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5.罪悪感と意志

 サカキは昔、アスターに言われたことを思い出していた。


「俺、本当は音楽やりたかったんですよ」


「音楽? 貴様、楽器でもやってるのか」


「ギターを少しと、パソコンでトラックメイクしてラップしてるんです」


「なるほど、全くわからん」


 サカキはそういった娯楽に疎い。家族が趣味を持たなかったために、自身もそれを知らずに育ったのだ。


「ならなぜ、その道に進まなかった?」


 サカキのように巫術の他に何も持たない故に、消去法でこの世界へ進むことを選ぶのならわかる。ユリグルマのように家柄上、巫術師となることを強制されたのならそれも理解できる。

 だがアスターの家はそんなこともないと聞いていた。選ぼうと思えば音楽の道へ進むことも許されただろう。

 それでもアスターが巫術師を目指したのは。


「かっけぇって、思ったんです」


「――?」


 アスターは照れ臭そうに帽子の上からパーカーのフードを被った。形だけでも和装に寄せようとしたのか、パーカーの上に着ている羽織の裾が揺れる。


「サカキさん、日本のためにって巫術師やってるじゃないですか。それが、かっけぇなって思ったんですよ」


 サカキは少しだけ目を見張る。

 そんな風に思われているとは考えたこともなかったのだ。


「音楽の道に進むのも良いとは思いますよ? でもそれは、最終的には自分のための生き方じゃないですか」


「それは、そうかもしれないが」


 音楽を始めとする文化が人を救うこともある。被災者支援などで作られた歌は、確かに誰かのためのものなのかもしれない。

 だが突き詰めてしまえば、多くの楽曲は自分のために作られる。自分が歌いたいから歌っているのだ。


「サカキさんはそうじゃないじゃないですか。何かのためにその身を捧げる。そういう生き方を、俺もしたかったんです」


 幼い頃から日本のために尽くせと言われて育った。サカキの家は第二次世界大戦時代の価値観が抜けない家庭で、巫術師となることを強制されはしなかったが、何をするにも根底には『お国の為に』を求められた。現に父は変革のために政界に身を置いている。

 だからサカキ自身も異能の知識を活かせる外交官となるべく、アドバイザーとしての立場で外交に同行する任務を多くこなした。

 その生き方が、こんな形で評価されているとは思わなかったのだ。


「見直した、って顔ですね」


「ああ、そうだな。意外に思った。貴様はもっと、何も考えてないチャランポランだと思っていたからな」


「正直すぎませんかねぇ!?」


「ただ、まぁ――」


 サカキは珍しく、柔和に微笑んだ。自分が厳しい上司だと陰で囁かれていることは自覚している。その上で方針を変えない彼にしては、本当に珍しく。


「――良い部下を持ったと、そう思うよ」


 アスターの墓標に、サカキは国の変革を誓った。

 あの時彼が一緒に戦ってくれたから、アザミという少女に出会うことができたのだ。

 だからサカキは絶対に、アザミを国の戦力として完成させなくてはならなかった。

 中央支部の廊下。隣を歩くバンカの表情を見る。バンカも身長が低いわけではないが、サカキが高身長なため必然的に見下ろす形になった。

 ゆえに隣を歩いていても、こちらの表情はバンカからは見えない。

 初めて自分の身長をありがたく思った。おかげで、自分の目的のためにバンカを利用しようとしている後ろめたさがバレずに済む。


「何かを決意したような顔をしているな」


「決意? ああ、そうとも言えるかもしれない」


 こちらから話題を振ると、バンカは表情を崩すことなくそう言った。だが視線はこちらを向かない。向けるべき相手はここにはいないとでも言うように。


「今までの僕は物語のヒーローでも真似るように、誰彼構わず救ってきた。あと一歩で世界の危機だというような状況でも、果敢に戦ってきた」


「お前は最強の巫術師だ、当然だろう。お前が勝てない妖怪には誰も勝てない」


「……そうだね。国の巫術師になった以上、それが僕の責務だ。今更それをやめたいなどとは言わないし、思わない」


 そこでバンカが足を止める。突然のことだったのでサカキは少し先に進んでしまい、振り返った。

 この会話の中で初めて視線が交錯する。

 互いの視線はそれぞれ乖離した決意を秘めており、永遠にわかり合えないことを知った。


「どんな妖怪が現れようが、僕がみんなを守ってやる。代わりに僕の娘には戦わせない。絶対に、だ」


「――何を言うかと思えば」


 父親として至極真っ当な、当たり前のこと。とても美しく、讃えられるべき見事な決意だ。

 だがサカキの思想とは相容れない。

 国のために生き、国のために尽くし、国のために死ぬ。この場所に生まれたというのに、どうしてこの場所のために生きられない。


「すべての国民を守ってやる(・・・・・)、か」


「何がおかしい」


「守ってやるなんて言ってるうちは何も守れないという話だ。自惚れるなよ、最強の巫術師」


 バンカは強い。サカキよりも、他のどんな巫術師よりも強いだろう。

 だがそれがすべての妖怪に勝てるということを意味するわけではない。


「お前は司令に特務を出されたな?」


「――――」


 わかりやすく目を逸らすバンカ。やはり推測は当たっていた。おそらくは、その時の司令官とのやりとりが原因でここまで苛立っているのだろう。


「ユリグルマを怪しんでいたことから察するに、それは単独任務だろう?」


「次々と当ててくるなよ、名探偵」


「なに、お前がわかりやすいというだけのことだ」


 司令官のやりそうなことだ。カムヅミは過去に何があったのか、誰のことも信頼していない節がある。

 今回サカキが行った妖怪を信仰するよう煽る動きも、彼女に察知されたことには気付いていた。だが彼女はまだ、具体的に誰が妖怪の力を信ずるのかまではわかっていないのだろう。

 だから明らかに強い妖怪に対してはバンカ一人を差し向ける判断をした。万が一にでも、その力が妖怪を信仰する者に奪われないように。

 しかしカムヅミはひとつだけ、重要な判断ミスをした。


「俺が手を貸してやろう」


「……なんだと?」


「そんなにおかしいか? 国のために尽くしてきた俺が、国家を脅かす妖怪の退治に協力しようと言うのが」


 懐疑的な視線を跳ね除けるように、塗り固めた嘘で納得させようとする。

 カムヅミのミスとはこれだ。おおかたバンカが強力な妖怪を倒して最強であることを示せば、ハマサジを持ち上げる動きも、妖怪から力を得ようとする運動も収まるなどと発破をかけたのだろう。それが間違いなのだ。

 カムヅミは素直に、妖怪の力を奪われたくないから一人で戦ってくれと頼むべきだった。

 それをしなかったために今のバンカは、疑いとメリットを天秤にかけメリットが勝ってしまえばそちらを選んでしまう。


「良いか。お前が死んでしまえば、それこそ国力の大きな損失だ。そんなことを俺が見過ごせるはずがないだろう」


「…………」


 顎に手を当て思案する立派な父親に、サカキは止めの一撃を刺し込む。



「――妻と娘のために、まだお前は死ねないはずだ」



「――――」


 それは一人の父親を、家族を守る立場の人間を落とすには絶対の切り札だった。

 少なくともバンカはそんな風に言われてしまえば頼らざるを得ない。

 それに彼には自身が最強だという驕りがある。カムヅミとのやり取りでそれがさらに強まっていることも幸いした。

 もしもサカキが妖怪の力を奪おうとするようなことがあれば、自分なら確実にそれを止められると思い込んでいる。

 だからバンカは首を縦に振る。大切な家族の元へ確実に帰るためには仲間が必要不可欠だから。

 それが同期で実力もあり、国のために尽くそうとするサカキであればなおさらに手を取りやすいから。


「――すまない。恩に着る」


「気にすることはない」


 サカキは会話を打ち切ると、振り返って歩き出した。必然的にバンカとは別れる形になる。目を伏せたまま、本当にありがたがるように嘆息する彼の姿を最後に、見るのをやめた。

 これ以上、この場にいてはいけないと思ったのだ。


「……俺も、一人の人間か」


 バンカが見えなくなるくらいに離れてから、廊下に点在するベンチに腰掛けた。病院にあるような長イスだ。

 そこで天井を仰ぎ見、左手で両眼を覆う。

 危なかった。もう少し長く会話していたら、確実にボロが出ていただろう。


「我ながら、苦しい言い訳だった」


 苦笑いする。今回は苛立ちと理不尽に追い詰められていたバンカが相手だったからなんとか自分が妖怪信仰の先導者であることを隠すことができた。

 だがもう少し長く話していたら、騙しているという罪悪感は露見していただろう。そして協力は拒まれていたはずだ。

 だがそうはならなかった。


「許せ、バンカ。俺は日本のために、お前を利用する」


 狂っていると、そう言われるだろう。それでもきっと、これは誰かがやらなくてはならないことだ。少なくともサカキはそう信じている。

 ため息をついた後、イヤホンをした。ワイヤレスのもので、着けてボタンを押せば外す前に聞いていた曲が流れるように設定されている。

 そうして流れたのは、下手くそなラップだった。雑なビートに乗せられて練度の低い韻が踏まれたバースが流れる。伝えたいことはめちゃくちゃで、ところどころ何を言っているのか聞き取れない瞬間もある。

 だけどサカキはこのラップが嫌いではなかった。

 今は亡き部下に押し付けられたCD。自分で作ったんですと胸を張る割には、まだまだ売れるには遠い実力を感じさせた。

 だけどその楽曲にはサカキを動かす力がある。たとえこれがサカキのために作られた歌でなくとも、これを作った人間に託された意志がサカキの足を止めない。


「アスター。俺はお前の死を、無駄にはしない」


 かっこいいと言われた。そうしてサカキに憧れていた姿が、脳裏から消えてくれない。

 だからサカキは止まれない。国のために、アスターの死を無駄にしないために、更なる力を求める。

 ベンチから立ち、中央支部を出る。駐車場から車に乗って向かうのは、他の誰も知らない郊外の別荘だった。

 借りたことすら誰にも明かさずに今日まで隠してきたのには理由がある。それはアザミをこの場所に匿っているからだった。

 車でしか来れないような山中の別荘に入り、倉庫として利用する部屋の床に取り付けられたハッチから地下室へ下りる。

 そこに、妖怪に愛される少女を収容していた。


「アザミ、やはり貴様の言う通りだった」


「うん。でしょ?」


 アザミは檻の中で、自身が纏う禍々しいモヤを撫でていた。それが妖怪の魂を具現化させたものなのだろう。


「最強の妖怪はすでに来ているようだ。異界が観測された」


「わたし、たくさんの妖怪、与えられたから」


「……そうだな。俺が救ってきた(・・・・・)妖怪を貴様に与えた。それに反応して最強の妖怪とやらは来ると、そういう話だったな」


 アザミはまだ教養もなければ価値観も一般人と大きく異なる、不安定な少女だった。人よりも妖怪を大切にし、家族のように想っている。

 だから巫術師を憎悪しており、サカキは彼女からの信用を得るため、任務で討伐した妖怪はすべて支配トランスして彼女に与えてきた。

 そうすることで自然とアザミ自身に力が集まり、強大になってしまったのだ。

 少しずつ打ち解け始めた頃、アザミは自分の存在につられて最強の妖怪が攻めてくるとこぼした。


「空亡さん、とにかく力、欲しがる」


「多くの妖怪を使役する貴様は、肥えた餌というわけだな」


「コエタ?」


「美味そうって意味だ」


「そっか」


 檻越しに背中を合わせ、不器用な会話を続ける。ここまで打ち解けるのにもかなりの時間が必要だった。

 これから最強の妖怪を与え、力を手に入れたアザミを制御するためには更なる信頼が必要になる。


「貴様は妖怪すら食ってしまうような妖怪でさえ、救いたいんだな?」


「……うん、妖怪さん、みんないい子。話したら、わかってもらえる」


「そうか」


 対話など、できるわけがない。サカキや、他のすべての巫術師がそう思うことだろう。

 だが事実として、アザミは妖怪と対話しその力を自分のものにしていた。

 だから彼女には可能なはずだ。

 すべての妖怪を手中に収め、世界最強の兵器となることが。

 ゆえにサカキは、檻越しに合わせた背中から伝わる微々たる体温に賭けるのだ。

 亡くした部下に、託された意志を。

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