第三十四話 二人の目的
零達と別れ、単独で明かりの少ない夜道を歩いているセリル。
周囲には、まったくと言って人気がなく、建物すらない。
「……」
すると、移動を阻害するかのように、茂みの中から一人の男が姿を現す。
猫背で、髪も服も黒く、月明かりだけで照らされながら、不気味に笑みを浮かべる。
「あなたは」
「くく。久しぶり、だね。俺のセリル」
男……田辺一郎は、どこか虚ろな目で、セリルを見詰める。
「何か、ご用でしょうか? あの時に、言いましたが。これ以上度が過ぎたことをすれば、警察に通報しますよ」
そう言って、セリルは手に持っていた小袋からスマートフォンを取り出す。
しかし、一郎はそれでも物怖じせず、笑みを浮かべている。
「通報したいのなら、すればいい。けど、警察じゃ相手にならないと思うよ」
刹那。
一郎の体から月明かりを汚さんとするドス黒いオーラが、滲み出てくる。
「今の俺は、悪魔をこの身に宿してるんだ。こいつは、凄いんだ。受け入れれば受け入れるほど、力がわいてくる……女を犯せば、犯すほど、君を俺の物にしたいという欲望が膨れ上がってくるんだ」
「やはり、あなたが世間を騒がせている強姦魔だったんですね」
凛とした態度を崩さずセリルは、一郎を睨む。
その姿に、声に、一郎はあぁ……と声を漏らし、語りを続ける。
「そうだ。君を完全に俺の物にするために、力を蓄えていたんだ。とは言っても、俺の初めては君に捧げるって決めているから。本番はしてないけどね。くくく……その変わりに、足腰が立たなくなるほどイカせまくったけどね!!」
どうだい? と一郎は、セリルに嬉々として叫ぶ。
「さあ、俺のセリル。今こそ、君を俺の物にする時だ」
ゆらり、ゆらりとゆっくり近づいてくる一郎に、セリルは静かに手を上げた。
降参か? と一郎は、笑みを浮かべるが。
「そこまでだ」
それが合図だった。
セリルの背後から、複数の人影が姿を現す。
先頭に立つのは、零。
その後ろに、みや、あおね、ここね、かむらの四人がいつでも動けるかのように構えていた。
・・・・
「な、なんだお前ら! 俺とセリルの空間に入ってくるな!!」
「うわ……これは重症ですよ、先輩」
隠れている時も、かなりひきつった表情をしていたが、今のは更にひきつっている。
あおねの気持ちは理解できる。
まさか、ここまで典型的なストーカー思考な相手を目の当たりにするとは。
「まったくだね。自分勝手に人を襲おうだなんて! どうかしてるぜ! なあ、幼馴染くん!」
「え? お、おお。そうだな」
みやの発言に、少しん? となってしまったが、俺はそのまま田辺を睨む。
「さっきの会話を聞かせてもらった。これ以上、セリルさんに何かをしようって言うなら、こっちも容赦しないぞ」
とは言ったものの、俺に何ができるか。
この前のように浄化の光とやらで、田辺に憑依してる【欲魔】を祓う? いや、正直自分で操れるかどうかわからない。
全て、俺がピンチの時に防犯として発動した、みたいな感じだからな……。
「くそ……! くそ……!! なんなんだよ、お前は! 俺のセリルの彼氏のつもりか!? そういえばさっきもべたべたとくっついていたな! ふざけんなよ……セリルに触っていいのは、俺だけなんだ!」
「元々、本人の思考レベルがああだったのもあるだろうが。かなり【欲魔】に侵食されているようだな」
「憑依型は、そういうのがあるからめんどくさいよね」
確かに、最初から目の焦点があっていなかったが、興奮している今は、血涙している。
「セリルさん。浄化、できますか?」
憑依型ということで、物理的に倒すには、まず憑依している肉体から剥がす必要がある。
だが、浄化術を使えば憑依したまま魔を祓うことができるので、ここは浄化術に長けたセリルさんの出番なのだが。
「やってみます」
と、セリルさんが両手を構え、光を灯す。
が、その時だった。
「おおっと! 待ちな、聖女!」
姿も、声も田辺そのものだが、口調や雰囲気ががらっと変わった。
まさか。
「【欲魔】か?」
「ああ、そうだ。俺はこいつに憑依してる【欲魔】だ。いやぁ、こいつとの憑依は心地良いぜ。なにせ、俺と考えていることが一緒なんだからな」
「考えてること、だと?」
そうだ、と【欲魔】は言い、セリルさんに睨む。
「俺の目的は、聖女を犯すこと! そして、そのまま俺の肉奴隷として可愛がってやるのよ!!」
「うわぁ、予想できていましたが。最悪ですね」
「てことは、憑依されてる男も、そう思ってるってこと?」
「似たような思想なんだろうが、こっちは田辺よりやばいかもな」
ともあれ、二人ともセリルさんを狙っているという点は同じ。
それが、より強く二人をシンクロさせ、力が高まっていったのだろう。
「俺はな。戦う力はそこまででもないが、粘り強さなら負けねぇ! しかも、それはこれまでの行動で更に高まった! 今の俺なら、聖女様の浄化術でも簡単には浄化できねぇぜ!!」
そう言って【欲魔】は、突然その場に仰向けになった。
一同、なんだ? と驚く。
「そう。普通の浄化じゃ、こいつの体を、精神を傷つけることになる! つまり、残る手段は……性行為による浄化術しかねぇってことだ!!」
何を言っているんだと思うだろうが、俺は知っている。
セリルさんが、昔からそういう浄化を行っていたことを。
「男の欲望は、股間に集中する! 聖女様は、それを利用して体から魔を祓っているんだ! 本来なら、それで終わりだが。俺は違う! 持ち前の粘り強さで、聖女様の中を犯し! そのまま俺色に染めてやるのよ!! はっはっはっは! さあ、こいよ聖女様! お優しいあんたならこんな最低の奴でも助けてやりたいんだろ?」
などと、挑発するように股間部分を突き上げている。
興奮しているのだろう。
ズボンがテントを張っている。
「セリルさん。あんな変態と交わってちゃだめですよ! 粘り強いとか言ってますが、実際はあっさり浄化できてしまうかもしれません!」
ほれ! ほれほれ! と、早くやれとばかりにアピールしている【欲魔】の声に、セリルさんは表情を強ばらせていた。
「どうやら、そこのガキにご執心のようだが。そんなガキよりも、俺の方が気持ちよくしてやるぜ? はっはっはっはっは!!!」
そんなことを言った刹那。
空気が変わる。
何事だ!? と周囲を見渡すと。
「よし、あの粗末なもの潰そう」
みやが黒いオーラを纏いながら拳を構えていた。
それだけじゃない。
「そうですねぇ。あんまり調子に乗ってるようですから、細切れにした後にぐちゃぐちゃに潰しちゃいましょう」
あおねも何やら物騒なことを言いはじめた。
「そもそも、あんたのものより零くんのほうがよほど大きくと長いんだけど? しかも通常状態で」
「な、なんと!? やみや先輩! パイセンのを見たことがあるんですか!?」
「えへへ……見てはいないけど、触ったことはあるの……きゃっ!」
そういえばそうだった……。
「そういうわけだから、潰す」
「おいおい! 本気か!? この男がどうなってもいいのか!?」
さすがに【欲魔】もこの空気に焦っているようで、先ほどまでの腰降りを止め、必死に訴えてきている。
「なに。股間を潰されたぐらいで死にはしないだろ」
と、かむらがあの青い刃を構える。
「ただ男として生きていけなくなるだけだからね」
続いて、ここねがゆらりと獲物を狙うかのように構える。
やばい。
このままでは、本当に田辺の股間が……いや、死ぬ!
「皆さん。お待ちください」
そんな殺意に満ちた空気に、セリルさんの凛とした声が響いた。
本来だったら、この話で浄化するつもりだったのですが、思ったより長くなったので、ここで一旦区切ります。
なので、次回で浄化。そして、その次で三章エピローグという流れになると思います。