第二十八話 支え
青空の下でのバーベキューも大いに盛り上がり、今は食休み。
俺も一度、トイレへと行き、夏の自然というものを楽しんでいた。
木々から差しこむ木漏れ日。
風に揺れる草木の音。
一人で、雄大な自然の中を歩いていると。
「あれは、セリルさん?」
セリルさんが、一人で吹き抜けた空間で祈りを捧げていた。
邪魔するのも悪いと思い、その場から立ち去ろうとする。
「っと」
しかし、エルさんに道を塞がれてしまう。
相変わらずひょっこり出てくるなこの人。
「えっと、なにか用、ですか?」
じっと、見詰めてくるエルさんに俺は少し困った様子で声をかける。
すると、いつものようにプラカードを見せてくる。
セリルは……抱え込む。
「抱え込む?」
その後、くるっとプラカードを回転させ別の文を見せる。
ずっと、ずっと側で見てきた。支えてきた。でも……やっぱり私一人じゃ限界。
「……」
俺は、今も祈りを捧げているセリルさんを見る。
そんな俺に、エルさんはプラカードを渡してくる。
零が、支えになってくれればセリルも、もう無茶なことはしない。
そんなこと言われても……あんな過去をもった彼女を、俺が支えきれるかどうか。
「あら? どうかしましたか? お二人とも」
そうこうしていると、祈りを終えたセリルさんがこちらに近づきながら声をかけてくる。
「エル?」
エルさんは、何も言わずじゃあねとばかりに右手を上げて、その場から早々と去っていく。
二人きりになったところで、俺は手に持っていたプラカードに、まだなにかが書いていることに気づく。
追伸。
セリルを支えてくれたら、おまけに私もついてくるぞ。
そして、プラカードは光の粒子となって消滅していく。
「零様。先ほど、エルと何を話していたのですか?」
「まあ、なんていうか……」
そこで、俺の脳裏に電話をしていた時のセリルさんが思い浮かぶ。
「少し、散歩しませんか?」
「え? お、お散歩ですか?」
俺の突然の提案に、動揺するセリルさん。
「そうです、散歩。今日は、互いに焼くのが忙しくて全然話ができませんでしたから。だから、今この時間を利用して、ちょっとだけ」
「で、ですが」
「ほら、行きますよ」
「あっ」
どうしようかと迷っていたセリルさんの手を、俺は強引に掴み歩き出す。
支え、か。
彼女の過去を覗いた後だと、つい数ヵ月前までただの学生だった俺がどうこうできるわけがないと思えてしまう。
「今日は、全然食べれていませんでしたよね。大丈夫ですか?」
「は、はい。私、そこまで大食いではないので」
俺にできることと言ったら、こうした日常の中で、少しでも普通をプレゼントすることだけ。
それで、どれほどの支えになるかわからないけど……。
「……」
あっ、エルさんが物陰からグッジョブと書かれたプラカードを。
・・・・
「きゃっ、ロマンチック!」
アパートに帰ると、キュアレが一人で焼き肉をしながら煽ってくる。
「世界のために、その身を犠牲にしてきた聖女を、日常というプレゼントで支える……くう!! 飯が進む!!」
「相変わらず、人の思考を勝手に読みやがって」
「ラジオ感覚で聞いてた」
「人の思考をなんだと思ってるんだ」
楽しいバーベキューを終えた俺は、父さんと母さんの見送りをした後に帰宅したので、結構帰りが遅くなった。
さっきまで、護衛としてあおね達も居たのだが、用事があるということで解散。
「でも、あの子にはああいう支えが一番だと思うな、神様的に」
急に真面目なことを言い出すな、こいつ。
「そもそも、何気ない日常っていうのは、どんなプレゼントよりも心にくるものなんだよ! あっ、そういえばアイス買ってきてくれた?」
「ほら」
俺達がバーベキューだっていうから、キュアレは対抗して焼き肉。
わざわざ専用のプレートまで買うとは。
で、俺は帰りに食後のアイスを買わされた、と。
「おー、ありがとー! まあ、一番のプレゼントは零が一緒に居ることだと思うから、あんまり深く考える必要はないんじゃない?」
と、袋に入ったアイスを物色しながら言う。
「そうだろうけど。やっぱり考えてしまうんだよ。あんな過去を見てしまったからな」
あれひとつだけだったけど、あの後もセリルさんは、俺が思っている以上のことをやってきていたんだと思う。
聖女として、世界のために。
「ま、今は零ができることを全力でやればいいのだよ。神様が言うんだから間違いない!!」
「お前、神様だったっけ?」
「うぇ!?」
いつも調子で言ったのだが、凄い驚きようだ。
思わず、箸から肉を落とすほどの衝撃だったようだ。
「う、嘘でしょ? この空気でそういうこと言う?」
なるほど。真面目な空気を作って、自分のことを神様だと肯定させたかったわけか。
だが、それでもいつもの調子で言うから、あんなに驚いたと。
「ああ、言う」
「ひどい!? やっぱり、鬼だ! 悪魔だ!!」
「そんな悪魔からのお恵みを受けているんだが、どうなんですか? 神様」
「美味しく頂きます!!」
「普通に食うのかよ……」
悪魔からのお恵みを遠慮なく食べるジャージの神様を見詰めながら、俺はこれからのことを考えるのだった。