第二十一話 中身はおっさん
九月最後の帰り道。
みや達とも別れ、まっすぐアパートへと向かっている途中に待ち構えていた者が居た。
「あ、零さん。待ってましたよ」
楓だった。
ランドセルは背負っておらず、すでに家に帰っているようだ。
なにやら企んでいるようで、にやりと生意気そうに笑みを浮かべている。
「なんだよ」
俺は不機嫌そうに対応する。
「アパートで待って居ようかと思いましたが、こうやって一緒に行こうかなって」
周囲には、俺と楓以外はいない。
まあ、見える範囲での話だが。
楓は、人懐っこそうな声音で言いながら、俺の隣に並ぶ。
「別に演技なんてしなくていいんだぞ」
というか、アパートまで目と鼻の先なのにわざわざ待っていたとは。
「……なんだよ、つまんねぇな相変わらず」
演技は一瞬にして崩れた。
両手を後頭部に回しながら、本当につまらなさそうにしている。
「そういえば、聞いたぜ。体育祭学年トップだったみてぇだな」
「先輩から聞いたのか」
「まあな。いやぁ、あんな嬉しそうな兄を見るとはなぁ。珍しく積極的に参加したみてぇだし」
うんうん、と頷く。
まるで年上かのように……って、年上か。
「ほら、さっさと開けろよ」
アパートに到着するなりさっさとドアを開けろと急かしてくる。
まるで自分の家かのように。
「たくっ」
このまま開けたくない。
しかし、開けなければ俺も入れない。
「お邪魔しまーす」
開けるとすぐ我先にと入っていく。
本当に邪魔なんだが。
互いに正体を知ってからというもの、本当に遠慮がなくなったというか。図々しくなっているというか……いや、まあ俺が悪いってところもあるが。
あの日、俺はこんなことを言ってしまったのだ。
「素を出したい時は遊びに来いよ、おっさん。話し相手ぐらいにならなるぞ」
とな。
今まで窮屈な生活をしていたんだろうと。
男だったのに、女としてずっと演技をし続け、素の自分は一人の時じゃないと出せない。
それを不憫に思ったからこそ言ったのだが……。
「おかえりー。お? なんだ今日も遊びにきたの」
いつも通り、ジャージ姿のキュアレが出迎えてくれる。
「お邪魔しまーす。お? 新しいモンスター狩ってるんですね」
「そうなんだよー。いやぁ、これがソロで狩ると中々めんどくさくて」
「コツがあるんですよ。まずはこのエリアのですね」
なんで、キュアレには敬語なんだ。
俺に対してのさっきの態度からは考えられないと、俺は制服を脱ぎながら見詰める。
その視線に気づいたのか、また生意気そうな笑みを浮かべる。
「わー、女の子の前で堂々と着替えるんですか?」
おっさんめ……。
「おっさんの前で何を恥ずかしがるんだよ」
と言い返しながら、俺はズボンも脱ぐ。
「きゃっ」
女の子っぽい小さな悲鳴を上げ、顔を手で覆い隠す。
「ちょっとキュアレさん。あの人、露出魔ですよ」
「ふっ。彼は、女の子に素肌を見せ付け快感を覚える変態なんだよ」
「おい」
「きゃあ! そんな人だったなんて軽蔑します!!」
キュアレも、どこか尊敬されているんだと優越感に浸っており、おっさんの味方をしている。
おっさんもそれがわかっているんだろう。
というか、ここまで観察してわかったことがいくつかある。
おっさんは、男より女が好き。
これは、前世が大きく影響しているからだろう。しかも、この世界は二次元。おっさんの好みな女が数えきれないほど存在する。
「ふーむ」
今も、ただ寝転がりながらゲームをしているだけのキュアレを見詰めスケッチをしている。
「零ー。喉乾いたー」
「自分でなんとかしなさい」
「やだー」
「おう、兄ちゃん。俺にもなんか温かい飲み物くれ」
なんだろうなぁ。キュアレが二人になった気分だ。
キュアレと違って色々とめんどくさいが。
キュアレだと、基本我儘だが、案外扱いやすいので楽。
「……わかったよ。温かい飲み物だな」
「よろしくー」
「早くしろよー」
調子に乗っている二人に対して、俺は。
「ほら、温かい飲み物だ」
「おー! コーヒーか」
「わーい」
何も疑いもせず二人は、黒い液体をぐびっと口にする。
すると。
「……あの、これなんですか?」
「兄ちゃん……騙しやがったな」
眉を八の字に歪める。
そう。俺が用意したのはコーヒーなどではない。
「美味しいだろ? ……ホットコーラ」
熱々のコーラである。