第十六話 対抗心
今日は体育祭だ。
天気も雲一つない晴天で、絶好の運動日和となった。
そして、何が起きることもなく順調に進行していき、ついに俺の出番となった。
まずは二人三脚だ。
俺は、みやの足をぴったりとくっつけ布でさらにきつく結ぶ。
「くっくっく。ついに我らの仲の良さを知らしめる時が来たようじゃな」
などと、腕組みをしながら不敵に笑うみや。
「いや、みや達の仲の良さは皆十分知ってるから」
と、隣のクラスの女子生徒が苦笑いしながら言う。
「なんと!?」
「いや、驚くところか?」
みやの反応に、先ほどの女子生徒とペアを組んでいた男子生徒が呆れたように言う。
ちなみに、一年は三組まであり、一組三十人ちょっととなっている。
その中から男女四組のペアを選出し、リレー形式で走るのだ。
で、俺達は最終ランナー。
なので、他のペアが来るのをとりあえずは待つこととなる。
「ふっ、随分と余裕そうだな。明日部零」
ん? 友人感覚で話してくる三組に対して、逆隣の一組のペアは何やら対抗心をバリバリに燃やしている。
男子だけじゃない、女子の方もだ。
「いや、別に余裕ってわけじゃ……ところで、誰?」
もう九月も終わるというのに、俺は別のクラスの生徒を覚えていない。
いや、覚えることができないでいた。
高校生になってから、それはもう衝撃による衝撃の連続。
そっちのほうが大き過ぎて、どうも日常のほうがおろそかになっている。一応、自分のクラスの生徒全員の名前と顔は覚えたけど……。
正直、先にしゃべっていた三組の二人も話したことあったっけ? というぐらいだ。
「お前! 覚えていないのか! 陸上部期待の新星たるこの俺を!」
陸上部……あぁ、確か。
「確か、夏休み前に一緒に走った、んだよな?」
そう。俺は夏休みに入る数日ほど前のことだ。
なんだか、運動部に目をつけられていたようで、俺はことある毎になぜか勝負を仕掛けられていた。
公式の試合ではないが、一対一の勝負をそれはもう何回も……。
それで、俺もあまりしつこいのもめんどくさいので、本気を出した結果。
挑んできた全員に勝利。
相手は、全力で来い! とか言ったので全力を出したのだが。どうも、それでも諦めずに挑んでくる輩が少なくはなく。
おそらく、彼もそのうちの一人なんだろう。
「ああそうだ! 俺は、小学生の頃から陸上選手として英才教育を受けてきた! 生まれ持った才能に加え、努力を惜しまなかった! 結果、出た大会は全てトップ! そんな俺が……俺が!」
わなわなと拳を握り締め震える男子生徒。
よく焦げた肌と引き締まった両足はまさに言葉通りのもの。素人目から見てもかなり鍛えているのだろうとわかる。
「零があっさり勝っちゃったんだねー」
「くそぉ!! だが、今日この時を俺は待っていた!」
「ええ。私達二人の力であなたを倒して見せるわ!」
おっと、ここで女子生徒が。
なんていうか凄く勝気な雰囲気のあるボブヘアー少女だな。
あ、第一走者が走り出した。うーん、スタートダッシュは良いが……少し他の組が早いな。
「む? 一人でだめなら二人ということか!?」
「ああ。卑怯とは言わせないぞ。本来ならば一対一で勝利を収めたいが、これも運命というやつだ!」
「ちなみにそちらは彼女さんかなにかで?」
第二走者にバトンが渡ったところで、みやがそんな質問をする。
「ああそうだ。彼女は陸上部のマネージャーで、中学からの付き合いだ」
「マネージャーだと思って舐めない方がいいわよ?」
競うイベントとはいえ、どうして……。
「ふっ、どうやら我ら二組がリードしているようだな」
男子生徒の言う通り、二組が一歩リードしており、次に一組、三組となっている。
今は第三走者にバトンが渡り、こちらへ刻々と迫ってきている。
「よく覚えておけ! 俺の名は、出田駆!!」
「そして、あたしは高橋あゆみ!!」
自己紹介をしながら、二人は構える。
「今日、お前に勝ち。俺はその勢いで今日の総合優勝を目指す!!」
いち早くバトンを受け取り、走り出した。
言うだけあって、息はぴったりだな。
「幼馴染よ。あれだけ言われちゃあ、こっちも負けてられないぞよ!」
対抗心を燃やし、よりやる気に満ちているみや。
俺は、それを見てしょうがないと呟きながら、少し遅れてやってきた第三走者からバトンを受け取る。
「た、頼む!!」
「追い越してー!!」
仲間からの言葉も同時に受け取り、俺達は走り出す。
「すげぇ! なんだあの速さは!?」
「全力で走ってるのに、まったくブレがない?」
「息合い過ぎじゃない!?」
周りの驚く声を耳にしながら、俺達はただただゴールを目指して走る。
掛け声? 足元を見る? そんなもの必要はない。
「一気に追い越すぞ! みや!!」
「おっしゃー!!!」
自然と呼吸が合う。
互いの邪魔にならないように、互いに全力を出せるように。
「すごい! あっという間に追いついた!」
先を走っていたはずのペアの横に俺達は並ぶ。
一瞬、出田はなんだと!? と声を漏らしながらこっちのことを見るが、すぐに正面へと向き直しゴールを目指して足を全力で動かした。
「悪いが、やるからには」
「勝ちにいくのだー!!」
そして……。
「勝ちー!!」
「ふう……」
俺達は逆転勝利した。
「くそ……二人でも勝てないのか!」
「ご、ごめんね。駆」
「いや、お前のせいじゃない……あいつらが強過ぎただけだ」
これで諦めてくれればいいんだが。
と、どこか清々しい表情になっている出田を見て思うのだった。
「あっ」
そんなことを思っていると、みやが何かを思い出したかのように声を漏らす。
「お姫様抱っこで走るんだった!!」
「……それは、恥ずかしいからやめてくれマジで」
そもそも二人三脚じゃないから、絶対失格になるって。