第二十六話 これもまた日常
「というわけでですね。新たな敵が現れたわけですよ」
「へえ。この前は、男を襲う奴だったけど。今度は女を襲う奴なのか。それに加えて、相手の体を乗っとると」
「いやぁ、完全にバトルもの展開ですなー」
「まったくだ」
いつものように俺のところへ来たあおねは、新たに入手した情報を提供してくれた。
どうやら、新たな【欲魔】が最近現れたらしい。
まあ、俺が知らないだけで日常的に奴らは現れる。
その度に、あおね達のような力ある者達が人知れず対処している。
奴らは、欲望によって生まれた存在。
この世に、欲望がある限り完全に消滅することはない。
ある意味、不死身の存在だ。
こうして、呑気に部屋で過ごしている間にも、奴らは増え続けているんだろう。
「まあ、あたし達にとっては日常的なことなんですがね」
「こっちとしては、非日常なんだけどな」
「そんなこと言ってー、すでにこれが日常だ! みたいな感じで受け入れてるくせにー」
にまにまと笑みを浮かべながら言ってくるキュアレ。
否定はしない。
そもそも否定したとしても、関わってしまったので見て見ぬふりはできない。
というか、そんなことをしてもあっちから俺の日常を問答無用で壊しにくるに違いない。
「いつまでも、受け入れないんじゃ体がもたないからな」
「おー、大人。あ、おかわり」
「ん」
俺の言葉に感心したように声を漏らしたここねは、空になった茶碗を俺に差し出す。
それを受け取った俺は、ご飯を盛る。
「あ、先輩。あたしもおかわり」
「……あのさ」
「はい?」
ご飯を盛った茶碗をここねに渡したところで、あおねも茶碗を差し出してくる。
そこで、俺は今の状況にとりあえず突っ込むことにした。
「なんでお前らここで朝食食べるんだ?」
いつものように朝食の準備をしていたところに、自分の茶碗と箸を持参して現れたあおねとここね。
夏休みになってからちょいちょいこんなことがあったため、俺も慣れてしまったのか。普通に受け入れていた。
「今突っ込みます?」
ごもっともだ。
「仕事帰りのついでに寄っただけ。ほら、ちゃんとおかずもある」
二人が持ってきたのは、俺もよく買っている惣菜コーナーに売っているコロッケやメンチカツと言った脂っこいものばかり。
「仕事帰りというわりには、自分の茶碗と箸を持参しているようだが?」
「たまたまですよ」
「たまたまねぇ……」
そんなわけがあるかと突っ込みたいところだが。
「これもまた日常。慣れていきましょう!」
「おかわり」
「何杯食べるつもりだ……」
「先輩。あたしもあたしも」
「自分で盛れよ……」
「などと言いつつ、ちゃんと盛ってくれる零なのだった」
もはや染み付いたなにか。
茶碗を渡されると、なぜか自然と盛ってしまう。
「遊びにきたー!!」
「まだ朝食中でーす」
そうこうしていると、朝食を終えたみやが早々とやってくる。
これももはや日常。
俺が隠していた事情を知ってからは、暇さえあれば遊びにくる。店の手伝いもあるというのに、元気なものだ。
「それにしても」
あおねの茶碗にご飯を盛りながら、俺は呟く。
「【欲魔】……全然襲ってこなかったな」
夏と言えば、どこか普段より開放的になる。
学生は、夏休みということもあり、普段できなかったことをやることが多いだろう。
つまり欲望の解放。それにより、奴らは普段より出現率が多くなり、より強く欲を欲すると聞いている。
「あたし達も、こういう危ない時期はいつも以上に警戒していますからね。それに加えて、今回は西の方もやる気満々のようですから」
「誰かさんのおかげで」
「先輩のところに来ないだけで、ちゃーんと出てますよ【欲魔】は」
俺のところに来ないのは、常にあおね達が監視と護衛をしているからだろう。
前回のこともあって、俺もいつも以上に能力を使って確認をしているが……実際はこんなものか。
夏休みになってから大変なことはあったが、それは全てセリルさん絡み。今回の夏休みは、イベントの連続だろうと思っていたが、強力な味方達のおかげで普通に夏をエンジョイしている。
……ああ、普通にな。
俺が思っていた普通とは程遠いが。
「見て見て、零くん。あの黒いオーラ。こんな風に使いこなせるようになったんだよ!」
「おー! まるで海の中でゆらめく海草のようにゆらゆらと!」
この世界のことを考えると、これも普通なんだろうな。
「ふいー、食べた食べた。今日は、はち切れそう」
「やはり、朝はしっかり食べないと」
「お前らは食い過ぎなんだよ」
「おい、あおね! ここね! 仕事後の報告はどうした!!」
朝食を終え、食器をみやと一緒に片付けていると、今度はかむらがやってくる。
どうやら仕事後の報告をしていなかったようだ。
「あ、やべ」
「忘れてた」
「君らは……」
呑気にキュアレとゲームをしていた二人は、かむらの登場に硬直する。
「まあまあ! これからちゃんと報告しますので。そうぷりぷりしないで」
「怒っちゃやー」
「前からそうだったが、最近の君らはたるみすぎだ! それもこれも」
おや、これの流れは。
「明日部零! 君のせいだ!!」
だよな。そういう流れだと思ってたよ。
「違いますよ、かむらちゃん」
「なに?」
あおね。まさかお前、俺のことを庇って。
珍しくキリッとした表情のあおねに、俺は少し期待をしてしまう。
だが。
「先輩のおかげで、より楽しい生活を送っているんですよ!」
……ま、あおねだからしょうがないな。
「まったく反省していないな、君は」
かむらも、どこかいつものあおねと違うと思っていたのか。
いつものあおねだと、ため息を漏らす。
「かむらは、少し余裕を持つべき。ほら、一緒にゲームやろ?」
「……仕方ない。少しだけだぞ」
「お? 四人ならパーティーゲームだね。ディスク交換交換っと」
なんだかんだで、かむらも柔軟になってきている。
あの頃のかむらだったら、そんなものやるか! とか言っていただろうからな。
「おーい、次の食器プリーズ。後、水の出し過ぎ注意」
「っと、悪い悪い」
……すっかり溜まり場になってしまったな。