と言うのかは悩ましいところだが、あおね達の活躍もあってか【欲魔】が俺の前に現れることはなく、日々を送っている。
なんだかこうしてのんびりしていると、いつもの日常を送っている気分になる。
……なんて、そんなことを思うのは無理な話だ。
「なあ、兄ちゃん。もう菓子がなくなっちまったんだが」
「なにか食わせろー」
「こらこらー、あんまりお兄さんを困らせるものじゃないぞー。それに、零は私と狩りに出ているから手が離せないのだよ」
「仕方ない! ここはわしが行こう。勝手に冷蔵庫あさりますぞー」
普通の日常とは……。
いや、何も知らなければ普通にこたつの中でのんびりしている四人って感じなんだろう。
しかし、この空間に居るのは謎の超パワーに覚醒した不思議幼馴染。年中マスクをしている腹ペコ猫耳フード忍者。見た目は女子小学生だが中身は別の地球から転生してきたおっさん。
そして、最後に見た目はただのジャージを着たぐーたら美女の……女神。
「おお! でかい焼きプリンを発見ぞ!!」
「あ、それ持ってきてー」
「四個あるけどー?」
「じゃあ、他に食べたい人―」
「ほーい」
「じゃあ俺もー」
ゆるい。
かなりゆるい空間だ。
まるで誰もが我が家気分で過ごしている。
まったくここより居心地の良いところはたくさんあるだろうに。どうして、いつもこの狭い部屋に集まってくるのだろうか。
今はまだ四人だからいい。しかし、これがさらに増えるとなると、こたつが部屋の真ん中にどん! と置かれてあるのでいつも以上にスペースがない。
「零はー?」
「俺はいい。代わりに食べていいぞ」
「ふむ。ならば我が食べさせてしんぜよう」
「いや、お前が食べていいって」
「遠慮しないでー! 皆でおいしく食べようぜ?」
などと言って、四つのでかい焼きプリンとスプーンを持ってくるみや。
一個ずつ欲しいと宣言していたぐーたらズのところに置いていき、最後はこたつに入らず俺の隣に膝をつく。
「マジで食べさせるのか?」
「マジです」
「プレイの邪魔だけはしないでねー。あ! 尻尾! 尻尾切れた!」
こんな感じでゆるい時間を過ごしていると、インターホンの音が部屋に響き渡る。
現在の時刻は、十七時半を過ぎたところ。
いつもなら夕飯の準備をしている時間なのだが、キュアレがたまには出前でも頼んで零は休もうー、との提案で夕飯は作らないことになった。
けどまだ注文すらしていない。だから、今来たのは。
「おーい、少年。管理人さんだぞー」
どうやら管理人のかなみさんのようだ。
俺は、プレイをいったんみやに任せ、玄関へと向かう。
「とりあえず尻尾剝ぎ取っておこうーっと」
玄関の鍵を開け、俺はドアを開ける。
そこに立っていたのは、一通の手紙を片手に持ったかなみさんだった。
「はいこれ」
「俺に、ですか?」
わざわざ管理人が手渡しとは。
差出人は……え?
管理人がわざわざ持ってくるのも驚いたが、差出人の名前を見て更に驚いてしまった。
「これはいったい」
エミーナ・ロサフィー。
そう。
俺よりも先に。一番にこのアパートに入居した人の名前だ。二回しか会っておらず、まともな会話などできていない。
にも拘わらず、手紙? どういうことだろうと困っていると、かなみさんが嬉しそうに俺の胸板を叩く。
「うんうん。いい感じだねぇ。この調子でどんどん仲良くなっておくれよ」
「いや、これどういうことなんですか?」
「さあ、どういうことだろうね。まあ、ひとつ言えることは一歩前進ってことだね」
確かに、あれだけ避けられていたのに、あちら側から手紙という形ではあるが、接触してくるというのは一歩前進と言うべき、なんだろうが。
「とりあえずさ。じっくり手紙を読んで、それから考える。入居者同士、仲良くねー」
そう言ってかなみさんはいつもの調子で去っていく。
仲良くするのは良いんだけど……うーん。
玄関のドアを閉めてから、俺は手紙を見詰める。
そして、脳裏に浮かぶのはエミーナさんとの二回の接触。
一度目は、かなみさんの代わりに荷物を届けに行って、彼女が油断。それによりかなり恥ずかしいファーストコンタクトになってしまった。
二度目は、またまたかなみさんの代わりに届け物を。
その時は、彼女もかなり警戒していたようでドア越しで、それも文字で会話。
どう考えても、進展があったようには感じないのだが……さて、どんなことが書いてあるのか。
「狩ったどー!!」
「ぎゃー! 捕獲だって言ったじゃーん!?」
「あ、ごめんごめん。なんか熱くなっちゃって」
手紙を持って戻ると、最初に手紙へ気づいたのはみやだった。
「誰から?」
「ここの先輩さんからだよ」
俺はこたつに入り、さっそく手紙を開き、目を通す。
四人とも気になるようで、ものすごい勢いで覗いてくる。
みやは左斜めから。
キュアレは後ろから。
ここねは右斜めから。
最後にこたつの中から現れ、膝の上から見ようとするおっさん。
「おいこら、おっさん。見えないだろ」
「固いこと言いっこなしだぜ、兄ちゃん。女子小学生に匂いを存分にくんかくんかしていいんだぞ?」
性懲りもなくまた煽ってくる……。
「えー、なにこれ」
「どうしたんだ?」
まだ俺は読んでいないが、先に読んだキュアレが眉をひそめている。
「はへー、もうちょっと長めの文が書いてあると思っていたけど。これは……」
だから何が書いてあるんだ? と、俺は手紙を見るために高くあげる。
そこに書いてあったのは。
「……初めまして?」
ただの挨拶。
たった一言だけそう書いてあったのだ。
「これは……かなりのコミュ障ですな!!」
「そういう問題?」
いや、にしてもひど過ぎない、かこれ。