第七話 欲が増幅する
「申し訳ありません。最近は、聖女として、退魔士としての仕事が忙しくて……」
「あおね達も言ってましたけど、やっぱりこれぐらいの時期にはいつも?」
「はい。あちらの方はここ日本が本拠地なので人数も十分なのでしょうが、私達のところは少人数なもので」
十一月も残り二週間をきった。
今年も残り一か月ちょっと。
寒さもますます増し、毎日寒さと戦いながらの生活だ。
そんなとある日の夕刻。
スーパーで買い物をしていると、同じく買い物をしていたセリルさんにエルさんと偶然出会った。
最近は、色々と忙しく会う機会がなかったため、一緒に帰りながら話をしている。
セリルさんが最近忙しくしていたのは、退魔士としての仕事だ。
毎年このぐらいの時期になると、一年の中でより強大な欲が溢れ出すのだそうだ。
欲。
それは【欲魔】を生み出すものだ。
そんな【欲魔】から人間を護るのがセリルさん達。
あおね達も、セリルさんほどではないが最近忙しく、あまり俺達と行動をしていない。まあ、常に分身をしていつも通りの仕事をしているようだが。
「えっと、西の本拠地は」
「海の向こう。つまり外国にあります。私達は、日本支部のひとつ、と言ったところでしょうか」
本来は、この日本を護るのはあおね達のような存在。
しかし、とある時期から東も西もない。
この世界を、人々を護る気持ちは一緒のはずだと、少人数ではあるが西の退魔士達が日本に支部を作り、活動を始めた。
とはいえ、まだその協力関係をよく思っていないところもあるそうで……少なくともあおね達やセリルさん達は協力関係を築いている。
「最近は、エルもあおねちゃん達と協力して仕事をするのが楽しいようで」
「へえ」
と、エルさんを見ると。
静かに親指を立てた。
これはその通りと言っているんだろう。
「あ、そういえば」
そろそろアパートに到着という距離で、セリルさんが何かを思い出したかのように声をあげる。
「零様のお誕生日。確か、十二月三十一日でしたよね?」
「よ、よく知ってますね」
話してはいないと思うんだが。
「それはもちろん。零様のことならなんでも知りたいので」
まあ、誕生日ぐらいなら俺の知り合いから聞けばすぐわかることだし……うん、あまり気にしないでおこう。
「それにしても、年の最後がお誕生日だなんて……」
「毎年、年末の雰囲気と誕生日の雰囲気が混合して、父さんも母さんもテンションが凄いんですよ」
ちなみに俺が生まれた時間は深夜の零時。
つまり十二月三十一日になった瞬間に生まれたんだそうだ。
だから零なのか? と二人に聞いたところ、その通り! なんて答えた。
「あのお二人なら本当に凄いテンションなのでしょうね」
くすくすと笑みを浮かべるセリルさん。
「本当に。しかも、一日中ですよ? 俺はただおめでとうって言われればそれで良いんですけど」
そういえば今年はどうなるんだろうな……やっぱりこっちに来るんだろうか。
それとも俺の方が帰った方が……。
「ふふ。では今年はもっともっとテンションがおかしくなるかもしれませんね」
「え? それってどういう……」
「サプライズも考えたのですが、やはり零様には隠し事をしたくありませんから」
と、セリルさんは俺に自分のスマホを差し出してくる。
なんだ? と画面を見ると。
「なるほど……」
そこには、母さんからのメッセージが表示されていた。
色々と書いてあるが、要約すると。
「はいはい。誕生日はこっちでやるんですね……たく、なんでこういうことを息子である俺に言わないのか」
どうやら誕生日の日はこっちに遊びに来るようだ。
まったく。無理にこっちに来なくてもいいのに……。
「お母様なりに零様を気遣ってのことじゃないでしょうか? 最近の零様は何かと大変な生活を送っていますから」
「それを言うならセリルさんのほうが大変じゃないですか」
スマホを返しながら俺は恥ずかしそうに頭を掻く。
確かに、キュアレが来てから俺の生活はがらりと変わった。とはいえ、セリルさん達と比べれば。
「私達はもう慣れっこですから」
慣れ、慣れか。
「というわけで、私達も一緒にお誕生日を祝えるように全力で欲を祓っています」
「まだ一か月以上もありますけど」
「それだけ本気ということです。もちろんあおねちゃん達も」
あはは。嬉しいんだけど、なんだかそれと同時に不安が……いや、普通に嬉しいんだ。これまでの人生で一番の誕生日会になりそうだから。
けど、なぁ。
「では、私はここで。今日はご一緒に帰宅できてとても嬉しかったです」
そんな複雑な心境になっていると、アパートに到着する。
セリルさんが笑顔で会釈をし、エルさんがさらばだと書かれたプラカードを見せ付けながら階段を上っていくのを見送り、俺も自分の部屋へと入る。
「ただいま」
ん? そういえば。
靴を脱ぎながら俺はとあることに気づく。
それは。
「今日はフラグ神の声が聞こえなかったな」
いつもならああやってフラグになりそうなことを思考すると、すぐ脳内に声を響かせてくるのに、今回は何事もなかった。
……つまりフラグは立たなかった?
それはそれで嬉しいことなのだが、なにかあったのか? と思いつつ、俺はキュアレのところへと足を運ぶ。
「おーい、帰ったぞー……って」
いつもならだるだるな感じでおかえりー、とか言ってくるのだが。
「寝てたのかよ」
こたつに入ったままテーブルにうつ伏せになる感じで寝ていた。
スマホをいじっている最中だったのか。そのまま放り出すような置かれており、整った美人顔が台無しになるぐらい涎を流していた。
「……夕飯作るか」