第四話 相談役の楓ちゃん
九月になったが、まだ夏の暑さは残っている。
中には、夏休みの感覚が抜けていない者達も居る。
そのせいか、どこかふわっとした気分だ。
「なんか夏休みが終わると、やる気があんまりでないよなぁ」
と、康太は頭の後ろに両手を当てながら呟く。
今日は、珍しく康太と二人で帰っている。
みやは前からあおねやここねと何かの約束をしていたようで、学校に迎えに来ていた二人と共にどこかへと行ってしまった。
白峰先輩とはさっきまで一緒だったのだが、家が学校から近いということですぐ別れてしまった。
「わからなくもないが、一日何回居眠りするつもりなんだ? 近くに居る俺の身になってくれ」
「悪い悪い」
今日は、一回の授業で二回も居眠りをしていた。
先生に注意されないように俺は静かに起こしたのだ。
特に声が大きい先生だったので、近くに居る俺の耳にもめちゃくちゃ響くのだ。
わざわざ近くに来て叫ぶからな……。
「また夜更かしか?」
「え? まあ、そうだな。昨日は、ほら。近所の」
「もしかして将彦さんか?」
「ああ。そこでアニメ談義をな」
将彦さんとは、小学生の頃にエロ知識を教え込んできた人だ。
俺はただ遊びに行っただけなのだが、小学生だろうとお構い無しにエロ本を読ませようとしてきたり、知識を語る。
悪い人じゃないんだが、とことんエロに対して積極的に知識を得ようとする人なんだ。ちなみに彼女なしの童貞である。
「まさかまたエロ系か?」
「いんや一般系だ。でも、一般のやつだが、エロの限界に挑戦したアニメだったから、家族の居るところでは見られないな。うん」
そういえば、キュアレも録画しつつリアタイで観てたっけ。
俺は観てないけど。
「こっちに戻ってきてから、将彦さんには会ってないけど変わりないのか?」
「まあな。なんだったら、今度一緒に遊びに行くか? 将彦さんもお前に会いたいって言ってたぜ」
こっちに戻ってきてからは色々会って昔世話になった人達とほとんど会ってない。
久しぶりに会いに行くのもありだな。
「じゃあ、今度な」
「おう。もし行くってなったら連絡してくれ。俺が将彦さんに伝えておくから」
将彦さんか。確か、今はどこかに就職して、変わらない生活を送っているんだったか。
「ん? なあ、零。あそこに居るのって楓ちゃんじゃねぇか?」
帰り道にある公園を通り掛かったところで、康太が楓ちゃんを見つけた。
赤いランドセルを背負っており、誰かと喋っている。
黒いランドセルを背負った黒髪の少年。
「彼氏か?」
「さあ、俺からは楓ちゃんがなんか男の子の相談にのっているように見えるけど」
楓ちゃんが、何かを言うと男の子は深々と頭を下げ、そのまま去っていく。
「あっ」
その後、楓ちゃんは俺達に気づきこちらに近づいてくる。
「こんにちは、お二人とも。学校の帰りですか?」
「ああ。そういう楓ちゃんは、なにをしていたんだ? 家に帰らないで」
楓ちゃんの家は、当然だが白峰先輩と同じ。
なので、もう家は過ぎているのだ。
「寄り道ですよ。私、良い子ではないですから」
そう言って、にっこりと笑う。
「それで、さっきは何をしてたんだ?」
康太が問いかけると、あー、と男の子が走り去っていった方向を見詰めた後、再び俺達と向き合う。
「相談にのってたんですよ。私、通ってる学校で相談役のようなことをやっていますので」
「おー、零の言う通りだったな。それで、どんな相談を受けてたんだ? さっきの子から」
「康太。そういうのは」
「っと、そうだな」
個人の情報なので、聞くのはマナーとしてどうかと俺が制すと、康太は頭を掻きながら、苦笑いする。
「それにしても、頼られてるんだな」
「いえいえ。六年生だからってこともありますが、誰かの話を聞くのが好きなので。自然と相談役みたいなことをするようになったんです。ちなみに、これまで相談をしてきた人達は、百人を超えます!」
どや? と腰に両手を添えながら胸を張る。
「そりゃあ凄い。てか、前から思ってたけど、楓ちゃんって小学生とは思えないほど大人びてるよな」
精神年齢は四十歳超えてるからな。
しかも、第二の人生を送っているわけで。
「そんなことないですよぉ。昔からちょーっと頼りない兄さんとか、ふわっとした母を見てきたから自然とこうなってしまったんです」
「よくあるパターンだな」
上か下が頼りないとか、危なっかしいと自然としっかり者になってしまうあれ。
うん、よくありそうなパターンだな。
「あ、そうだ。せっかくですから、連絡先交換しませんか?」
「俺はいいぜ!」
「零さんは?」
と、スマホを取り出す楓ちゃん。
「……ああ」
別に何をするわけでもない。ただ連絡先を交換するだけだ。
うん、普通のことだよな。
意味など何もないはずだ。
『君はそうやってフラグをすぐ立てる』
そもそも、そう簡単にフラグが立つほうがおかしいのだ。
こんなんじゃ、普通に生活できない。
……いや、もう遅いか。
「はい、ありがとうございます。お二人も、何か困ったことがあったら相談してください。力になれるかはわかりませんが。では、失礼します」
律儀に頭を下げ、楓ちゃんは走り去っていく。
「いやぁ、本当にしっかりした子だな。おまけに可愛いし、気が利くし。あんな妹が居たら、毎日楽しいんだろうなぁ」
「そうだな……」
俺は、一度スマホの画面に映る白峰楓の名前を見詰めた後、ポケットに仕舞い歩き出したのだった。