第十二話 その正体映したり
「ふむ」
白峰楓は、観察していた。
髪を下ろし、帽子を被り、サングラスをかけ、服装もどこか地味目なもので統一している。
右手にペンを、左手にメモ帳を持ち、物陰に隠れながら、ターゲットを見つめる。
「やっぱり、ここ毎日観察しているが……一人で帰ることはなさそうだな」
とんとん、とペンをメモ帳に軽くつつきながら思考する。
楓は、ここ数日毎日のようにターゲットである零を尾行していた。
そして、観察した結果。
零は必ず誰かと一緒に帰っている。一人になることはないと。
「随分とリア充してるなぁ。昔の俺とは大違いだ……まあ、今の俺は立派にリア充してるけどなっと」
ふふんと自分がどれだけ青春を謳歌しているのか感じながら、零の観察を再開した。
「ん? おいおい、歩きスマホしてるぞ。まったく……って、さっそく注意されてるし。おー、おー不思議ちゃんかと思ったが、しっかりしてるんだなぁ」
刹那。
鋭い視線のようなものを感じた楓は、さっと物陰に身を潜める。
隠れたのは、ちょうどあった自動販売機の陰だ。
(ま、まさか気づかれたか?)
高鳴る心臓の鼓動を感じながら、楓はそっと顔を出す。
視線の先では、零とみや、あおねが楽しそうに会話をしている姿が映った。
どうやら気のせいだったようだと、胸をなでおろす。
(まあ、意外と俺って、尾行の才能があるのかもな。ここ数日まったく気づかれている様子がないからな……くくく)
意外な自分の才能に少し酔いしれる。
が、すぐに気を引き締め、尾行を続けた。
すると……先ほどまで楓が隠れていたところの壁がぺらりと薄く剥がれ、ビデオカメラを手に持った青髪の少女が姿を現す。
東栄高校の学生服を身にまとっており、左目に眼帯をしている。
「ふむふむ。転生少女の正体見たり、ですかね。お? 本体から撤退命令を受信! とりあえず、今日のところはどろんですね。むふふ、貴重な映像が撮れましたし、よしとしましょう」
あおねの分身だ。
本体から撤退命令を受信した分身は、貴重な映像が入ったビデオカメラを手に煙となって姿を消した。
・・・・
「というわけで、ちゃんと前世の記憶があるぞ! ということがわかる映像でした!!」
「よくやりましたね、分身!」
「やってやりましたよ、本体! いやぁ、この気づかれてるのに気づかれていないと思ってる顔見てくださいよ。中身が男だとしても可愛いと思いませんか?」
と、分身あおねがにやにやとテレビに映る映像を見て言う。
まさか映像を撮っていたとは。
突然、東栄の制服を着たあおねによく似た子が部屋に突撃してきた時はマジで驚いたぞ。
変装しているとは聞いていたが、まさか東英の学生服を身に着けているとは。
いったいどこから仕入れたのか、追及したいところだが。
「見事に男口調ですね」
「この見た目で男口調か……ありだと思う! 零はどうですかな?」
みやの問いに俺は、いいんじゃないのかと軽く答え、頭を掻く。
「さて、どうしたものか」
「もうこっちの世界に引き込んじゃったらー」
などと無責任なことを言うキュアレ。
「こっちに引き込んだら後戻りできなくなるんだぞ」
「だってさー、このままじゃ彼女通報されて警察いきですよー」
さすがにそれは……。
「案外順応しちゃうんじゃないですか? パイセンもなんだかんだで今の生活に順応していますし」
俺は色々と恵まれていたっていたんだ。
けど、あっちのほうは。
「そんなパイセンに、分身ちゃんからの重大報告があります!」
そう言って、分身あおねはどろんと煙となって消える。
お、おい重大報告は? と困惑していると、外の方が何やら騒がしいのに気づく。
というか、本体が玄関に行こうとばかりにジェスチャーをしてくるのだ。
いったいなんだよ……と、思いつつ俺は玄関へと向かう。
そして、ドアを開けた。
「あっ」
「えぇ……」
そこで遭遇したのは、分身あおねに背中を押され、連れてこられた……白峰楓だった。
「へい! 転生者一名ご招待!」
「よくやりました、分身!」
「え? お、同じ顔……双子!?」
確かに顔は同じだが、双子ではない。
というか分身とか言っちゃっているんだが。
にしても。
「やってくれたな、あおね」
「零先輩。人生、楽しくですよ?」
サムズアップをして、俺ににやりと笑みを向けるあおね。対して、俺はため息を漏らしながら頭を抱えるのであった。
「とりあえず、入って」
「は、はい。お邪魔します」
どうやらまだ白峰楓で接するようだ。
いや、もしかしたら突然のことで頭が混乱しているのかもしれない。混乱しているのはこっちも同じなんだがな……。
「おー! もしかして全部ぶちまけちゃった系ですかな?」
「これからぶちまける系ですよ、みや先輩」
「いやぁ、私ナイスアシスト!」
「小腹減った……お菓子、お菓子っと。あ、零。ついでに冷蔵庫からコーラ取ってきてー」
「あ、えっと……」
やはり混乱しているようだな。
そりゃあ、そうだ。
自分では尾行がばれていないと思っていたところに、おそらく背後からの奇襲。
有無を言わさず背中を押されて、観察対象である俺と接触。
もし、同じ立場だったら、俺もこんな風になっていたかもな。
さてはて、どう話したものか……。