9.裏切りと覚悟
時はユリグルマがバンカと仲違いした直後に巻き戻る。
痛烈な言葉を浴びせられたユリグルマはただ当てもなくフラフラと街を歩いていた。時刻はもうすぐ日が沈む頃合い。まだバンカたちは仕事の続きをしているだろう。
道ゆく自動車もぽつぽつとライトを点灯し始めた。その光を浴びて、もうそんな時間かと思った。
タバコに火をつける。吸う場所も減り、喫煙者に厳しい昨今では歩きタバコなどご法度だが、今だけはそうでもしないと落ち着かなかった。
深く、煙を肺に入れる。ニコチンやタールが喉を痛めつけ、煙も含めて独特な不快感を身体にもたらす。だが吸う場所の消えた都会の街に反抗する行為が、苛立ちを鎮めてくれるような気がした。
そのまましばらく歩いたことで街並みも少しずつ都会のそれから住宅地のそれへと変化し始める。マンションやアパートが増え、高層ビルは姿を消した。あと三本も吸い終わらないうちに、街は都会の上品さを失うだろう。
やがて公園を見つけた。子どもの遊び場が減っている現状を映したように遊具はひとつもなかったが、唯一老人たちが談笑できるようなベンチだけは残されていた。
「ったく、どいつもこいつも自分のことしか考えてねえ」
公園から遊具を奪う老人も、バンカも、サカキも、みんな自分のことばかりだ。自分のことしか頭になくて、少しも他人を思いやろうとしない。だけどそれは、ここまで歩きタバコをしてきたユリグルマも同じだった。
「クソッ」
ベンチに座ると同時に次のタバコに火をつけた。今日はいつもよりも本数が多い。理性がストップをかけるが、本能はそれを押し除けてニコチンを求める。
吸い込めば心を充足感が満たす。吐き出せば苛立ちが蘇る。そうした負のループを繰り返すことで、少しずつ苛立ちを和らげようとした。
タバコを指で叩く。地面に落ちた灰は今の自分を表しているようだった。指に挟んでいるタバコにはまだ火がついているが、一度離れた燃えかすにはそれがない。同じように、ユリグルマの心からも火が失われていた。
もう、元には戻れないのだろうか。
三人で競い合ったあの頃には、戻れないのだろうか。
気付けばユリグルマはタバコを吸うことも忘れ、頭を抱えていた。指に向かって、導火線のようにジリジリと火が迫っていることも気に留めない。
バンカのような強さが欲しかった。
サカキのような信念が欲しかった。
ユリグルマにはそれがなかった。だから三人の関係は崩れてしまった。
彼らは本気で何かと戦っていたのだ。
それなのにユリグルマはどっちつかずに良い顔をしていただけ。寄り添うでもなく、突き放すでもなく、ただそれまでの関係を続けるために八方美人を演じていた。
心の底では、自分もバンカの方針に疑問を持っていたというのに。
バンカがユリグルマを裏切ったのではない。裏切ったのは、自分だ。ユリグルマの方が先にバンカを裏切っていたのだ。
ユリグルマだけはバンカの味方になってやるべきだったのだと、今更になって気付いた。
そうして、ようやく頭に登っていた血も冷えてきた。自身の怒りの正当性を否定する根拠が見つかって、自分のことが嫌いになった。
放置していたタバコを捨てる。踏み潰して火を消し、呆然と遠くを見つめた。その時、公園の入り口に二人組が入ってくるのが目についた。
子どもと母親だ。スーパーにでも行った帰りなのだろう。大きな袋を手分けして持っている。二人は楽しげに話していた。そのうち母親の方がベンチに座るユリグルマに気付き、目を細める。
たしかに今の自分のナリは子どもに見せられたものではないと思ったが、なぜかユリグルマは母親の方に話しかけられた。
「ユリグルマくん?」
「……あ?」
母親の方は肩にかかる程度の茶髪で、肌寒い季節に合ったベージュのコートを羽織っている。その顔をよく見れば、確かに見覚えがあった。
「ったく、サクラか」
よりにもよって今、彼女に会うのかと思った。
サクラはバンカの妻だ。つまり一緒にいる娘はハマサジ。巫術に関して天賦の才を授かった神童。
「買い物帰りか?」
仕事はどうしたの? などと聞かれる前に、先手を打って話題を振る。今、バンカの話はしたくなかった。きっとボロが出てしまうから。
「あ、うん。そう、明日の分まで買ったら大荷物になっちゃって」
「お母さん〜、重い〜!」
「はいはい、ちょっと休憩しよっか?」
二人は荷物をベンチに乗せる。その隙を見て足元に散らばった吸い殻をベンチの下に払う。
身軽になったハマサジは、ベンチの空いたスペースに座ってきた。ユリグルマとしては長話はしたくない相手であるが、こうなってしまえば避けようもない。大人しく構えた。
「おじさんは、お母さんの友達?」
「あ? んん、まぁ、そんな感じだ」
「そんな感じじゃなくて、そうでしょ」
ユリグルマの反応にサクラが苦笑する。
かつて彼女が巫術師だった頃は一緒に任務に行ったこともある。それなりに長い付き合いではあるが、友達かと問われると一瞬戸惑ってしまった。もちろん親友の妻だったからだ。
「お友達なんだ! お母さん、お友達いたんだねぇ」
「コラコラ、なんてこと言うのうちの子は」
ハマサジの発言からしてサクラはいわゆるママ友の集まりにうまく溶け込めていないのだろう。無理もない。彼女は今まで巫術の世界に身を置きすぎた。そのままこの歳になってしまえば、友達なんてものは簡単には作れなくなる。
だがそれを子どもに小馬鹿にされても軽くあしらえる程度には、サクラも心に余裕があるのだろう。かつて追い詰められていた頃から考えれば、彼女はとても前向きになった。
そしてそれらはすべて、バンカが成したことだ。
「バンカは、すげえな」
「え?」
「お前らのことを、本当に大切にしてる」
かつてのバンカは義務感に急き立てられたように英雄を演じていた。その彼が今では、こうして自らが定めた大切なものを守り抜こうとしている。
ユリグルマにはできなかったことだ。三人の関係を維持することはできなかった。
サクラは何かがあったのだろうかと不安そうな表情を浮かべる。しまったと思い、ユリグルマはベンチを立った。サクラは察しがいいから、バンカの話はしたくなかったのだ。
「俺はそろそろ仕事に――」
「……おじさん、お父さんのことも知ってるの?」
背を向けたところでベンチに座ったままのハマサジに呼び止められる。顔だけそちらに向ければ、何かを言おうとしたサクラを遮ってまで話しかける少女の姿があった。
「――親友、だな」
もう、違うかもしれないけれど。とは言わなかった。今回の決別をサクラには知られたくなかった。
「それじゃあ」
ハマサジは年齢に不釣り合いな真剣そのものの表情で、ユリグルマを一点に見つめる。
「――おじさんが、お父さんのこと、守ってよ」
「――――」
何も言えなかった。
それは今、まさに、守れなかったことだから。
「お父さん、みんなに頼られるから誰も守ってくれないの。お母さんがそう言ってたの。だから、おじさんが守ってよ」
「――――」
英雄はみんなのことを守る。一人はみんなのために。じゃあ、みんなは? みんなは、バンカの支えになろうとしただろうか。
「じゃないとお父さん、一人になっちゃう……!!」
英雄のことを守る者は、どこにもいない。
それに気付いたユリグルマが肯定できずにいたため、ハマサジは泣きそうになりながら捲し立てる。幼いのに、よく見えている子どもだと思った。サクラの友達作りが苦手な一面を見抜いていたこともそうだし、バンカのことも。
ユリグルマは深くため息をついた。頼まれてしまったら、仕方ないよなと思う。
たとえバンカからは絶縁されたとしても。
「――俺は、あいつのことを親友だと思ってる」
「ユリグルマくん……」
「だから、大丈夫だ」
安心させるように笑顔を作った。生まれつき目つきが悪いために、少しぎこちない顔になっただろう。だけどハマサジは笑い返してくれた。
大切なことを忘れていた。バンカも、サカキも、みんな自分勝手なのだ。
ならユリグルマも、自分勝手になって良い。
拒まれたとしても、自分勝手に二人を救おうとしても良い。
「サクラ」
「……私からも、お願い」
「わかってる。ったく、良い子を育てたな」
そう告げたあと、自然と足は司令室へ向けて駆け出していた。あの時バンカはそこから下りてきていたはず。だからおそらくは、なんらかの司令が出ているのだろう。
あれだけ苛立っていたことを思えば、きっと厳しい内容の司令であるに違いない。であれば、ユリグルマがサポートすることもできるはずだ。
バンカを救うために。幼い少女の願いを叶えるために。ユリグルマは走った。
※※※
黒く、巨大な火の玉がゆっくりとこちらへ迫っていた。プロミネンスのように金環日食の縁から光の手を伸ばし、妖怪を掴み上げると、身体と呼んでいいのか黒い玉の内側に引きずり込んだ。
その中はブラックホールにでもなっているのか、引きずり込まれた妖怪は帰ってこなかった。
「空亡……? そんな妖怪、聞いたことがない」
百鬼夜行の文献にもそんな妖怪の姿は見たことがなかった。もっとも、これに出会って無事逃げられた者などいないのかもしれないが。
「空亡、もしくは『くうぼう』と呼ばれるそれは、近代になって機関の本部が解釈した新しい妖怪だ」
「新しい妖怪?」
「そうだ。百鬼夜行絵巻の最後に見られる、夜明けを示した太陽。これはもしかしたら妖怪だったのではないか、とな」
「そんなことが」
聞いたことがなかった。バンカは本部の行う巫術や妖怪の研究に興味を示さなかったため、仕方がないと言えよう。
だがバンカには目の前の存在が、とても妖怪だとは思えなかった。あれは人智の及ぶ存在ではない。まさに災害だ。
「『喰う坊』とは、面白いネーミングだと思わないか?」
「……ふざけてる場合じゃないだろう!? 対処法はないのか!?」
「あることには、ある」
予想に反して断言するサカキ。目を見張るバンカを諭すように、説明し始めた。
「俺の用意した対処法とは――」
妖怪たちは二人には目もくれず通り過ぎて行く。背後に迫る空亡から逃げるために、人間の一人二人に構っている場合ではないのだろう。
サカキの提示した対処法とは、時折肩にぶつかるそんな衝撃も気にならなくなるほどに馬鹿げていた。
「――空亡を、支配することだ」
「――――」
不可能だ。天災を支配することなどできるはずがない。それができるのは、神だけだ。
そんな当然の疑問は想定済みなのだろう。バンカが何も言わずとも、サカキは付け足し始める。
「外に俺の呼んだ仲間達がいると言っただろう。彼ら全員に憑依を行わせ、空亡を分散して使役させる」
そんな憑依の使い方など聞いたことがない。だが本部の研究資料などから知識を得ているサカキの方がその辺りは上手だ。おそらく、『出来る』のだろう。
「加えて俺は、もう一人の『神童』を見つけた。名はアザミ。無限に妖怪を憑依できる子どもだ」
「――――」
頭の中が真っ白になる。このタイミングですべての辻褄が合うとは思わなかった。そしてその事実を知ったところで、今のバンカにはどうしようもない。
ユリグルマは冤罪だった。妖怪を崇める一派を率いている者の正体は、目の前の男だったのだ。
「――君は、最初から」
「…………」
「……僕の、ためなんかじゃなくて」
仕組まれていた。司令を受け、苛立っていたバンカに手を差し伸べたのはこの瞬間のため。
最強の妖怪を我が物にするために、すべてを仕組んでいたのだ。
「――そんなことをして、何の意味があるんだ」
裏切りを受けたバンカの肩は落ちる。ユリグルマは無罪だった。そのことも、深くバンカの心を抉った。
「お前の考えは理想論だと言っただろう」
「……それで、『あれ』を使って独裁を行うということか?」
「話が早いな。つまり、そういうことだ」
サカキの思い描く世界。それは日本が頂点に立ち、自国民の幸せのために他のすべてを犠牲にするというもの。
そして他からすべてを奪うための力というのが空亡だ。
昔から彼はそれが正しいことであるように語り、ユリグルマと衝突していた。バンカもそれが正しいとは思わない。しかし何の犠牲も無しに何かを得ようとするのが理想論に過ぎないということは理解していた。
その結果がこれだ。自分たちは、結局決別するしかなかったのだ。
バンカは深く息を吐く。今自分が考えていることを実行するには、相当の勇気が必要だった。
ハマサジの顔を、そしてサクラの顔を思い浮かべる。それがあの黒い炎の中に引きずり込まれることを想像する。
そうして、バンカは英雄を貫く決心をした。
「……お前は本当に、惜しい巫術師だよ」
「よくそんなことが言えるな」
一歩を踏み出す。空亡に向けて。
英雄のやることはひとつしかなかった。
だがサカキは、そんなバンカの判断すらも想定していた。
「俺が、日本から力を奪いたいわけがないだろう。お前は、この国に必要だ」
「……それで、僕にどうしろと!」
バンカの決意は揺るがない。背後の狂人に空亡を渡さないために、単独で災害に挑む。
そのつもりで歩き出したというのに。
「お前は行くなと言ったところで足を止めない。だから――」
「…………」
「――サクラの元に、刺客を送った」
どうして、自分たちは幸せになれないのだろう。どうして、細やかな幸せすらも許されないのだろうか。
ただ家族が幸せでいてくれたらそれで良いというのに。ただ妻と娘が笑える世界であれば、バンカにとっては充分なのに。
考えるまでもなく、バンカは進んだ分だけ戻ってサカキの胸ぐらを掴み上げていた。
「俺を殺すか? それで状況が好転するのか?」
「――黙れ、黙れ」
バンカにはもう、正解がわからなかった。どうやっても幸せが得られないならば、いっその事すべてを破壊したって構わないと思った。
この世界のすべてを犠牲にすればバンカは幸せになれるだろうか。その時、本気でそう考えた。
「僕に、どうしろって――!!」
「お前は、サクラの元に送られた刺客を倒しに行けば良い。目の前の妖怪から逃げて、家族を守り、そして俺に空亡を支配させれば良いんだ」
「――ふざけるなよ!!」
空亡を支配することが出来るとは思えない。とはいえ、これだけ用意周到なサカキが失敗するとも思わなかった。
どうにかしてこの異界を脱出し、サクラを刺客から守る。これしか道はないというのか。
しかしそこでバンカは、今のサカキの言葉のある部分が気になった。
目の前の妖怪から逃げて。
確かにこの場を離れることは、逃げに当たる。結果的に空亡の力を持つ独裁者が誕生するのだとしたら、その後は手のつけようがない。
そうなった時、バンカの英雄としての評価は死ぬ。そして英雄が死んだ時、すべての巫術師たちが求めるのは――。
――ハマサジが、巫術師となること。
何ということか。サカキはそこまで見ている。この狂人はバンカのすべてを奪うつもりだ。
狂っている。どうして、自分の住んでいる国のためにここまでの非道ができよう。
慟哭したかった。目に映るものすべてを壊してやりたかった。
しかしその時、頭にサクラの姿が浮かんだ。
『――今貴方が守らなくちゃいけないものを、間違えないでね』
「――――」
それは、遊園地に行った時のサクラの言葉だ。バンカが守らなくちゃいけないもの。それはハマサジ。
間違えてはいけない。
間違えては、いけない。
守るものを間違えては、いけない。
間違えない。守るべきは、ハマサジ。
だから、そのためには――。
――バンカは、サカキの胸ぐらから手を離した。そしてしばらく俯いた後、ゆっくりと振り返る。
空亡の方へと。
「…………お前は、本当に英雄だ」
「――僕は、あの子の父親だ。絶対に、どんな手を使っても、あの子を幸せにする」
サカキは信じられないというようにバンカのことを見ている。バンカも同じ感情だ。自分で自分の判断が信じられない。
だってハマサジを巫術師にさせないために、彼女から母親を奪おうというのだから。
馬鹿だ。大馬鹿だ。絶対に後悔する。やめろ。今なら間に合う。そう心がせき立てる。
だけど今空亡から逃げたとしたら、サクラだけは、そんなバンカを許してはくれないと思った。
バンカは自分が守らなくちゃいけないものを間違えない。
そのために、英雄であり続けなくてはならない。
「――ったく、全部一人で背負い込むなよ。馬鹿が」
その瞬間、辺り一面の百鬼夜行が燃え上がった。この強力な範囲攻撃ができる知人は、一人しか知らない。
「ユリグルマ……」
「ったく、おっさんがそんな泣きそうな顔すんなよ。ダセェな」
どうしてここに来たのか、野袴を着たユリグルマは炎を噴射して宙を飛んできた。ここまでくる間に大量の妖怪を倒してきたらしく、服は返り血と煤汚れに塗れていた。
「……僕は君に、酷いことを言った」
「気にすんな。俺だって、お前が当たり前に幸せになろうとすることを疑問に思ってた。今思えば、意味のわからねえ疑問だ」
ユリグルマは自分の襟足に触れ、気まずそうにした。互いの非を詫びる。何歳だろうが、友達同士が仲直りするにはそれで充分だった。
「話は軽く聞こえてたぜ。お前はさっさとあの黒い球を片付けて、サクラを助けにいけ」
「ったく。簡単に言うな、君は」
「それ俺の口癖な?」
言いながらユリグルマは野袴に縫われたポケットからタバコとライターを取り出す。それが彼の武器だった。
「俺はここにいる大量の妖怪と、この馬鹿を片付けるよ」
「君一人でか?」
「一人じゃねえよ」
ユリグルマは火のついていないタバコで百鬼夜行の先頭あたりを指差した。そこでは二人の巫術師が精一杯戦っている姿が見える。エリカと、ボタンだった。
怖気付いていた彼女たちも、手を貸してくれているようだった。
「あいつらがかなり頑張ってる。多少現世に出るだろうが、被害は最小限に抑えられるはずだ」
「そうか……」
「後は、お前をぶっ飛ばすことだが」
ユリグルマはサカキを睨んだ。激怒だ。目の前の悪党を絶対に許さないというような瞳。
しかしそれでも決別の意図はなかった。
こんな男でも、性根まで腐った悪いやつではないのだとユリグルマは知っているのだ。
「勝てるかい?」
自身が放った痛烈な言葉。ユリグルマは巫術でサカキに勝てない。しかしそれは、紛れもない事実だ。
バンカはここでわざわざそれを撤回するつもりはなかった。ただ、それでも差をひっくり返すことが出来るのかと確認しただけだ。
ユリグルマは不敵に笑う。目つきの悪さが、どちらが悪党なのかを曖昧にした。
「――ったく。バンカ、お前は天才だよ。あの黒いやつだって何とかしてくれると、俺は信じてる」
「……ああ」
「それと俺はな、俺自身の才能を否定したつもりはねえぞ?」
「――――」
その自信満々な表情に、バンカも空亡と戦う決心がついた。格上に挑むのは同じだ。ユリグルマが勝てると言うなら、バンカも勝たねばならない。
「貴様がここに来ることは想定外だったが、まぁ、良いだろう。俺が相手をしてやる」
「ったく、言ってろタコ。今に後悔させてやるよ」
ユリグルマはタバコを咥え、火をつけた。
そして一度吸い込み、肺に入れた煙を吐き出しながら、タバコを持つ手をサカキに向ける。
かかってこいとでも言いたげに、手のひらを上に向けて。
「行けよ、英雄」
「負けるなよ、親友」
走り出すバンカ。そちらは見ない。
戦いは既に始まっている。
合図は、いつもと同じだ。
「――憑依」
次の瞬間、両者は術式を発動した。




