第三十七話 しょうがない
「気を付けてくださいねー!」
「はーい!」
楓は、あおね達と別れた。
まだ東栄祭は続くが、先に帰らなければならない理由があるのだ。
「さてと、途中で何かアイスでも買っていこうかな」
母親である涼佳が風邪をひいてしまったのだ。
楓は、看病するために家に残ると言ったのだが、せっかくの祭だからと。
しかし、それでも心配な楓は、誰よりもいち早く帰宅することにした。
「あ、母さん。今から帰るから……うん。十分祭は楽しんだよ」
学校から出てすぐ涼佳に連絡をする。
楓と同じく早めに帰る人々を見詰めながら会話を続ける。
「そうだ。帰りにアイスを買おうと思ってるんだけど。何か欲しいものある? ……あー、母さんそれ好きだよね。うん、わかった。それじゃあ急いで帰るから」
通話を終えた楓は、近くのコンビニエンスストアへと向かう。
「あはは。まさか近くのコンビニになかったとは」
頼まれていたものが、近くのコンビニエンスストアになかったため、少し遠いところへと向かいやっと購入することができた。
「それにしても、うちの母親は本当に変わったものが好きだよなぁ」
楓が買ったのは、時々発売されることがある変な味のアイス。
今発売されているのは、クリームパスタ味。
楓も試しに食べてみたが、どうも美味しいとは思えなかった。
(今日は、意外と楽しかったな。文化祭とか、生前の記憶だとあんましいい思い出じゃなかったが……やっぱ二次元世界だからか?)
足早に移動しながら、今日のことを思い返す。
楓にとって生前の学生時代というのは、あまりいい思い出はない。
人見知り、というわけではなかったが、積極的に誰かと仲良くなろうとはせず、趣味を好きなことを優先していた。
それゆえか、趣味や好きなものが同じな者達とはそれなりに話が弾んで仲良くはなれていた。
(まあそれでも、今よりも青春はしていなかったけどな……)
今日のような学生達が力を合わせて何かをやるような行事も、楓にとっては苦い思い出でしかなかった。
だからこそ、今日みたいに心の底から楽しめたことに戸惑いがありつつも、嬉しさが込み上げている。
(それと、兄ちゃんに俺の弱点を見せちまったのは失敗だったなぁ……)
昔からどうにもホラーは苦手だった。
大人になれば多少はましになると思っていたのだが、やはりそうもいかないようで。いや、むしろ転生して性別が変わったからか。
余計に苦手になっている、ように感じる。
「はあ……まさかこのまま女のほうに浸食とかされない、よな?」
若干の不安を感じながら十字路を右に曲がる。
すると。
「わっ!?」
誰かが立っていた。
突然の登場に、転びそうになるが何とか持ち直す。
「すみません。少しよそ見をしていたみたいで」
と、謝罪をしながら相手のことを視界に入れる。
「あれ? 吉原、さん?」
ぶつかりそうになった相手は、楓が何度か相談にのっていた吉原丈太だった。
先日のこともあり、楓は若干警戒したように、距離を開けて会話を続ける。
「えっと、こんなところでどうしたんですか?」
「ああ。実はね、先日のことを謝りたくて」
申し訳なさそうに表情を曇らせながら頭を下げてくる。
「そんな、いいですよ。ただお礼をしたかっただけ、なんですよね?」
「そうなんだ。僕はただお礼がしたくて。ただ楓ちゃんに喜んでほしくて」
「大丈夫ですよ。私も相談は好きでやってることですから。えっと、それじゃあすみませんが。私急いでいるので。これで失礼します。また何かありましたら相談にのりますので」
丁寧に会釈をし、楓は若干逃げるようにその場から立ち去ろうとする。
「本当に僕はただ」
だがしかし。
「え? ちょっ!?」
背後から右腕を掴まれる。
そして、そのまま背後からハンカチを口元へと押し当てられた。
(な!? こ、これって……何かの薬品のにおい? てことは)
吉原丈太はそこまでがっちりとした体形ではないが、楓のような小さな少女を組み伏すことなど簡単なことだ。
(あ、やば……なんか眠く……やっぱ、これ……)
ハンカチから漂う薬品のにおいをかいだ楓は徐々に意識が朦朧とし始める。
(あぁ……マジで、こんなことがあるとは……いやぁ、さすが、二次元、世界……)
完全に意識がなくなる最中、楓の脳裏に零の呆れた顔が思い浮かぶ。
(ははは……さすがに……助けには……)
「はは、ははは……寝顔も可愛いね、楓ちゃん。さあ、ちゃんとお礼をしたいから僕の住んでるアパートに行こうか」
完全に意識がなくなった楓は、丈太に背負われ自宅とは反対側の道へと進んでいく。
・・・・
「……」
どうやら楓は、母親の看病のために早めに帰ったようだ。
あおね達が知らせに来てくれた。
「よお。まだ楓ちゃんのこと心配してんのか?」
窓から外を眺めていると、康太にやにやしながら話しかけてきた。
「別に」
「そうか? だったら、さっさと注文の品を作ってくれないか? まだ東栄祭は終わってねぇんだからな」
「はいよ」
康太に急かされ、俺はホットケーキを焼くためにフライパンに火をかけようとする。
刹那。
「これは……」
突然、視界に線が現れ、それが学校の外へと伸びている。
これは確か、レベルアップの時に追加された……。
よく見たら、線の上に白峰楓と名前が表示されていた。
『これは楓ちゃんのピンチ! いやぁ、使われまいと思っていたけどまさかだね!!』
だが、これはこっちが相手のことを思い浮かべて発動するもの。
まあ確かに楓のことは思い浮かべたけど。
『あっ! 親密な関係の者がピンチの時だと自動的に発動するとも書かれてた!』
『そんな重要なことなんで』
『えへへ。なんか粘着物でページがくっついてたー』
この駄女神が……ともかく、この力が発動して、それが楓の名前が表示されているってことは。
『うん。さっきも言ったけど楓ちゃんがピンチだってことだよ!』
たく、あのおっさんは。
けど、どうする?
いくらなんでもこのまま抜け出すのは。
「お? どったどった、幼馴染くんよ」
どうしたものかと悩んでいると、みやが話しかけてくる。
……そうだ。
「みや。聞きたいんだが、お前。あの黒いやつで移動してたよな?」
「うむ」
「それって、みや以外にも。移動させられるか?」
「できるともさ! 実際、あおちゃんで試したから。ちなみに、場所の指定なんかも明確なイメージがあればできます!」
おぉ、なんて好都合。
ますますみやの力がなんなのか気になるところだが、今は後回しだ。
「みや。悪いが、今から……そう。白峰先輩の自宅付近に移動させてくれないか?」
「へ? まあいいけど」
「悪い。俺が戻ってくるまでフォロー頼む」
「……うん。任せなさい!!」
その後、急な腹痛だと理由をつけてみやを同伴させ教室から出る。
人気のないところへ移動し、俺はみやの力で白峰先輩の自宅付近へと移動した。
本当は、俺以外。例えばあおね達とかに行かせるのがベストなんだろうが……。
「……居た」
線を辿り全速力で走っていると、見覚えのある男の背でぐっすり眠っている可愛い少女を発見した。
帽子やマスクなんか変装させているようだが……俺には無駄だ。
「ちょっといいか?」
「ひっ!?」
しょうがない。
助けを求められたからには、それに応えるしかないよな。なあ? おっさん。