第三十五話 今は女の子として
零達と別れたあおね達は、五人仲良く東栄高校の出し物を見て回っていた。
溢れんばかりの人々が居るため、移動が困難になることがある。
加えて、元気のいい子供達が、狭い廊下だろうと構わず走り回っている。
「やはり、お昼時だからですかね。人が多いですね」
「まあ、私達にとってはそこまでじゃないけど」
「いやぁ、皆するすると移動するな」
楓は、あおね達が人にぶつかりそうになるも、それを軽く避けながら移動する姿を見て感心している。
それも気軽に会話をしながら。
まるで周りが常に見えているかのように。
「これでも色々鍛えていますからね」
あおね達は、常日頃から鍛えている。
人込みをぶつかることなく進むことも容易い。
「そういえば三人は忍者なんだよな。エルちゃんは……」
―――最近はメイドしてます。
「そういえば、エルさん最近メイド姿でよく見かけますよね」
「気に入ったのか? あの日から」
かむらの問いかけに、エルは静かにぐっと親指を立てる。
「俺も、転生者って特別な感じだけど……この中だと一番存在感が薄いよなぁ」
空き教室で一息ついている中、楓はため息を漏らす。
「そんなことないですよ。転生者、別世界の人、元男……結構濃いですようん」
「この中だと、一番年上だしね」
「自分達と一緒に行動している時点で、君も大分だ」
少し落ち込んでいる様子の楓に対して、あおね、ここね、かむらの三人は元気づけるように言葉をかける。
「うーん、でも見た目的にも設定的にも俺ってなんか薄くない?」
「どうしたのだ? 急に」
「いやさ。最近は、凄く世界が広がって楽しい反面。時々思うんだよね。俺が今生きているのは、本当に現実なのかってさ」
窓を開け、少し肌寒い秋風を肌で感じながら楓は呟く。
小学生とは思えないほど遠い目をし、物思いにふけるその姿は、人生を何十年も歩み続けてきた者のように見えてしまう。
「実は、俺は死んでなくて、長い長い夢でも見てるんじゃないのかって……」
「十二年もの歳月が全部夢だと?」
「それはかなり長い夢ですね……」
二人の言葉に、楓は苦笑する。
「そうだな……あーあ、なんか変なこと言っちゃったな俺ってば。悪い悪い」
いい加減寒くなってきたので、窓を閉め話を切る。
「大丈夫ですよ。これは夢なんかじゃないです」
不安がっている楓の手をあおねはぎゅっと両手で包み込むように握る。
ふいにきたため、楓は固まってしまう。
「これからもっともっと! 楽しい思い出を作って、心の底から今が現実なんだ! と言えるようになりましょう!!」
「……いやぁ、あおねちゃんは本当に前向きで元気いっぱいだな。おっさん、ちょっと年甲斐もなくときめいちゃったよ」
「まあまあ。今は十二歳の女の子なんだから。年相応にはしゃいじゃってもいいんじゃない?」
頬を赤く染め、照れている楓にここねは肩に手を置き、親指を立てる。
「実はこれまで子供らしい遊びとかしたことがないんだよねぇ」
あはは、とまた苦笑する。
生前も、外で楽しく遊ぶような性格ではなく、いつも本を読んでいるか絵を描いていた。
転生してからは、多少人付き合いがよくなったが、それでも子供らしい遊び、というものを避けてきた。もしかしたら、心のどこかでまだ現実だと認めていなかったのかもしれない。
「あまり深く考えなくても大丈夫ですよ。とりあえずは、自分が思うがままに動けばいいんです。ほら、パイセンをからかっている時みたいに!」
「その例えはどうなんだ?」
あおねの謎発言にかむらは眉をひそめる。
「でも、零をからかっている時の楓は凄く楽しそうだったよね」
「兄ちゃんは、なんだかんだで相手をしてくれるかな。だからついからかっちまうんだよ」
「あー、わかります。面倒見の鬼っていうか? 子供の相手をする父親的な?」
「年齢的には、お兄ちゃん?」
「彼が兄だったら、色々と面倒ごとが舞い込んできそうだな……」
うんうん、と本人がいないところで盛り上がる少女達。
「ともかく! ですよ。今は余計なことを考えずに、この祭を皆で楽しみましょう!」
「だな。それに今日はかむらちゃんの誕生日でもあるからな。辛気臭いのはなしだ」
「自分は別に気にしていないがな」
「かむらちゃんもテンションあげあげですからねー」
「べ、別にテンションは上がってない!」
「つんつーん」
―――つーんでれー。
「だから自分はツンデレではない!」
今は余計なことは考えなくてもいい。
これが自分の今の現実なんだと心から思えるように楽しもう。
子供のように教室から笑顔で出ていくあおね達の後を追って楓は駆けていく。十二歳の女の子らしい笑顔を浮かべながら。