第六話 大人の余裕?
九月も中旬となりそろそろ夏の暑さもだんだんとなくなり、涼しくなってきた。
俺達の学校では、九月は特に大きな行事はない。
あるとしたら体育祭だろうか。
ちなみに、十月には文化祭がある。
「体育祭……めんどくせぇなぁ」
「お前、運動そこまで得意じゃないからな」
「お前はいいよなぁ。運動神経いいから。昨日の体育だって、また運動部に余裕勝ちしてたし」
とある休日の昼時。
俺は、みやのところの喫茶店で昼食をとっていた。今は、食後のコーヒーを飲みながら康太、あおね、セリルさん、エルさんと共に他愛のない会話で時間を潰している。
カウンター席には、康太。
窓際の席には、俺、あおね、セリルさん、エルさんの四人が座っている。
「俺なんて大したことないって。目の前に俺以上の身体能力を持った凄い女子が居るんだから」
と、俺は隣に座っているエルさんに食後のケーキを食べさせているあおねを見詰める。
「え? あおねちゃんってそんなに凄いのか?」
康太は、あおねが忍者だってことを知らないからどんな風に凄いのか想像つかないだろうな。
しかも、あおねだけではなく、セリルさんやエルさん。おまけにみやだってそうだ。
……なんか俺の周りの女子って、人間離れし過ぎじゃね?
『なにを今更』
『そういえばお前って運動は?』
『と、得意ですが?』
『……あ、うん』
なんとなく聞いてみたが、キュアレが俊敏に動く姿が想像できない。誰でもあんな生活を毎日のように見てれば思うだろうな、うん。
「えへへ。それなりには動けますよ」
まあ、俺もあおねが本気で動いている姿を見たことがないから、どんな風に凄いのかはわからないけど。
同業者いわく、とんでもない存在のようだが。
「エルも運動は得意よね?」
セリルさんが紅茶の入ったカップを置きながら言うと、エルさんはこくりと首を縦に振る。
あ、口にクリームが。
「遊ぶってことなら動いても良いけど。何かを競うってなるとこう……な?」
「ふむふむ。言わんとすることはなんとなくわかります」
俺もあおねに同意だ。
動くにしても、遊ぶのと競うのでは違う。遊ぶ時は、気楽に。競う時は全力で。
とはいえ、遊びにも全力を注ぐ人達も居るから、豪語はできない。
「でも、皆で何かをやり遂げるということは達成感があって良いものだと思うわ」
「うーん、そう言われると……うん。そうかも」
部活の大会みたいに本気で競うのとは違い、体育祭は楽しく競うのが目的だ。
何せ、体育の祭だからな。
「ふっふっふ。今回の体育祭は、我におまかせ! 必ずや優勝へ導いてみせようぞ!!」
「わー! みや先輩かっこいい!! あたし、全力で応援します!」
「よろしくー!」
みやの自信は嘘ではない。
元々身体能力が高かったが、最近は力に目覚めたせいかより動きが人間離れしてきている。
さすがに、皆の見ている前であの黒いのは使わないだろうが……。
「さて、俺はそろそろ帰るわ。この後、予定があるからな」
コーヒーを飲み切った康太は、いそいそとレジに向かう。
「んじゃ、また学校でな!」
「おう。またな」
会計を終えると、足早に店から出ていく。
すると、入れ違うように見知った人物が入ってきた。
「こ、こんにちは」
白峰先輩だ。
一人で来るなんて珍しい。いや、後ろに誰か。
「へえ、話には聞いてたけど。良い雰囲気のところだね」
楓ちゃんだ。
兄妹仲良く喫茶店でランチだろうか? でも先輩の家からだと、ここは遠いはずだが。
「いらっしゃいまっせー! お二人です?」
いつも通り笑顔の接客をするみや。
「はい」
「では、こちらのカウンター席へどうぞどうぞ」
みやに案内され、カウンター席へと座る二人。
そして、メニューを渡された時、楓ちゃんがみやの姿を見て口を開く。
「なんでメイド服?」
まあ、普通に気になるよな。
マスターである宗英さんや妻のみなやさんは普通にエプロン姿なのに、みやだけがフリルたくさんのメイド服を身に纏っている。
しかし、こんなことはこの喫茶店では日常。
常連客達は、今日も平常運転だなと、まったりしている。
「そういう気分なんですよ、お嬢様」
「あはは。相変わらずだね、みやちゃんは」
「先輩も一着どうですか?」
と、囁くみや。
「ぼ、僕はいいよ」
一瞬、興味がありそうな顔をしたが、すぐ断ってしまう。
メイド服を着た白峰先輩か……あ、いいかもしれない。
「この前の女装の感じだと、メイド服も似合いそうよね」
「まったくですね。これは後で自撮りでも送ってもらいましょうかね、くくく」
おーおー、悪い顔してるな。
「今日は、兄妹でお昼ですか?」
注文を終えた頃見計らって、俺は声をかける。
「まあ、うん。さっきまで妹と一緒に買い物してたんだ。結局何も買わなかったけど」
「で、話には聞いていましたが、実際に行ったことがなかったので。こうして連れてきてもらったんです」
こうして見ると、本当に仲の良い兄妹だ。
まさか兄が、女装趣味で、妹が元男なんて誰も想像できないだろうな。
「お待たせしましたー! 先に、ブラックなコーヒーです!」
「ありがとうございます」
「お? 楓ちゃん。ブラックとは大人ですねぇ」
白峰先輩は、普通にオレンジジュースを頼んだようだ。
「私、大人ですから」
そう言って、カップを持ちながらどや顔をする。
「兄さんも、コーヒー飲めるようになったほうがいいよ?」
「そ、そのうちにね」
「なんだったら、今チャレンジする?」
「い、いいよ! それにいきなりブラックは。後、飲みかけだし」
「えー? いいじゃん。兄妹なんだし」
相変わらず兄をからかうのが好きなようだ。
大人、ね。
間違ってはいない。何も知らない者達から見たら、背伸びをしている可愛い女の子という風に見えているだろう。
「あの、零様。本当にあの子は転生者、なのですか?」
仲の良い兄妹の光景を見ていると、セリルさんが耳元で囁く。
「間違いないです」
この間、キュアレが連絡していた転生専門の神様とようやく連絡がついたのだ。
で、長い長い世間話の後に、語られた。
楓は……三次元世界から転生してきた者だと。