第三十六話 祭の途中に
「兄さんのクラスでお化け屋敷をやるって聞いて来たけど」
「おぉ……意外と本格的なメイク」
「けど、白峰先輩は受付なんですね」
「あはは。やっぱり驚かすっていうのは向いていなくて。その分、他のことは頑張ったつもりだよ」
偶然にも、白峰先輩のクラスで鉢合わせた俺達。
先輩のクラスの出し物がお化け屋敷だということで、来てみたのだが先輩は受付のようだ。
ちなみに、俺達が来た時にはすでに違う人と交代するところだった。
交代する生徒は、あの衛藤先輩。
そこまで仲良くなったわけではないが、知らない仲ではないので、軽く挨拶を交わし、さっそくお化け屋敷を体験する。
入場は、最大二人。
一人でも入場できるようだが、教室の広さから考えての制限なのだろう。
それでも出てくる人達は、中々怖かったと言う。
そうでもなかったと強気なことを言う人達も居たが果たして……。
「では、先陣はあたし達が!! 行きますよ、ここね!」
「おー」
先陣を切るのはあおねとここね。
意気揚々と教室の中へと入り、しばらく。
「ふむ。中々の作りこみ! そして脅かし! これはもう少し広いところでやれば普通にお金を稼げそうですね」
「定番のこんにゃく……当たっておけばよかった」
やはりというかなんというか。
楽しんだようだが、悲鳴のようなものはあげなかった。
まあ、二人からしたら教室内に居る生徒達の気配を完全に察知しているだろうからな。
そう考えると、あまりお化け屋敷のようなアトラクションは向いていないのかもしれない。
「それじゃ、次は俺達か」
「守ってくださいね、零さん」
「ぐぬぬ。零くんと一緒になれなかった……」
「とても残念です……」
人数が人数だけに、誰と一緒に入るか。
それを話し合いで決めようとしたのだが、色々ありくじで決めることに。
そして、俺は楓とペアを組むことになったのだ。
普通なら怖がる女の子を護るような感じになるのだが、中身がおっさんなだけにそこまで怖がらないだろう。
少しはびくっとなるだろうけど。
「おぉ。雰囲気出てるな」
教室に入り、スライドドアが閉まると薄暗い空間が視界に広がる。
イメージとしては、ハロウィンなのかもしれない。
入って早々、横には顔のついたかぼちゃが光っており、一瞬驚いてしまった。
まずはまっすぐ進む。そこを一度右に逸れる。場所的には黒板があるところだろう。
「へ、へえ。結構作りこまれてますね」
「……まさか怖いのか?」
意外にも意外。
入る時は、いつものようにからかう感じで手を握っていたのだが、今はガチな感じで手に力が入っている。
「怖くないですよ?」
薄暗い中で、笑顔を作る楓。
そうか、と俺は答え、そのまま指定されたコースを進んでいく。
右に逸れるとすぐ道を塞ぐようにカーテンがあった。
俺は、臆することなく赤いカーテンを右手で開く。
「お?」
「……」
待ってましたと言わんばかりに、下からライトの光が点き、おどろおどろしい生首がこんにちは。
肌は青白く、髪の毛は乱れ、眼球は飛び出そうになっており、目や口元から血が流れている。
「まさかこれ、作った、のか?」
だとしたらどれだけの頑張ったのか。
一瞬本物だと思ってしまうほどの迫力だった。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですよぉ……?」
いや明らかに大丈夫じゃない声だ。
まさかこういうのが苦手とは。
その後も、壁から手が無数に出てきたり、首筋に冷たい風が吹いたり、机ががたがたと突然動いたりと、クラスの出し物だと侮るなかれ。
これは確かに、凄かった。
いったいどれだけの情熱で作ったのか……いや、本当に。
「ふう。時間にしたら、五分も経ってないが。結構長く居たような感覚だな」
薄暗い教室から出た俺は、太陽の光を浴びてほっとする。
まあ、俺よりほっとしているのが居るが。
「い、いやぁなかなかでしたね。零さん」
「お化けが怖いとか。可愛い弱点だな。ま、女の子だからしょうがないか」
ここぞとばかりに俺はおっさんをからかう。
「そ、そうですよぉ! 大人ぶってますけど、私はか弱い女の子ですから。今日は、かっこよかったですよ? 零さん」
若干悔しそうだが、きっちりと楓を演じるおっさん。
「かむかむー、ちゃんと手を繋いで行きましょうねー」
「誰がかむかむだ! ええい! 慣れ慣れしいぞ!」
おっさんをからかっていると、次なるペアであるみやとかむらが教室へと入っていく。
「はあ……さすが二次元世界。これ、絶対俺の居た世界じゃありえないぞ」
周囲に他の人がいないことを確認し、その場にへたり込む。
俺はその隣で、立ったまま言葉に耳を傾ける。
「普通学生があそこまで作りこむか?」
「まあ、それは俺も思ってる」
「やっぱ観るのと、実際に体験するのとじゃ全然違うな……」
これは三次元世界のことを知っているからこその言葉だろう。
「けど、楽しいだろ?」
「……まあな」
「突破ぁ!!」
「はやっ!?」
まるでタイムアタックでもしているのかと言う勢いで出入り口から出てくるみや。
一緒に入っていったかむらは特に怖がっている様子もなく、が、若干疲れているような表情で出てきた。
その後も、あおね達と行動を共にしたが、休憩時間は有限。
俺とみやは、クラスへと戻っていく。
それからは、真面目に働き、コスプレ喫茶は大盛況。
東栄祭は刻々と終わりの時間へと近づいていく。
「ふいー。そろそろ東栄祭も終わりだね」
「だな。けど、この後は片付けもあるからなぁ。それが終わるまでが東栄祭だ」
「ん?」
客足も時間帯的に減ってきた頃、みやと康太の三人で話し合っていると、学校から出ていく楓の後ろ姿を目撃する。
「あれ? 楓ちゃんもう帰るのか?」
「しょうがないよ。私達は、バリバリに関わってるけど。楓ちゃんは、お客様! なのだから」
その通りだ。楓は、この祭を楽しむために訪れた客。
帰る時間も、自由なのだ。
とはいえ、一人か……。
どうしてかはわからないが、ふと俺の脳裏に楓が男に迫られていた時の光景が浮かぶ。
「心配か?」
「……それなりに」
「零。さすがに小学生はアウトだぜ?」
と、俺の肩にぽんと手を置く康太。
「お前は俺をなんだと思ってるんだ?」
「ハーレム主人公?」
『間違ってはない! 零は着々とハーレムを築き上げている!!』
なんか聞こえたような気がするが、気のせいだろう。
……何もなければいいが。