第三十二話 疲れ?
「僕はね、かむらちゃんが大好きなんだ」
「そ、そうですか」
「僕は、かむらちゃんが大大大好きなんだ」
「そう、ですか」
「僕は! かむらちゃんが大好きなんだ!!」
いつまで言うつもりなんだろう。
東栄祭の一般公開を明日に控えた夕方。
霧一さんに呼び止められ、俺はあの展望台へとやってきていた。
いったい何の用だろうと思ったのだが、この調子である。
まあ、明日がかむらの誕生日だから、それ関連の話だろう。
「僕は、かむらちゃんが!!」
「しつこい!!!」
「痛いっ!?」
思いの丈を叫んでいると、背後からかむらが激しいツッコミという名の蹴りを入れる。
霧一さんは、そのまま飛んでいき、落ちて……。
「落ちたんだが」
「ああ、落ちた」
「この高さと、あの勢いだとさすがに忍者でもやばいんじゃ」
「そんなことはないよ」
「うおっ!? む、無傷って……」
さすがは忍者というべきか。
普通なら死んでいてもおかしくないのに、まったくの無傷のまま帰還する。
そんな霧一さんを、かむらはむすっとした表情で睨む。
「兄上。恥ずかしいので、そういうのはやめていただけませんか?」
「なぜ!? 僕は、ただ純粋にかむらちゃんのことを大切に思っているって零くんに伝えているだけなのに!!」
「なぜ、この者に伝えるんですか! わけがわかりません!」
確かにわけがわからない。
霧一さんが、引くほどの妹萌えなのは俺も短い付き合いだが重々承知している。
今更、全力で伝えなくてもいいような……。
「まだ零くんは、かむらちゃんの魅力を全て知っているわけじゃない。これではかむらちゃんの誕生日を盛り上げれない! だから、僕が兄としてかむらちゃんの魅力を!」
「正直、きもいです」
「……」
うわぁ、切れ味抜群だこれは。
さすがの霧一さんもこれは。
ん? 右手になにか……まさかあれは。
「かむらちゃん。また成長したね。さっきのドスのきいた言葉……心に響いたよ!!」
うわぁ……ひどいとは知っていたが、ここまでひどいとは。
というか、完全にあれ録音機だよな?
「はあ……もういいです。兄上は、さっさと仕事に戻ってください。途中で抜け出してきたんですよね?」
「おっと、そうだった。では、零くん。明日はかむらちゃんのために大いに盛り上げてほしい!!」
正直、盛り上げるのはあおね達になりそうなんだが。
俺は、ほとんど出し物で忙しく、本格的には祝えないだろうし。
「言っておくが、明日は別に祝わなくてもいいからな」
そっぽを向きながら呟くかむら。
「わかった。じゃあ、明日は俺達のクラスに来てくれ。少しサービスするから」
「君、自分の言ったこと聞いていたのか?」
「ああ、聞いていた」
「……はあ。では、また明日」
「おう」
そう言ってかむらは姿を消す。
さて、俺も帰るとするか。
明日に備えて早めに休まないと。
『こらー、いつになったら帰ってくるんだー、お腹すいたぞー』
腹ペコな同居人の声が脳内に響く。
はいはい、今帰りますよっと。
・・・・
「ふああ……なんだろうなぁ。最近、妙に眠気が……」
足りない食材があったことを思い出し、大急ぎで買い物を済ませた帰り道。
俺は大きな欠伸をする。
しっかり、睡眠はとってるし、最近は精神的に疲れることもなくなってきた。
だけど、なぜか欠伸が多く、瞼が重くなることが多い。
「それとも寝すぎ、か?」
寒くなると一秒でも長く布団の中に居たい。
そんな気持ちが沸き上がり、若干寝すぎることがある。
そのせいだったりしてな……。
『まったく、零はしょうがないなぁ』
『お前にだけは言われたくないんだが』
『甘い! これでも私は、健康を考えて毎日七時間は寝るようにしてます! ちなみにお昼寝も一時間ほど』
そりゃあ、健康的な生活をするんだったらそういうのはいいだろう。
しかし、このジャージ神は完全に一歩も外に出ていないのだ。
「ん? あれは」
眠気眼を擦りながら、歩いていると見覚えのある後ろ姿を発見した。
楓だ。
そして、一緒に居るのは……いつかの男性だ。
楓が相談を受けているあの男性。
今日も相談、だと思うが、なんだか雰囲気が変だな。
「ですから、お礼は良いんですよ。好きでやっていることですから」
「そ、それじゃ俺の気が収まらないんだ。だ、だから俺が住んでるアパートでちょっと」
これは、助け船を出すか。
パン! と眠気を覚ますため両頬を叩く。
若干だが眠気が覚めたところで、俺は楓へと近づいていく。
「よお。まだ家に帰ってないのか?」
「あ、零さん」
助かったとばかりに、明るい表情で俺に近づき、袖を掴んでくる。
「き、君は誰だい?」
明らかに不機嫌そうな表情だ。
「私のことを大事にしてくれるお兄さんです」
このおっさんは……!
「ま、まさか彼氏!?」
「いえ違います」
これ以上おっさんの好き勝手にはさせまいと俺は即座に返答する。
それを聞いた男性……いや、吉原丈太さんか。
どうやらアルバイターらしいな。
歳は、二十五歳か。
「即答だなんて、ひどい……」
「それで、あなたはこの子にどんな用事なんですか? 見ていた感じ、嫌がっていたみたいですが」
とりあえず、このおっさんの言うことは置いておくとして。
「お、俺はただお礼としてお茶でもしようって誘っていただけで……」
だったら喫茶店とか、近くにある自動販売機でもいいだろうに。
「……それじゃあ、俺は行くよ。じゃ、じゃあまたね楓ちゃん」
俺のことを警戒してか、あまり何も言わず去っていく。
完全に姿が見えなくなったところで、楓はほっと胸を撫でおろす。
「いやぁ、助かったぜ兄ちゃん。今日は、なんだかいつもよりしつこくてよ」
「だから言っただろ。あんまり調子にのってると」
「わかってるって。でもまあ、またピンチになったら助けてくれよな、兄ちゃん」
本当にわかっているのか不安になる。
「ふああ」
「ん? なんだ、寝不足か?」
「いや、睡眠はちゃんととってるんだが……」
「じゃあれだな、寝すぎか?」
「どうだろうな……」