エピローグ 聖女の決意
「あー……まさか四日も寝込むとは」
力を使った後に、俺は四日間も寝込んでしまった。
そのせいで、貴重な夏休みが残りわずか。
「しょうがないよ、慣れていないことをしたんだから。それに、四日で済んだ、んだよ」
半分食べていた棒つきアイスをゆらゆらと左右に揺らしながらキュアレは説明する。
本来ならば、四日ではすまないらしい。
ちなみに一般人が使った場合、一生起きないか、最悪の場合はそのまま……聞いた瞬間、背筋がぞっとした。
「君は、主人公で、主神様からも愛されてるからね。もしかしたら、それで四日で済んだんだと思うよ。うん、絶対そう!」
主神様に愛されてるねぇ……。
そういえば、どんな感じなんだろうか。よく話題に出てくる主神様って。
今、わかっているのは二つの世界を創った全ての神の頂点で、今の二次元世界の現状に疑問を持っているということ。
で、それをどうにかするべく試験的に俺をテスターとして能力を与えた……。
「なあ、その主神様ってどんな神様なんだ?」
「えー? そうだねぇ……親?」
「なんで疑問系なんだよ」
それにしても親か。言わんとすることはなんとなく理解できる。
世界を創り、全ての神の頂点なわけだからな。
親と言えば、親なんだろう。
「まあ、そのうちに会えるんじゃない?」
「会えるのか?」
「主神様もなんだかんだでハチャメチャなところがあるからねー」
会ったら会ったで、どう反応すればいいかわからないんだが。
こいつのようには……なれないだろうなさすがに。
「ん? どったの? あっ! まさか、私のアイスを!?」
「昼前だぞ。間食は控えろ」
「アイスは別腹だから!」
親指を立てて、最後の一口をかじる。
そんな日常的な会話をしていると、部屋にインターホンが鳴り響く。
誰だろう。みや達が来るのはまだ先だし……。
「ん?」
玄関先に移動し、覗き穴から外を確認したところ人はいなかった。
代わりに、なぜか大きな段ボール箱が置かれていた。
まさか宅配の人が置いていった? いや、さすがにそれはないか。
「……」
ドアを開け、俺は地面に置かれた段ボール箱を確かめる。
上に紙が一枚あり、そこにはこう書かれていた。
開けてちょ。
なんだろう。文字だけで誰なのかがわかってしまう。俺は、紙の書かれていた通りに開けてみた。
すると。
「なに、してるんですか?」
まさかそんな、と思っていたが、予想通りだった。
段ボールの中には、エルさんが入っていた。
エルさんは、待ってましたとばかりに、その場で正座し、プラカードを見せてくる。
箱入り娘です。どうか貰ってください。一人じゃ何もできない。
「……」
「……」
これはどう反応したら良いのだろうか。
エルさんなりのギャグ? なのか?
「お? なんだなんだ。青少年。何をやってるんだ?」
そんなことをしていると、かなみさんがやってきた。
子供が遊んでいる姿を見る親のような笑顔を向け、しゃがみこむ。
「誘拐?」
「違います」
しばらくエルさんのことを見た後に出た発言に、俺は即否定する。
まあ、確かにそう見えなくもないが。
「はっはっはっは! 冗談だよ、冗談。でも、結構特殊な遊びをしてるじゃないか。最近は、こういうのが流行ってるのかい?」
「そんなわけないじゃないですか。この子が、特殊なだけですよ」
俺が、そう説明すると次なるプラカードを出すエルさん。
実は、君が寝ている間にとある決心をしたのだ、セリルが。
「セリルさんが?」
いったいどんなことを、と思っていると。
「あ、そういえば今日、新しい入居者が来るから」
「え? 新しい入居者?」
かなみさんが、突然言い出す。
そういえば、このアパートって部屋が六つあるのに、まだ二部屋しか埋まってないんだよ。
しかも、俺よりも先に住んでいる人に至っては、まだ挨拶すらできていないし。
「うん。外国の子なんだけどね。妹と一緒に住むんだってさ」
「外国……妹……」
かなみさんの言葉に、俺は自然とエルさんに目を向ける。
まさか、この流れは。
「ふふ。どうやらお気づきになったみたいですね」
この声は。
「はーい、皆ー! 荷物は階段を上がってすぐの部屋に運んでくださいねー」
「はい!」
「お任せください!」
「皆ー! お姉様のためにバリバリ働くわよ!!」
セリルさんだった。セリルさんが、メイド部隊を連れて姿を現した。
メイド達は、抱えていた段ボール箱や家具などをトラックから次々に下ろし、そのまま俺の部屋の真上にある部屋へと運んでいく。あんな細い腕、あんな軽々と……。
「おー。話には聞いていたけど、本当にお嬢様だったんだね、セリルちゃん」
「これからお世話になりますね、かなみさん」
「何か困ったことがあったら、相談にのるからね」
唖然としている俺を横目にセリルさんはかなみさんと挨拶を交わす。
「えっと、セリルさん? これはどういう」
唖然としていた俺は、ようやく言葉を絞り出す。
挨拶もほどほどに、セリルさんは柔らかい笑みを浮かべながら語り出す。
ちなみにかなみさんは、用事があるからとその場から姿を消した。
「私、決めたんです。今後は、あなた様の側で過ごそうと。その……ひとつになった仲、ですから」
「待ってください。その言い方は絶対誤解を生みます」
「誤解、されてもいいじゃないですか」
「え?」
「私は、そうなりたいと思っています! いや、むしろ身も心もひとつになり、明るい未来を共に!!」
くっ! また暴走を……!
「本来なら、あなた様のお部屋で共に過ごしたかったのですが……神を敬愛する者として、そこはぐっと我慢をしました。ですから! あなた様の上で! そう! 上で!! 日々を過ごすことで、あなた様のことをもっと知っていこうと思ったのです!!」
なんか物凄く上を強調してくるんですけど……!?
というかセリルさん涎! 涎が溢れてますって!
まだそこまで経っていないのに懐かしさを覚えるセリルさんの聖女らしからぬ表情。
だが、あの時よりも更にリミッターを外しているように見えるのは気のせいではないだろう。
「つきましては、引っ越し祝いということで私の部屋で二人っきりの」
「そうはさせない!!」
はっ!? この展開は、前も。
数日前にも似たようなことがあったため、この先の展開は。
「零くんにダーイブ!!!」
「読み違えたぁ!?」
腹部を襲う衝撃。
黒いもやのようなものが出現したと思えば、そこからみやが突然飛び出し、俺へと猛烈なタックルを食らわせてくる。
そして、そのままくるっと回転し、俺はみやに抱えられるような形で着地した。
「え? あの……みやさん? さっきどこから」
明らかにワープのようなものをしていたように見えたんだが、俺が眠っている間に何が。
「この黒いの凄いんだよ? 自由に形を変えられるだけじゃなくて、頭で考えたところにワープできたり、ものを吸い込んだりもできるの!」
「わー、それは凄いなー」
「でしょ!?」
なんてことだ。
幼馴染がどんどんファンタジーな存在になっていく……。
「この変態聖女! まさか零くんの住みかまで汚そうとするなんて!」
「汚してなどいません。私はただ零様の上に住むだけで」
なんだろうなぁ。別に変なことは言っていないんだけど、そう聞こえてしまうんだよなぁ。
「けど、そうはいかない。私は、零くんのピンチを察知できるから。何かあれば、こうやってすぐワープしてくるから!」
「あらあら。それは厄介ですね」
と言っているセリルさんだが、そこまで厄介そうには思っていないように見える。
「安心してね、零くん。ずっと私が見てるから」
「え? ずっと?」
「そう! 零くんの食べているところとか、零くんの寝顔とか、零くんの入浴姿とか、零くんの油断した」
「いや、それはちょっと……」
心配してくれるのは嬉しいけど、さすがにずっと見られるのは。
「あ、それは無理だよ。私が結界張ってるから」
「そんな……」
開けっぱなしだったため、玄関先からキュアレが無理だと伝えると、しょんぼりと悲しそうな表情を浮かべるみや。
「まあ、私が側に居る限り、彼女もこの部屋には入ってこないでしょ。ね?」
「はい。もし、入ったら失神してしまうかもしれません」
ジャージ着てるけど、神様だからなキュアレは。
神を崇める聖女としては、同じ空間に居るだけで天にも昇るほどのことなんだろう。
「とまあ、私のおかげで零は安全なのだよ。だから、この絶対防衛女神様キュアレに、今日は美味しいものを食べさせておくれ」
「はいはい……」
「そういうことでしたら、私が」
「ううん! 私が作る!」
このままでは、バトルに発展してしまうかもしれない。
この前は気絶してしまって、何もできなかったが、今回は元気が有り余っている。
「だったら、流しそうめんってのはどうだ?」
「流し、そうめんですか?」
「実は、キュアレはそういうことをするやつを買って昨日届いたんだよ」
流しそうめんならば、皆で楽しみながらできる。
ここは喧嘩をせずに、仲良く。
そう俺が提案すると。
「はーい! じゃあ、あたし達も参加しまーす!!!」
「そうめん以外にも流そう。そうしよう」
「なんだ、元気そうだな」
忍三人衆が姿を現す。
「な?」
抱きついているみやに微笑みながら言うと。
「わかった!」
「セリルさんも。それにエルさんも。それとメイドさん達もどうですか?」
「わかりました。エル、それに皆。今日はそうめんですよー!」
セリルさんが叫ぶと、荷物運びをしていたメイド達は動きを止め。
「わかりましたー!!」
「お姉様と一緒にそうめん!」
「皆! 早く終わらせて準備だよー!」
と、賑やかに声を張り上げた。
……とりあえず、収まったようでほっとした。