第5話「喜」
「じゃあ、私、また会いに行っても良いの?」
ひまりは仮面くんを見つめながら、恐る恐る聞いてみた。仮面くんはその問いにしっかりと頷いてみせた後、ふっと笑いを漏らした。
それは、ひまりがやっと見ることができた、真正面からの仮面くんの笑顔。
初めて見せてくれた、「喜」の感情の顔だった。
太陽の光がきらきらと屋上を照らす。
「……待ってるから」
そう言った仮面くんの声はとても温かくて、ひまりもへにゃりと笑ってしまう。仮面くんはそんなひまりを優しい目で見つめ、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
仮面くんが、笑ってくれた。仮面くんの『喜怒哀楽』を、全てこの目で見ることができた。
ひまりと仮面くんの『喜怒哀楽』を巡る勝負は、こうして幕を閉じたのだった。
次の日の朝。
ひまりの席の前に、舞ちゃんがやって来た。
「おはよう、ひまりちゃん。昨日、どうだった?」
「昨日って?」
「亀井くんと話をしたんでしょ? 仲直り、できた?」
ひまりがきょとんとしていると、舞ちゃんの後ろから黒田くんが顔を出した。
「最近ひまりちゃんが来ないって、亀井が悩んでるみたいだったから。俺も舞も心配してたんだよ」
「え? そうなの? 舞ちゃんも心配してくれてたの?」
「もちろんだよー」
昨日わざわざ屋上で話ができるように、舞ちゃんと黒田くんが裏で動いてくれていたらしい。黒田くんが仮面くんを屋上で待機するように誘導し、舞ちゃんがひまりにメッセージを送って伝えてくれたのだ。
「ひまりちゃんは仮面くんを困らせてるって言ってたけど。私はそんなことないんじゃないかなって思ったんだよね。このまま二人が、また赤の他人になるのを見るのは、なんか、私も辛くて」
「……そうだったんだ。ありがとう、舞ちゃん」
ひまりは舞ちゃんの手をぎゅっと握って、笑った。
「大丈夫。私ね、ちゃんと仮面くんと仲直りできたから。それにね、笑顔だって見ることができたんだよ!」
「そっか。良かった、良かったね」
「うん!」
にこにこ笑って話す二人を、黒田くんは穏やかな顔で見つめていた。そして、ふと教室の入り口に目を遣って、目を丸くする。
「舞、ひまりちゃん。二人とも、あれ」
「ん?」
「あ」
ひまりの教室に、仮面くんが顔を覗かせていた。いつもひまりが隣の教室へ行っていたので、こんなことは初めてである。ひまりは嬉しくなって、仮面くんの元へと急いで駆け寄った。
「どうしたの、仮面くん!」
「あ、いや、その……おはよう」
「うん、おはよう! 来てくれて嬉しい! 初めてだよね、来てくれたの!」
「……まあ、そうだな」
仮面くんはしばらく目線をうろうろさせた後、いつも通りの無表情で、ひまりの耳に小声で囁いてくる。
「今日の放課後、また屋上で会える?」
掠れたようなその声に、胸がどきんと高鳴る。ひまりは頬に熱を感じながら、慌てて頷いた。
「うん! 私、仮面くんと話すの楽しくて大好きだから、嬉しい!」
にこにこと笑うひまりに、仮面くんは短い息を漏らした。一瞬笑ったのかと思ったけれど、やっぱり彼は無表情だった。どうやらそんなに笑顔を頻繁に見せてくれるわけではないらしい。
レア度の高い笑顔。もっともっと見られるように、ひまりは改めて頑張ろうと決意したのだった。
そして、放課後。
昨日と同じように、フェンスにもたれ掛かるようにして仮面くんが立っていた。
「仮面くん、お待たせ!」
「あ、うん」
ひまりが仮面くんの傍に寄ると、仮面くんは少しぎこちない動きをした。
表情は相変わらずの無表情なので、何を考えているのかはよく分からない。
「どうしたの? 何かあったの?」
小首を傾げるひまりを仮面くんはじっと見つめてくる。無表情で見つめられるのは普通なら結構恐い気がするけれど、ひまりは全く恐くなかった。
むしろ、なんだか嬉しくて、どきどきしてしまう。
仮面くんは小さく咳払いをして、口を開く。
「昨日、言いそびれてたんだけどさ」
「うん?」
「俺、俺は……」
ふわりと風が仮面くんの前髪を押し上げる。眼鏡の向こうの綺麗な瞳と目が合った。
「俺は、きみのことが……好きだよ」
仮面くんの瞳に、光が揺らめく。
一瞬にして、世界全体がきらめいたように見えて、鼓動がおかしくなる。
ひまりの顔に、一気に熱がのぼった。ぼんっと音がしそうな勢いで。
「……え! ええっ?」
「俺と、付き合ってほしい。……返事はすぐじゃなくても良いから。だから、少しは俺のこと、考えて」
そう言う仮面くんはやっぱり無表情。無表情の告白である。
これも普通なら結構恐い気がするけど。
――ひまりは、嬉しかった。とっても、とっても、嬉しかったのだ。
「あの、あの! 返事、すぐにしたら駄目? 今言いたい! すごく言いたい!」
ぴょんと跳ねて、勢いよく手を上げたひまりに、仮面くんはゆっくりと頷いた。
「……どうぞ」
「あのね! 私も仮面くんのこと好き! たぶん仮面くんよりも私の方が、いっぱいいっぱい好きだと思うの! だって、私、仮面くんと出逢ってから、ずっと仮面くんのことばっかり考えてるもん! これからもきっと、ずっと、仮面くんのことばっかり考えてそうな気がするもん!」
仮面くんは一瞬、ぴたりとその動きを止めた。そして、じわじわと頬を赤く染めていく。
そして、誰にも見せたことのないくらいの、最高の笑顔をひまりに見せてくれた。
「ありがとう、ひまり」
青く澄み渡った空。滑るように横切っていく、白い鳥の影。
輝くような夏の気配は、もう、すぐそこまで来ていた。
ひまりと仮面くんの勝負は、「笑顔を引き出す」ことができたひまりの勝ちのように思われたけれど。
レア度の高い仮面くんの笑顔とはじめての名前呼びに、ひまりは「負けた」と悶えることになったのだった。
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