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1.天才と神童

 天才だと言われることが多かった。

 勉強はそこそこ、スポーツも苦手ではないが、バンカが授かったのはそれらに対する才ではない。

 実家が特別な仕事を生業にしていて、それについて天賦の才を授かったのだ。


 地に伏せるようにして掌を開き、指先をぐっと押し付ける。瞳を閉じて、息をゆっくりと吐きながら合わせて力も抜く。

 そうやって呟くのは、対話のための挨拶だった。


「――憑依トランス


 呟きながら大地そのものと呼応し、そこに宿る魂との会話を試みた。

 人に意識という魂が宿るように、万物には魂が宿る。それは人だけが特別に得る物ではなく、すべてのものに与えられるのだ。

 そしてバンカはそれら万物の意識、精霊と呼ばれるものを自分に宿して、対話することができる。


「力を、貸してくれるかい?」


『良いだろう、ニンゲン』


 それを合図に目を開き、敵の存在を捉える。敵はいわゆる地縛霊というやつだった。どこにでもいる、ごく普通の『妖怪』だ。

 地縛霊は仕事に疲れたサラリーマンの容貌をしていて、おそらくはこの線路内でその命を絶ったのだろうと思う。

 それ自体は不憫だ。理不尽な社会の圧力に屈し、自ら命を絶つしかなかったのだから。


「けど、人を傷つけるようになってはいけない」


 バンカはすでにその日の営業を終了した駅のホームで、霊との戦闘に臨む。

 霊は浮遊し、両手を広げた。すると背後には紫色をしたモヤのようなものが集まり始め、少しずつ電車を形作る。


「なるほど。自分と同じように、僕のことも轢き殺すつもりか」


 霊がバンカの方を指差す。その指示は背後の電車を動かし、鉄の塊を模したものはミサイルのようにこちらへ飛んできた。

 だがバンカは大地の精霊と対話し、巫術と呼ばれる奇跡を引き起こす。


「地の巫術、『重絶じゅうぜつ』」


 それは自身にかかる重力を制御し、人並外れた身体能力を手にする異能。大地の精霊と対話することで地上に縛りつける力を緩和しているのだ。

 そうしてただ軽く地面を蹴るだけで電車を飛び越え、弾丸のように迫る鉄の塊を避ける。

 自慢の攻撃を避けられたことに憤る霊を見下ろしながら、バンカは次なる対話を試みた。


「風の精霊」


『しっかたないなぁ〜』


 地上を離れれば大地の精霊の力は届かない。だから空中では空気の力を借りるのだ。


「風の巫術、『空風波くうふうは』」


 それは極小の筒を通り抜けるように放つ点の突風。自然現象ではあり得ない一点に集中する空気の塊は、銃弾と変わらぬ威力で霊の身体を貫いた。

 後ろへ倒れながら苦しそうな声を上げるサラリーマンの元へ降り、バンカは囁く。


「君はこれ以上、苦しまなくて良いんだ」


 新たな精霊と対話する。相手は線路に広がったレール、すなわち金属であった。

 金属を媒介し、呼び出す精霊は鉄の精霊ではない。それは刃の精霊。こんな芸当は、バンカほどの才覚でなければなし得ない技であった。


「斬の巫術、『介錯かいしゃく』」


 手刀を振り下ろす。そこに全てを切断する刃の気を纏わせて、霊と現世との繋がりを絶った。

 これでこの地縛霊は成仏できるはずだ。死してなお、この世界に閉じ込められる必要などないのだから。

 これがバンカたち『巫術師』の生業。地縛霊を始めとする悪い妖怪たちを退治する仕事だった。



 ホームのイスに座っていると、見知った人間に名前を呼ばれた。顔を上げれば、そこには目つきの悪い同期が立っていた。


「ユリグルマか。遅かったね」


「お前が早すぎるんだ、ったくよ」


 ユリグルマはため息をつきながらバンカの隣に腰掛け、何の躊躇いもなく煙草に火をつけた。同じ仕事をする仲ではあるが、非喫煙者からすればひと声かけて欲しいものだ。


「天才だな、お前は」


「よく言われる」


 否定しないバンカの態度に苦笑しながら、ユリグルマは人のいない方へ煙を吐いた。

 眼下のホームにはユリグルマと共に処理班が現れ、この場に残る精霊や妖怪の痕跡を消すための作業を開始している。

 それをぼうっと眺めながら、ぽつりとユリグルマはこぼした。


「お前より強い巫術師は、少なくとも公務員として国に登録される中にはいねえな」


「光栄だね。公務員っていうのは、やっぱり慣れない言われ方だけど」


 巫術師は公務員だ。巫術という技術を秘匿しながら妖怪という化け物を排除する国の職員。これは日本という国が今のようにまとまる以前からずっと続いてきた伝統なのだ。

 とはいえ、ほとんどの人間が妖怪なる存在を認知しない以上、国の偉い人間たちも巫術師たちに金を供給する必要性に疑問を隠しきれていない。


「それでも俺たちは、働くしかないってか。ったくよ」


「すべての人が妖怪と出会わない国にする。それは、立派な仕事じゃないか」


「まぁな。だがここ数年、巫術師の質は落ちてる。お前も気付いてはいるだろ?」


 ユリグルマの指摘にバンカは黙る。それは事実だった。

 巫術は秘匿されし技術である。その特性上、スポーツのように色々な人が触れることのできる土壌を持たない。ゆえに世襲するように辛うじて巫術師の質を保ってきた業界であったわけだが、近年はその質も低下傾向にあった。

 その理由は。


「巫術師になりたがらねえやつが増えた」


「そうだね。当たり前ではあるけど」


 誰も『妖怪』などという正体不明な化け物と日夜命をかけて戦う仕事に就きたいとは思わない。妖怪が発生したらそれが人目につくよりも早く処理しなければならない都合上、まともな休みなんてものはないのだ。

 それはある意味で、国を守るための機械だ。

 だから今までは生まれた時点で親が巫術師だったなら子も巫術師にならなければならないと決められていた。

 しかし時代は変わり、近年では本人の意思が尊重されるようになり始めた。やりたくないことはやらなくて良い。そういう考えが広まったことで優秀な人間も巫術の世界から流れていったのだ。


「……お前が死んだら、どうすんだ」


 聞きづらそうにユリグルマは訊ねた。ここ最近、彼は何かソワソワしていることが多かった。それはこの質問がしたかったからなのだろう。

 バンカが死んだ後の世界。考えたことがないわけではない。最も強い巫術師を失った日本がどのようにして妖怪に対応していくのか、そして崩れていくのかを考えないわけではなかった。


「大丈夫だ、とは言えないな」


「…………」


「けれど、ユリグルマやサカキみたいに僕の他にも優れた巫術師はたくさんいる。例え僕が今死んだとしても、それで一気に形勢が傾く日本じゃないよ」


 ユリグルマは火の巫術師の頂点に立つ男だ。幼い頃から火の精霊と触れ合って育ち、今では火の巫術において彼の右に出る巫術師はいない。

 サカキという男は対話した精霊を『従える』という技術に長けている。対話が成功した精霊からは高水準の力を引き出せるため、広く浅く精霊を使いこなすバンカとは対極の巫術師だ。

 二人はバンカと並んで語られる強者。彼らがいる以上、現状は大丈夫だと言える。

 しかし未来はどうか。これからはどうなのか。その問いには、簡単には答えられなかった。


「――お前の娘。ハマサジっつったか? あの子はどうなんだ」


 ユリグルマは片目を瞑り、一度煙草を口から離して聞いた。彼が煙草を吸っている最中に口元からそれを話すときは、煙を吐く時か真剣に話をする時だけ。普段は煙草を咥えながら喋る。

 つまり今のユリグルマは、真剣にそのことを聞いているのだ。


「聞いたぞ、お前の娘の話。お前以上の才能があるとか何とか。鍛えたら、きっと次世代を担う巫術師になるだろう」


 実の娘を巫術師の世界に入れるという選択。きっとバンカの父や、世襲にうるさい他の家系は当たり前だと言うのだろう。

 特にユリグルマの家はそういう家系だったはずだ。彼は親に言われ、強制されてこの世界に入ってきた。だから目つきの悪さやベビースモーカーは、きっとささやかな反抗の表れなのだろうとバンカは考えている。


「……僕の娘は、ハマサジは『神域』と繋がることができる。太古の、それこそ卑弥呼の時代に遡らなければそんな巫術師はいなかっただろう」


「――な」


 巫術師は精霊を自分の身体という器に憑依させることで巫術を扱う。それは巫術師たちが精霊と繋がることができるからだった。

 だがどんな巫術師にも『神』と繋がることはできない。

 大いなる存在と繋がる力を持つ巫術師は、少なくともバンカの知る範囲にはいないのだ。


「神だと? そんな力がありゃ、次世代は安泰じゃねえか!」


 精霊を国民だと例えるならば、神は国を統べる存在である。それくらいに借りることのできる力には差があるのだ。

 仮にハマサジが巫術師として育ったなら、かつて類を見ない凄まじい力を持つ巫術師となろう。

 ――だが。

 安心しているユリグルマから目を逸らし、地面に視線を落としながらバンカは鋭く呟いた。


「――ハマサジを、巫術師にはしない」


 バンカが後天的に才能を認められた天才であるなら、ハマサジは生まれながらにその才覚を認められた神童だ。大いなる存在とも対話できるその素質を見せた時点で、まだ六歳の少女はすでに多方面から持て囃されている。

 たくさんの人がこの子は良い巫術師になるだろうと言った。それはバンカも思う。この子は素晴らしい巫術師になれるだろう。

 そして昼夜問わず妖怪と戦う日々に明け暮れ、現代らしい青春も謳歌できず、どこかで敗北して命を落とすのだ。巫術師の道を歩ませたなら、そういう機械のような人生を送ることになるのだ。

 バンカはそんな人生を、自分の娘にだけは与えない。

 他人の子にとやかく言うつもりはない。無理に巫術師を目指させようとするなとは言わない。だが、自分の子どもだけは別だった。

 次世代。これから。日本の未来。そんなこと、知ったことではない。

 娘が幸せに生きて死ぬ。そうなるように最善を尽くすとしたら、巫術師にしないことがまず必要なのだ。


「君も、他の誰も、僕の選択を良しとはしないだろう。けれど僕は、ハマサジの父親だ」


 そこで、バンカは同期と目を合わせた。

 ユリグルマは怒りも、悲しみもしていない。幻滅したという様子もなかった。そんな彼だから、胸中を打ち明けることができたのだ。


「ったく。お前も一丁前に父親か」


「そうさ。子どもを持てば、君も変わるんじゃないかな」


「それにはまずパートナーがいるな」


 苦笑しながら、ユリグルマは髪の襟足を掻きむしる。そうした後、煙草の火を消して携帯灰皿にしまった。


「悪かったな、変なこと言って」


 ユリグルマは先に立ち上がると、こちらを見ることなく謝罪した。それは見当違いだった。謝るのは、バンカの方であるはずなのだ。


「言ったからには、大切にするんだぜ。ったくよ」


 だがバンカが言葉を返す隙も見せず、ユリグルマは言うだけ言って去っていった。その背中を見ながら、気を遣ってくれたことに感謝する。

 彼は本気で巫術師という職業の未来を案じているのだ。その力になれないことを歯痒く思う。だけど、それ以上に大切なものは確かにあるのだ。


「僕は、あの子を幸せにする」


 天才だと言われることが多かった。

 巫術の才を授かり、あらゆる精霊と対話することができるバンカは現代最強の巫術師だと呼ばれることが多かった。

 そして天才は一人いれば良い。

 一人いれば、この狭い世界にとっては充分なのだ。

 だからバンカは神童を眠らせる。彼女の幸せを願うが故に。

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