第十五話 そういえば
「九月もあっという間か……」
「大分肌寒くなってきたよねぇ」
九月の最大イベントたる体育祭を明日に控え、俺はアパートでだらだらとしていた。
九月も半分過ぎ、体育祭を終えてしまえば何もないに等しい。
ちなみに俺は、二人三脚やクラス対抗リレーに出ることになった。
二人三脚では、みやと組むことになり、正直余裕だろうと思っている。
「どうせなら、零を抱きかかえて走っちゃうぜ!」
などと言ってきたが、それは恥ずかしいので止めてほしい。
というか、それでは二人三脚ではないだろう。
みやならできそうだから、困るんだが。
「ん? 誰か来たか」
キュアレが何も言わないってことは、悪意ある者ではないか。
満足げに俺が帰り際買ってきた焼き芋をもくもくと食べているキュアレを横目に、俺は玄関へと向かう。
「……うわぁ」
のぞき穴から確認すると、そこには俺が見るのをわかっていたかのように、満面な笑みを浮かべた楓が立っていた。
またか……。
俺は、呆れながら玄関の鍵を開ける。
「お邪魔します、零さん」
「また来たのか」
「ご迷惑でしたか?」
うるっと、悲しそうな表情と仕草を俺に見せ付ける。
「別に遊びに来るのは良いけど」
「じゃあ、お邪魔しまーす!」
俺の言葉にパっと表情を明るくなり、ぐいぐいと入っていく。
演技だとわかっていたが、ここまでの変わりよう。
十二年間女の子として過ごしてきたのは、伊達ではないようだ。
「ふいー……肩凝った」
部屋に入るなり、ぱたりとだらしなく仰向けになる。
「あんたな……あれから毎日のように来てるが、なんなんだ? ここはあんたの家じゃないんだぞ」
そう。困ったことに、互いの正体を知ってからというものこの見た目美少女なおっさんは毎日のように俺のところに来ている。
そして、素の自分となりだらだらと過ごしている。
「なんだよぉ。いいじゃんかよぉ……おっさんは寂しかったんだ。十二年間も孤独でさぁ」
「だからってなんで俺のところに来るんだよ」
「だって、零さんに私の全部を見られちゃったから……」
などと、意味深な言い方をしながらちらちらとこっちを見てくる。
確かに、色々と見たけど……。
「兄ちゃんも、役得だろ? 毎日のように小学生と一緒に居られるんだぜ? あっ、この焼き芋食べていいか?」
「どうぞー」
「お前が許可出すな。それは俺が買ってきたやつだぞ」
「いいじゃん。美味しいものは皆で分け合おうよー。うまうま」
「そうだぜ、兄ちゃん。独占はよくねぇぞ。おー! ほっくほくだな!」
なんて図々しいおっさんなんだ。
ここで俺が、無理矢理にでも焼き芋を取り上げるのは簡単だ。
しかし、それは周りから見たら完全に小学生の女の子をいじめているようにしか見えないだろう。
それを理解しているからこその図々しさ。
試しに焼き芋を取り上げようと手を伸ばすと。
「と、取っちゃうんですか?」
悲しそうな表情で俺のことを見詰めながら、食べかけの焼き芋を遠ざける。
「あー、零が女の子から食べ物を取り上げようとしてるー」
このジャージ神め。
絶対面白がってるだろ。
「……食べてもいいが、夕飯を食べられなくなっても知らないぞ」
「大丈夫ですよ。私って、結構大食いですから」
みや達ほどではないと思っていたが、これは色んな意味で厄介そうだ。
・・・・
「いやぁ、美味かったぜ兄ちゃん。それと家までの護衛ご苦労!」
あれから色々あり、楓は帰宅することになった。
時刻が時刻なので、俺は家まで送ることにした。
見た目だけは小学生だからな……このおっさん。
「……」
「……なあ」
「ん? どうかしたか」
「さっきから気になってたんだが、キョロキョロとどうしたんだ?」
あぁ、いつものことだからうっかり。
「前も説明しただろ? 俺は能力のテスターだって。だから、こうして外を歩いている時は能力で通行人を見ているんだよ」
「へえ……あそこを歩いてる男女を見てくれよ」
横断歩道で待っている間、向こう側に居る男女を指さす。
仲良さそう手を恋人つなぎをしており、指輪をつけていないところを見るとまだ結婚はしていない。
そう、外面上は。
「どうなんだ?」
「……不倫」
「おおっ」
どうやら女性の方は既婚者みたいだ。
今は絶賛不倫中のようで。
「ちなみに、三日前はホテルでよろしくやっていたようだ」
「乱れてますね」
「乱れてる」
「……し、心臓に悪いから音もなしに現れないでもらえるか?」
俺はもう慣れたものだが、まだ慣れていない楓は御覧の通り。
「というか、パイセンの能力って普通はそういう使い方なんですよね」
「まあな」
忘れられがちだが、そういう使い方なのだ。
最近は、正体を見破ったり、神パワーで悪を倒したりで、完全に能力バトルものみたいな感じになっているけど。
「よくあるパターンだろ? 最初の設定からどんどん盛りすぎてーってやつ」
信号が赤から青に変わり俺達は横断歩道を渡る。
そして、不倫中の男女とすれ違い、横断歩道を渡り切ったところであおね、ここね、楓は力強く頷く。
「ありますね。物語が進むにつれて初期設定がなくなりーってやつ」
「日常ものだったのに、いつの間にかバトルものになっていたとかね」
「設定を変えるのはかなりのリスクがある。けど、成功すれば人気爆発!」
「そういえば、今あたしが読んでいる漫画も最初はギャグ系だったのに、バトルものになって人気が上がっているような!」
こうして見ると、女の子達がただ漫画の話で盛り上がっているようにしか見えない。
けど、うち二人が忍者で、一人が元男。
まともな人間がいないんだが。
「おい。盛り上がってるところ悪いが、早く帰らないと親が心配するぞ」
「大丈夫ですよ。零さんのところに遊びに行ってくるねぇ! って兄さんに言ってきましたから」
どこが大丈夫なんだ。そういうのは親に言うものだろ……。
しかし、こんな時間になっても連絡がないってことは、本当にそれでいいことになっているんだろうな。
俺、そんなに信用されてるのか? 嬉しいと言えば嬉しいんだが……。
「それじゃあ、近くのコンビニでも寄って、飲み物片手に漫画談義です!!」
「私はそれに食べ物追加で」
「零さん。私はブラックコーヒーでお願いしますね?」
「なんで俺が奢る流れになってるんだよ!」
結局、白峰家に到着したのはそれから三十分後だった。