第二話 遠出の際に
「まったく、キュアレの我儘にも困ったものだ」
土曜日の昼時。
俺は電車を使って少し遠出をしていた。
キュアレがその地限定の菓子を食いたいと言い出したのだ。
どうやらとある番組でその菓子を紹介していて、食べたくなったそうだ。
俺も一緒に見ていたので、隣で。
「食べたいなぁ……すごく食べたいなぁ」
などと明らかに俺に聞かせるように呟いていたのだ。
まあ、正直俺も食べてみたいと思っていたし、電車代や菓子代なども出してくれたので、これぐらいの苦労はどうということはない。
それに、ついでとしてちょっとした観光もできるからな。
「さて、目的の菓子も買ったし、この町は蕎麦も有名みたいだし食ってから帰るか」
念のため店の場所は調査済みだ。
駅から徒歩で十分ほどの場所なので、すぐ見つけられた。
「ん?」
能力を手に入れてから人間観察がするようになり、時々だが普通じゃない、と感じる時がある。
その瞬間から、反射的に能力を発動。
今回は、明らかに女子高生と四十代ぐらいのおっさんの二人。
なにやらいかがわしいホテルに入っていくようだが……。
「なんだあの数値……」
おっさんの方ではない。
まあおっさんの方も結構な数の性行為をしているようだが、女子高生の方はそれが生易しいかのような数値を誇っている。
いつかの【欲魔】の数値を軽く超えているんじゃないか?
三十代から五十代ぐらいの男をよくターゲットにしているようだ。
ノーマルからアブノーマル。
おいおい、本当にそんなプレイもしたのか? というものまでやっている。
性行為だけでも容易に三桁にいっている。
……まあ、それもそのはずか。
なにせ彼女は人間じゃないのだから。
「いらっしゃいませ!」
俺は、目的である蕎麦を食べるために店に入った。
そして、注文を終えたところで、先ほどの女子高生のことを考える。
『サキュバスかー。なんだかんだで初めて見たね』
そう。あの女子高生は、サキュバスだったのだ。
サキュバスと言えば、所謂性の化身とか言っても良いほどの存在。
男を誘惑し、性を奪い取る悪魔の一種。
その対となる存在にインキュバスというのも居るが、あのおっさんは違った。一般的には、サキュバスは夢の中に現れる悪魔ということで夢魔とされていたのだが、御覧の通り普通に肉体を持って存在している。
『やっぱり居るところには居るんだな』
なんだかんだで、俺が住んでいるところにはいなかった。
忍者や聖女、神は居るがああいう性の化身たる存在はいくら探しても見つからなかった。別に見つけたいというわけではないのだが。
とはいえ、ああいう存在もちゃんと居るんだとわかった。
そこで気になるのだが。
『あのおっさん。大丈夫かな』
サキュバスはどの作品でも異常なまでの性欲を持っている存在だ。
幼い体系でも、大人しそうな性格でも、その本質は変わらない。一度スイッチが入ってしまったら、精魂尽きるまで……。
『まあ十中八九みっちりと搾られるだろうねー』
まあ、あのサキュバスは殺人を犯してはいないようだから、大丈夫だとは思うが。
ホテルから出てくる時には、女子高生はつやつや。おっさんは足腰立たず、ふらふらだろう。
「……ところで」
いつ突っ込もうかと思ったのだが……と、俺は視線を正面に向ける。
「なんで普通に同席してるんだ? ここね」
「あ、店員さん。注文お願い」
「はい。お伺いいたします」
無視ですか。
いや、俺の監視兼護衛ということでここねが居るんだろうが。
「この人と同じやつを大盛りで。それと食後にあんみつざんざいを」
注文を終えると、ここねはじっと俺のことを見詰めてくる。
「あの女。精の臭いがかなりひどかったね」
「気づいていたのか」
「うん。マスクをしてても凄く臭った……零は、正体を見破ってるんでしょ?」
周囲を見渡してから、俺は小さな声で、あの女子高生はサキュバスだということを教える。
鼻が良いとは聞いていたが、そんな臭いまで嗅ぎ分けるとは。
「サキュバス……てっきり【欲魔】だと思ってたけど」
「お前ら的にサキュバスってのは、どうなんだ?」
「討伐対象になるかってこと?」
その通りだ。ここね達は、人に害なす魔を倒すのが使命だ。
なので、サキュバスなども一応人に害をなしていることにはなっているし、悪魔なのでどうなのか。
「……正直判断が難しいかも。サキュバス達は仕事で性を摂取してるのも居るって聞いたことがあるから」
「仕事で……」
この世界だから普通なんだろうけど。
サキュバス達のような普通じゃない存在達は、俺達の知らないところでそういう仕事をしているんだな。
「零の力で見た感じだとどうだったの?」
「……たぶん、やりたいからやってるって感じだろうな」
能力で見たが、彼女は何の仕事にも勤めていない。つまり、無職のような感じだ。
あの制服も、どこかで入手してその美貌を利用して、遊び盛りの女子高生、という設定でおっさん達に近づいているのだろう。
『昔からサキュバスやインキュバスは、欲求不満な人間達のところに現れてはそれを解消させてあげてるって聞いたことあるよ』
『じゃあ、サキュバスは悪い連中じゃないってことなのか?』
『どうだろうねぇ。少なくともさっきの子は本当にただやりたがりな子って感じに見えたけど。私にはね』
そういうことなら……まあ、大丈夫、なのか?
「ねえねえ」
「ん? どうした、ここね」
なにやら俺の隣に視線を……ああ、そういうことか。
「帰ったらな」
「わーい」