第十三話 もう隠すことはない
「零ー、今日の夕飯なにー」
「まだ考え中」
「えー? もう五時半すぎたよ? 今日は簡単なのはやだー」
「そういうことでしたら、あたしが手伝いましょうか?」
「じゃあ、我も。三人でとびっきりおいしいもの作ろうではないか!」
「おー、それは楽しみだねー。じゃあ、それでよろしくー」
などと、誰かを忘れているかのような会話をしているが、心配はない。
緊張した様子で、俺の正面に座っている少女、白峰楓。
メモ帳とペンはテーブルの上に置き、縮こまっている。
さすがの彼女でも、この異様な空気には何かを感じているのだろう。
「パイセン。ところで、この制服姿はどうですか? いやぁ、自分でもよく似合っていると思うんですけど」
まだ存在している分身あおね。
東英の制服姿を見せつけるように、その場でくるりと回って見せる。
ちなみに東英の女子制服は、どこにでもあるブレザー型。
胸ポケット辺りに、東栄と小さく縦に書かれた文字を王冠のようなもので囲っている校章があるだけのもの。まあ、若干セーラー服っぽいところはあるな。
なんかこう色々と中途半端? セーラー服とブレザーの中間というのか。
そんな制服を分身あおねは着ているのだ。
「似合ってるけど……マジで、それどこで手に入れたんだ?」
「作りました!」
「え?」
なんという衝撃な事実。
俺はてっきり忍者だから、常人には理解できない方法で入手したのかと。
「あたしってば裁縫もできちゃうんです!」
いや、できちゃうってレベルじゃないだろ。
完全に複製したかのように完璧なできだと素人目でもわかる。なにせ、ついさっきまでどこからか入手してきたんだと思っていたからな。
「なんて完璧な美少女後輩なんでしょう! お、恐ロシア!!」
これには、みやもびっくり仰天の様子。
「前にも言いましたが、あたし完璧美少女を目指してますので!」
「ちなみに分身であるあたしは、若干胸が大きいんです! これは本体の願望だったりします!」
「もー! そういうことは恥ずかしいから言わないでくださいよー、分身のあたしー」
なんだろうなぁ、見慣れた光景なんだが。
分身のほうが本体と違うところがあるから、姉妹が話しているように見えてしまう。
さて、そろそろ本題に入らないとな。
いつまでも、放置しておくわけにはいかない。
「白峰楓」
フルネームを言われ、びくっと体が跳ねる楓ちゃん。
「色々と困惑していると思うが、これだけは言っておく」
「なんでしょうか?」
「……俺は、いやこの場に居る者達全員。君の正体を知っている」
俺の言葉に、目を見開き、周囲を見渡す。
予想外の展開なのだろう。
かなり動揺しているのがわかる。
「しょ、正体って何のことですか? 私は見ての通り、ちょーっと大人な小学生ですよ?」
まあ、普通だったらそうだよな。
正体を知っている、だなんて三次元世界で言ってしまえば、何かに影響されてるのか? とか思われるだろう。
しかしながら、こっちの世界では違う。おそらく転生したという自覚はあるが、今自分が存在する世界がまさかもうひとつの地球で、二次元世界だとは想像もできないだろう。
少なくとも、自分が生きていた世界とは違うという違和感は覚えているだろうが。
なんてたって、髪の毛の色が明らかに二次元のそれなのだから。
漫画家であり、三次元世界で三十年以上も生きていた大人ならばより一層感じるはずだ。おまけに漫画家としての自分の名前、作品が存在しないということも調べたと思う。
けど、感じるのはそこまで。
結局のところ、髪の毛の色が二次元めいているだけで、元の世界となんら変わらない。
まさか、この場に居るのが神や忍者、まだ解明されていない謎力持ち。
終いには、世界を創った主神から直々に能力のテスターを任されている人間と……さすがに予想できないだろう。
確かに、転生者というのは特別な存在だ。
しかしながら、この場に居る者達と比べたらそれも薄くなってしまう。
彼女にとっては、まだ俺達は普通とは違う、という何かを感じる対象だ。
正体はわかっていない。
なのに、自分の正体はわかっていると言われた。
いったいいつ調べたんだ? いつ見破られたんだ? いったい何者なんだ? と彼女の頭の中は思考が纏まらずにいることだろう。
「まったく、可愛い後輩のせいで」
「あなたの可愛い後輩のおかげと言ってください!」
と、本体あおねが言う。
「そうですよ! このままだらだらと先延ばしにしていたら、見ている人達は飽き飽きしちゃいます!」
本体に続き、分身あおねが妙なことを言いだす。
「わかったわかった。俺だってこうなってしまったからには、覚悟は決めた。……さっき言ったことは本当だ。白峰楓……いや浅田秋太郎さん」
転生前の名前を口にした瞬間。
彼女の表情は一気に変わる。
最初は驚き、そして考え……納得したような表情になる。
「……なるほどね。本当に正体を見破られていたわけか」
映像の時と同じく、可愛い見た目からは想像できない口調だ。
姿勢もさっきまでぴんっと背筋を伸ばしていたのに、その場にへたり込んで完全にくつろぎモードだ。
さっきから手を付けていなかったオレンジジュースもぐいっと一気に流し込み。
「ぷはぁ!! いやぁ、緊張で喉がカラカラだったんだよ。悪いけど、おかわりくれるか?」
その言葉に俺は二リットルのペットボトルからコップへオレンジジュースを注ぐ。
「もう隠す必要はなくなったのはわかったが、変わりすぎじゃないか?」
「そうか? まあ、なんつーか。一気に肩の荷が下りたっていうか? 素の俺を見せてもいい連中が居たってわかってほっとしたっていうか……くう! なんだかジュースがめちゃくちゃうまく感じる
ぜ。本当は酒が良いんだが」
言いたいことはわかるような気がする。
彼にとっては、十二年間も女として生きてきた。転生前の……男としての記憶がある分、色々と大変だっただろう。
素の自分で居られるのは、一人の時だけ。
しかし、それもむなしいものだ。
なにせ話し相手が居ないのだから。
「それで? お前達は、俺の知らないことをたくさん知っている感じがするんだが……説明、してくれるよな?」