第三十二話 付け狙う邪悪
「どうですか? セリルさん。夏祭りは」
「ええ。とても楽しいです。毎年、この時期になると欲望が膨張するので、色々と大変なのですが。今年は、そんな様子もなく安心しています」
夏祭りへと訪れて一時間は経っただろうか。
俺達は、屋台めぐりもほどほどに、空いた場所で腰を落ち着かせていた。
あおねが、丁度シートを持ってきていたようで、それを敷いて、その上に座っているのだ。
「東も西も、今まで以上に張り切っていたというのに……」
と、かむらは玩具の刀を見詰めながらどこか残念そうな表情を浮かべていた。
真面目なかむら的には、こうしているよりも働いている方が性にあっているということなんだろう。
逆に、他の忍者達は。
「この型抜き美味しいですよね、意外と」
「遊べて、食べられる。画期的だよね」
「あたしは、それと似たようなもので、あのねるねるなものが好きです」
「グミを作るやつもいいよね」
「あー、ありましたね」
こんな感じに、仕事のことなどすっぽりと抜けているんじゃないかと思うほど呑気。
まあ、彼女達もまだ中学生。
普通は、こういうのが自然なんだろうが。
「ぷふー、さすがに食い過ぎた……」
「たく、いくら先輩が奢ってくれているからって、調子に乗りすぎだぞ。先輩、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。僕も、楽しんでるから。こういう時に使わないと」
康太は、白峰先輩の宣言通り奢ってもらっていた。
少しは遠慮しろとさんざん言ったのだが……白峰先輩本人が、笑顔でいいよと言うので、あんまり強く言えなかった。
「むー、それにしてもお父さんもお母さんも遅いなぁ」
みやが、スマホを片手に呟く。
もう来ていてもいい時間なのだが、まだ宗英さんとみなやさんが来ない。
今日は、夏祭りなので早めに店を閉めることになっている。
現在の時刻は、十九時半過ぎ。
日も落ち、そろそろ花火が上がる頃だ。
「もしかしたら、急に団体が来て、それに対応してるんじゃないか?」
そう康太は言うが、一応会場には到着していると連絡はあった。
おそらく、この人混みで迷っているか。
二人だけで、祭りを楽しんでいるか……。
「とりあえずもうちょっと待って、来なかった迎えに行くか」
「だね」
「あれ? セリルさんじゃん」
「あっ」
声をかけてきたのは、セリルさんの知り合いであろうセミロングヘアーの女性。
その隣に、もう二人ほど女性が居て、私服姿で祭りを楽しんでいる様子。
「わあ! 浴衣凄く似合ってるね!」
最初に声をかけてきた女性に続き、ロングヘアーの女性が声をかける。
「ありがとう。初めて着たんだけど、そう言ってもらえて嬉しいわ」
「ところで、一緒に居る子達は……」
と、ボブヘアーの女性が俺達のことを見る。
「つい最近知り合った子達なの。ごめんなさいね、あなた達のお誘いを断ってしまって」
そうか。セリルさん、めちゃくちゃ人気で友達も多いから、色々と誘いがあってもおかしくはない。
その全てを断って、俺達と……。
「いいのいいの! 無理に誘ってもあれだし。それに……その子達と一緒に居る方がセリルさん楽しそうだし」
「うんうん。というか、最近のセリルさんがやたらと楽しそうだったのは、その子達のせいだったわけだね」
「え? わ、私。そんなに楽しそう、だった?」
「おやおや。気づいていなかったようですね」
「無自覚かぁ」
自分で気づかなかったことを、大学の友達に指摘され、恥ずかしそうに頬を染めるセリルさん。
「君達。うちの大学の聖女様とこれからも仲良くしてやってよ?」
「しっかりしてるようで、抜けてるところあるから」
「たまに、どうした!? って思う行動もするよねぇ」
どうやら、俺達がどうこうしなくても、セリルさんはちゃんと普通の日常というものを楽しんでいたようだ。
本人は、それを自覚していないみたいだけど。
「もちろんですとも! あたしが楽しい過ごし方というものを教え込んで上げます!」
「うん、ありがとう。あっ、そういえば」
いまだに恥ずかしがってるセリルさんを横目に、セミロングヘアーの女性が話題を切り替える。
「セリルさん。あの後、どうだった? 大丈夫?」
あの後? なにか大学であったんだろうか。
かなり真剣な表情だ。
ただごとではないのは確かだ。
「え、ええ。大丈夫よ。最初は、行き先々で会ったりしていたけど。最近は」
「そっか。ならいいんだけど」
「なにか、あったんですか?」
俺は、話していたことが気になり問いかけた。女性達は、一度顔を見合わせ、更にセリルさんにも視線を送る。
セリルさんが、頷くとボブヘアーの女性が口を開いた。
「実はね。彼女、ストーカーにあってたのよ」
「ストーカー?」
なるほど、そういうことだったか。
「どうやら、告白を断られて、それでも諦めず、セリルの行き場所に先回りしては告白をしまくってたようなのよ」
と、ロングヘアーの女性が眉をひそめながら言う。
「マジかよ。それは悪質だな」
「まったくだ。己が好かれていないことを受け入れられないとは。自分だったら、撃退しているところだ」
「で、でももうそのストーカーはセリルさんを諦めたんですよね?」
話を聞いた限りでは、諦めたようだが。
「まあね。けど、ほら。最近、話題になってるでしょ? 女性ばかりを襲ってるやばい奴」
白峰先輩の言葉に、セミロングヘアーの女性は今話題となっていることを絡めてきた。
「まさか、そのやばい奴ってそのストーカーさんなのですかな!?」
「目撃者が居てさ。その人が言う容姿が、セリルさんのストーカーにかなり似ているんだよ」
そう言ってセミロングヘアーの女性は、スマホの画面を見せる。
写っていたのは、特徴と言っていいほどの特徴はなく、少し痩せた猫背な黒髪の男性。
「これ、警察に説明するために撮ったものなんだけど。こいつを見かけたらダッシュで逃げなよ? なにされるかわからないから」
その後、一応さっきの写真を転送してもらい、挨拶もほどほどに別れた。
「ほうほう。この人が……あれ? なんか見かけたような」
「おい、それは本当か? あおね」
俺のスマホを覗いていたあおねの発言に視線が集中する。
「ちらっと。でも……見間違いだったかもしれません」
「あおねは、それよりも祭りを楽しんでたからね」
「いえす!」
とは言ったものの、もしこの男が最近話題になっている男だったとしたら……。
「おーい! 皆ー!」
「お待たせー!」
「おー! おとん&おかん! 遅かったじゃないかー!」
どうやら宗英さんとみなやさんが到着したようだ。
「いやぁ、すまなかった。せっかく祭りに来たんだからちょっとだけ買い物を」
「つい買いたくなっちゃうのよねぇ、焼きそば」
とりあえず、男のことを気にしておくか。
まあ、さすがにこの集団を見て接触してくるとは思えないが。
『フラグが』
『……お前って、実はフラグの神様とか、そういうのじゃないよな?』
『違いますー! 恋愛の神様ですー!!』
今日で連載三ヶ月。
いやぁ、なんだかあっという間な気がします。
三章もそろそろクライマックス。
次章のことも考えつつ、張り切って執筆していきたいと思います!