プロローグ
「起きたらレベルアップしたんだが」
と、俺は夏休みが明けて、九月に入った朝に布団の上で呟いた。
まさか寝起きにレベルアップするとは思わなかった。
前は、登校の時にレベルが上がったので、今回も起きている時になるものだと。
「まあ、そういう時もあるんじゃない?」
珍しく、俺よりも先に起きていたキュアレが、乱れた髪の毛を櫛で整えながらぽけーっとした顔で言葉を返す。
「それで、レベル三ってどんな力が?」
「んーっと」
一通りまだ寝癖がある状態で、キュアレはいつものメモ帳を開きぺらぺらとページを捲っていく。
「えっとね……とりあえず、誰かを思い浮かべてみて」
「誰かって、誰でもいいのか?」
「できれば知り合い」
だったら、先にそう言ってくれよ。
俺は、キュアレの指示で、知り合いのことを考える。
考えたのはみやだ。
当然能力を発動したままで。すると、何やら光の線が出現し、玄関の方へと続いている。
「なんか、線が出てきたんだが」
これは、夫婦や恋人などの関係を示した線とは違う。なんていうか、どこかに導いているようなそんな感じがする。
「それはね、思い浮かべた人物への道しるべ。その線の通りに進んでいけば、終着点にその人物が居るんだって」
「へえ」
つまり特定の人物限定のナビのようなものか。
「ちなみに、発動条件はちゃんと肉眼で見ることで、別に名前とかを知らなくても線が出るみたい。線は、最短距離かつ安全なルートを示す、だそうです」
説明を終えたキュアレはぱたんっとメモ帳を閉じてしまう。
「え? これだけなのか?」
「さっきの力に加えて、過去を見る力。この二つだけみたい。まあ、過去を見る力が強大過ぎてってことなんじゃない?」
確かに、相手の過去を見るというのは人間技ではない。
少し限定的なものとはいえ。
「それにしても、最初の行為とその回数を見る能力からずいぶんと変わってきたな、この目」
俺は、自分の目を手で覆いながら数ヵ月前のことを思い出す。
あの時は、ただ他人の行為を知る能力って認識だったけど、今となっては相手の過去を見たり、ナビのようなものまで追加された。
もはやどこへ向かっているのか。
「まだ試験段階だからねー。もし、導入されることになったら、そこから色々と改善してーって感じなんだよ」
だからこそのテスターってことなんだよな。
「それより、朝ごはんー」
寝癖を残したままキュアレは、再び布団の上に倒れ込む。
「はいはい」
とりあえず、いつ終わるかわからないが、やれるだけやってやるさ。
「あっ、そうだ。前も話したけど、今日は遅くなるからな」
布団を片付けたところで、俺は念のために前に話したことをキュアレに言う。
「あー、そういえば今日は、あの男の娘の誕生日会に行くんだっけ?」
男の娘って……まあ、それでわかってしまうんだから俺も強く言えないんだが。
「ああ。だから、夕飯はかなみさんに作ってもらうことになってる」
本当は、夕飯も作り置きしておこうと思ったのだが、丁度かなみさんが家賃の回収に来て、そこから流れで。
「うんうん。ちゃーんと覚えてるよー」
かなみさんに迷惑をかけないか心配だ。
それに、余計なことを喋らないかどうかも。
「それにしても、あの子が誕生日会に招待するなんて……成長したねー」
そんな子供の成長を喜んでいるような言い回しをするキュアレに、俺も同調する。
確かに、最初の頃の白峰先輩だったら、俺達を招待するなんてかなり難しいというか、なかったかもしれない。
あれは、数日前のこと。
学校の帰りに、白峰先輩が少し照れ臭そうに俺達に今度誕生日会が自宅であるんだけど、と提案してきた。
ここまで白峰先輩の誕生日を知らなかった俺達は、その招待を承諾し、プレゼントを買おうと話し合った。
だが、白峰先輩はプレゼントなんていいよ、と申し訳なさそうに言う。祝ってくれるだけで嬉しいからと。
本人はそう言うが、俺達は全員それぞれプレゼントを買った。
「ちゃんと祝ってあげなよー」
「もちろんだ」
・・・・
「よかったわね、涼ちゃん。こんなにもお祝いしてくれるお友達が居て。お母さん、自分のように嬉しいわ」
白峰先輩の母親である白峰凉佳さんは、ほろりと涙を流す。
学校の帰り、直で先輩の家に向かった。
家に入るとすでにリビングの飾り付けは済んでおり、俺達がやったことと言えば、料理を運ぶぐらい。
というのも、母親である凉佳さんと姉である風子さん、妹の楓ちゃんの三人が俺達が来る前からせっせと準備をしていたからだ。
風子さんは、デザイナーを目指しているらしく、今は専門の大学に通っているらしい。
「うんうん。涼くんのことを女装も含めて受け入れてくれるなんて。お姉ちゃんも嬉しいぞー!」
「ちょっ、お姉ちゃん。苦しい……!」
とにかく可愛いものが好きらしく、服も可愛い系で攻めていきたいんだそうだ。
大和撫子を思わせる黒く長い癖のない髪の毛。
薄着だと言うこともあるが、大きく張りのある胸は谷間を作り、惜しげなく先輩に押し付けている。
「ほんとーにね。兄さんにこんなに友達ができるなんて。皆さん、これからも仲良くしてあげてくださいね?」
「ふ、楓! そういうのは恥ずかしいから……!」
姉に抱きつかれながら先輩は、頭を下げる妹の楓ちゃんへ叫ぶ。
三人とは違い、薄い茶の髪の毛で、左のサイドで髪を束ねている。
ちょっと気だるそうな雰囲気があり、性格は真面目、だと思う。
「ところでー、兄さんのお気に入りさんは……あなたですか?」
と、オレンジジュースを飲んでいた俺の側までやってきて顔を覗いてくる。
「だと思いますよ。なんてたって、先輩はピンチを救ってくれたヒーローですから!」
「おー、ヒーロー。かっこいいですねぇ」
「べ、別に零くんが一番ってわけじゃないよ! それに友達に優劣をつけるのは」
あぁ、さすが先輩だ。
皆等しく仲良くなりたいと思っているんだな。
「えー? でも、その反応はなんか怪しいよ、兄さん」
「零が一番か……お前、男にもモテるんだな」
「さすが幼馴染くんやで」
「お、お前ら……」
なんだろう。楓ちゃんは、場を掻き乱すのが好きなんだろうか?
明らかに、この状況を楽しんでる節がある。
「あら、零くん。ジュースがなくなってるわね。はい、どうぞ」
「あ、すみませんセリルさん」
「ううん、いいのよ。あ、何か食べる? 皿に盛り付けて上げる」
「あ、いやそこまでしてくれなくても」
「まてーい! そういうのは私がするから」
「いえいえ。ここは私が」
「年上の方は、どうか座っててくださいな」
おいおい。こういう時ぐらいは喧嘩をしないでくれよ……。
「それで? 実際どうなんですかね。兄さんは、皆さんと仲良くできていますか?」
今にもみやとセリルさんが喧嘩しそうな空気の中、楓ちゃんが問いかけてくる。
「当然! 先輩とはめちゃうちゃ仲良くしてるぜ!」
「いやぁ、でも最近は女装姿が見れてないのでちょーっと寂しい気持ちですねー」
「お? あおねちゃん良いこと言った! じゃあ、今からお姉ちゃんが涼くんをデコレーションしちゃうよ!!」
「ええ!? 今日は、そんなことしないよ!」
「女装か……自分はどんなものなのか見てみたいな」
「かむらちゃん!?」
「私も見てみたい」
「ここねちゃんまで!?」
おっと、これは先輩ピンチ。
などと思っていたら、凉佳さんと風子さんに連れていかれてしまう。先輩の助けを求める声が空しく響いていた……。
すまない、先輩。
正直、俺も久しぶりに女装姿を見てみたいんです……!
「お? エルちゃん、いい食べっぷりだね。こっちのお肉も食べる?」
それにしても、末恐ろしい妹だ。
母親も、姉も結構いい性格をしているが、楓ちゃんは他の二人とは違った意味でいい性格をしている。
「なーんですか? あたしに興味があるんですか?」
ふと、俺の視線に気づいた楓ちゃんはにまっと笑みを浮かべる。
なんだろう。
今までの経験上、こういう何かを感じとった時は、ろくな展開にならない。
俺は、その何かを確かめるために楓ちゃんへ能力を使った。
そして、見えたのは……。
前回と前々回は結構ファンタジー色が強かったので、今回はそこまで強くは……ならないかな?