第二十七話 そろそろ夏は
「よっしゃー!! 皆、盛り上がってるかー!!!」
今日は、父さんや母さんの提案でバーベキューをすることになった。
少し遠いが、皆が楽しめるようにと作られたキャンプ場へと移動し、雲ひとつない晴天の下で肉や野菜などを豪快に焼いている。
明日には、父さん達も帰るため、最後の思い出作りというやつだ。
「楽しんでますともー!!」
「お肉おいちー!!」
母さんの言葉に、いち早く反応するみやとあおね。
参加者は、セリルさんの家に行った時のメンバーに加え、みやの両親も参加している。
夏休み前から計画していたことらしく、今日は店を休みとしているのだ。
「さあ、今日は食え! 飲め!」
と、父さんがジョッキにたっぷりと入ったビールを豪快に飲みながら宗英さんに絡む。
「いや、僕はあまりお酒は」
「そう言うなって。たまの休日だ。楽しまねぇと損だぜ? ほれ、見ろ。みなやちゃんなんてぐいぐい飲んでるぜ?」
麦茶が入ったコップを持っている宗英さんは、母さんの隣で普段の穏やかな雰囲気からは考えられないほど豪快にジョッキでビールを飲んでいるみなやさんを見る。
「妻は、めちゃくちゃ酒が強いから。あの程度なら水を飲んでるようなものだって言うぐらいに」
冗談のように聞こえるが、まさになのだ。
俺がまだ引っ越す前のことなんだが。
父さんもかなり酒が強いほうで、だったらどっちが強いか勝負だ! という提案にみなやさんはのった。
飲む酒はビール。
互いに、ジョッキでぐびぐびと飲んでいき……勝者はみなやさんとなった。
父さんの動きが止まってからも、みなやさんは余裕の表情でつまみまで食べながらビールを飲み続けていた。
それに比べて、夫の宗英さんは弱いというわけではないが、みなやさんと比べると、弱く見えてしまう。
「ところで、セリルちゃん」
「はい、なんでしょう? 刹那さん」
母さんと一緒に素材を焼いているセリルさん。
食べていないわけではないが、それでも焼いていたり、飲み物を注いだりと、ここに来てから感心するほど働いている。
ちなみに、俺も焼き担当である。
「零のどんなところが気に入ったの?」
声を潜めているが、近くに居るので普通に聞こえる。
というか、わざと聞こえるようにしてるだろ母さん。
「え? そ、それはその……あの」
突然の問いかけに、戸惑うセリルさん。あの時のように乙女のような恥じらい。
隣で肉などを焼いている俺のことをちらちらと見てくる。
そんな反応に、母さんはどこか楽しそうに笑みを浮かべた。
「ほらほら。遠慮しないで。言ってしまえ」
「そ、そんな恥ずかしい、です……」
「きゃ、乙女」
楽しそうだな、母さんよ。
「……」
突き刺さる視線に気づき、俺はハッと顔を上げる。
みやだ。
まばたきを一切せずに、めっちゃこっちを見てる。うわ、黒いオーラが滲み出てる。
「これはお母様の作戦ですね」
「作戦?」
両手に香ばしく焼けた肉が刺さった棒を持ったあおねが、隣で呟く。
「こうやってみや先輩の嫉妬心を駆り立て、パイセンを鍛えているのです」
「なにをどう鍛えるんだよ」
「恋愛技能?」
なんで疑問系なんだ。お前も実はわかってないだろ。
「うまっ」
「零、それ」
「まだ焼けてない。そっちならいい具合に焼けてるぞ」
今日も、もりもりと食べるここねに、俺はいい具合に焼けた肉と野菜を皿に盛る。
「先輩」
口についた肉汁をぺろっと舐めたあおねは、食べかけの肉を俺に突き出す。
「焼くのも良いですけど、ちゃんと食べないと」
「心配するな。ちゃんと食べてる」
まあ、他の人達に比べたら食べられていないけど。
「そんなこと言ってー、ほとんど食べていないんじゃないですか?」
どうやらお見通しのようだ。
俺は、仕方ないと目の前にある肉にかぶりつく。
「あっ」
そこで俺は気づく。
いつの間にか、みやの視線を感じなくなっていることに。
「ぷー、嫉妬だぞよー」
どうやらあおねに抱きついていたようだ。
「おっと、健気な後輩として体が勝手に」
自分で健気なって言うか。
「阻止だ阻止ー」
もうそんなことはさせないとばかりに、みやはあおねを拘束。
と言っても、ただ抱きついているだけなんだが。
「うわー、捕まったー」
今日は、そこまで気温が高くないとはいえ、暑くないんだろうか。
「いつも思うんだが」
「どうした、康太」
「もしかして、二人って」
麦茶が入ったコップを片手に、みやとあおねのやりとりを見詰める康太。
「百合なのか?」
「別にそういうんじゃないんじゃないか?」
確かに、そう思いたくなるぐらい仲が良いけど。
そんな康太の言葉に、あおねは。
「じ、実はあたし達……付き合ってるんです!」
「マジか!?」
「ええ!? そ、そうだったの!?」
いや、冗談だろ。
しかし、そんな冗談に康太や白峰先輩は本気で驚いている。純粋だなぁ、この二人。いや、ただ単に騙されやすいだけ、なのか?
「……実は、そうなんだ」
そして、みやものってくるという。
「みや。お母さん、相手が女の子でもありだと思うわ」
あー、そういえばみなやさんも意外とこういうことにのる人だった。
「零。取られちまったな、あおねちゃんに」
ぽん、と俺の肩に手を置く父さん。その隣では、宗英さんが苦笑していた。
「ごめんなさい、零先輩。みや先輩はあたしが幸せにしてみせます!」
「こ、これどうなっちゃうんだろ?」
「くっ! まさかの百合カップルか! だが、この二人なら……推せる!」
「昔を思い出すわ。実は、私……みなやちゃんのことが」
「え? せ、刹那先輩?」
……これは、なんだ。
俺が突っ込まないとボケがどんどん連鎖していく流れなのか?
「ん?」
そろそろ突っ込もうと思っていると、エルさんが俺の服をくいくいと引っ張ってくる。
そして、プラカードを見せつける。
実は、私十八歳だったのだ。
「……」
もしかして、カミングアウト大会でもやっていると勘違いしてるのだろうか。
沈黙する俺に、持っていたプラカードをくるっと回転させ、一言。
どや?
「えーっと」
実は出会った時から知ってました、て言えばいいのだろうか。
でもなぁ……渾身のカミングアウトみたいな雰囲気だしなぁ。
「なんだこのボケ合戦は」
そんな空気をズバッと切り裂いたのは、かむらだった。実は、用事で少し遅れることになっていたので、今到着したようだ。
「くー! さすがかむらちゃん! 遠慮なく切り裂いてきますね!」
「え? ぼ、ボケ?」
「つまり俺達は……騙されてた?」
うん、その通り。
少なくとも、康太と白峰先輩は完全に騙されていたと思う。その他は、わかっていてボケていただろう。
「でも、あおちゃんへの愛は嘘じゃないぜ?」
「み、みや先輩……!」
「あおちゃん!」
いやぁ、熱いなぁ……そういえば、さっきからセリルさんが静かなような。
「電話、か?」
いつの間にか、離れた位置で誰かと通話をしていたセリルさん。
その表情は、真剣そのもの。
通話が終わった後も、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「刹那先輩は、さっきの本気だったんですか?」
「もちろん……本気」
「きゃっ」
「おー、おー。女同士でお熱いこって。んじゃ、俺達も男同士で」
「そ、それは遠慮する」
「冗談だって! そんなマジな反応するなよ! はっはっはっはっ!!」
「お前のは、冗談に聞こえないんだって……」
その後は、最初と変わらない態度で接していたセリルさんだったが……やっぱり気になるな。