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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

供養塔

隠れヒロインでなくて結構ですっ!

作者: 鶯埜 餡

 朝日が差し込む部屋の中。

 ベッドから起き上がり、くぅと、背伸びしたのは、錆びたような赤い髪に深い緑色の瞳を持つ私。


 いまだに見慣れない自分の姿を見て、ため息をついた。

『お嬢様、起きていらっしゃいますか?』

 私が起きて、眠気が完全に吹き飛んだのを見計らったかのように、外から声がかかった。


「起きているわよ。遅いじゃないの」

 少し高飛車に、不機嫌そうに返事した。


 私の声に、では、失礼します、と言って、部屋の中に入って来たのは、少し年配の侍女、ヴィクトリア。きっちりとしたお仕着せ服を着て、髪を動きやすいように結っていた。


「おはようございます、お嬢様」

 彼女はまだベッドにいる私の傍にやってきて、頭を下げた。

「ええ、おはよう」

 私はヴィクトリアに挨拶を返した。



 さぁ、この儀式が終わった後は、いつも通りのお着換えタイム☆





 ヴィクトリアに着替えさせてもらいながら、記憶がよみがえった日の事を思い返した。


 それが起こったのは、ある日の昼食の真っ最中。

 しかも、間の悪いことに、攻略対象たち(・・・・・・)と一緒だったんだよ。


 うん。

 気づいた時、思わず、飲んでいた紅茶を吹き出してしまった。



 『あんな言葉』や『こんな言葉』を囁かれたキャラクターが私の目の前にいるんだよ?


 そのゲームにのめり込んでいた私だけれど、現実とゲームじゃ大違い。

 現実で囁かれて、真顔でいられるとはこれっぽっちもおもっていないさ。むしろ、なんかむず痒くなって逃げだしそう。



 ま、私が転生したのはヒロインじゃなくて、ヒロインと攻略対象の仲を妨害するヒール役の一人、ジェーン・マーヒッド公爵令嬢だから、そんな心配はないと思うんだけれどね。

 それを彼らとの会話で気づいた時の私は、よっしゃぁと心の中で叫んだものだよ。

 だって、ヒロインに転生して、うっかりそれに気づかずに攻略対象に近づいて行ったら、後々は(以下略)。


 そんなことを考えていたら、彼らに一瞬、不審な目を向けられちゃったよ。

 でも、正直に言えるはずもないから、彼らに言い訳するのが苦しかったねぇ。


 その代わり、やらなければならないことは決まった。その時はまだヒロインの姿は確認できなかったけれど、いつかは『その時』が訪れる。『その時』がいつ来てもいいように、私は自分の食い扶持くらいは稼いでおかなければならない。


 そう思って、今はある目標に向かって動いている。そして、あと少しで、それが達成できる。





 ちょうど、そこまで考えた時、

「さあ、お嬢様。これでいかがでしょう?」

 と声を掛けられ、現実に引き戻された。



 仕上がりを確認するために、鏡の前で一周する私。


「ねぇ、ヴィクトリア」


 今日は出かける予定があるから、TPOに見合ったドレスに、髪型も抜群だ。一糸乱れもない、とはまさにこのことだろう。

 この侍女の仕上げ具合は完璧だ。だが、私はこう言い放った。

「――――足りないものあるのではなくて?」

 すると、ヴィクトリアは私の言葉を予期していたかのように、ジュエリーボックスからあるものを出した。

「これですね、お嬢様」


 そう言って、さっと私の胸元にそれをつけてくれた。銀製のブローチは、高価な鉱石とは違ってシンプルなつくりだが、こってこての髪色と瞳の色の私にはちょうどいい。


「ええ、そうよ」


 鏡の中の私を見て、ヴィクトリアのチョイスはやはり素晴らしいと思ってしまった。毎日のことだが、彼女のセンスは抜群だと思う。



 それから朝食へ向かった私は、道中ですれ違った執事のジョージから書類の束を手渡された。

「なかなかお嬢様も才能がありますね」

 おじいさまの代から我が家に仕えているというジョージから褒められるのは、心底嬉しい。思わず、ガッツポーズを作ってしまいそうになるが、そこは自重。


 一応、私だってやればできる子(YDK)なのだ。前世で培ったドレスの知識とマーケティングの方法を知っていたからこそ、こうやって活かすことができている。


 もちろん、協力者である使用人たち、そして広告塔になってくれている両親がいなければ、事業は成り立たない。

 私の食い扶持を稼ぎだとか言っていたけれど、両親もかなり乗り気だ。

 ありがてぇ。




「おはよう、お母様」


 食堂へ入ると、既に母がいた。服装からするに、どうやら母も今日は外へ行くようだ。しかも、私が立ち上げたメーカーのものだ。ということは、宣伝をしてくれるに違いない。

 一人で内心、ほくほくしていると、きりっとした視線でこちらを見つめられた。


「何か変でしょうか?」


 ヴィクトリアのコーディネート技術は母も認めるところだ。今日に限ってまさか、と思ったが、口元をナフキンで拭い、いいえ、と返された。



「ジェーン、今日は何の日だったか覚えているわよね?」



 母親の問いに、ふむ、と口元に手を当てて考え込んだ。

 午前中は国内だけでなく、国外でも販売できるようにするために、外国製品の研究をしに行こうとしていたし、午後は昼食を兼ねて、生地の製造会社との打ち合わせに行く予定だった――――はず。


「どうやら覚えていなさそうね」

 私の答えに呆れ顔で言う母親。


 うむ。本当に何があったっけ? 記憶の片隅にも残っていない、ということは相当些末な出来事――――



「隣国から王太子殿下がいらっしゃるから、そのお相手をする予定だったよね?」



 ――――じゃなかった。

 っていうか、嘘でしょ。そんな予定、私の予定メモに一切ないんですけれど。


 背後からお嬢様、とジョージから声を掛けられた。ゆったりと振り向いた私の顔はまるでお化けのようだったに違いない。


「ヴェルーメン商会には既に後日、伺えるよう手配しておりますし、ミング家にはわたくしとヴィクトリアで行ってまいります」


 だが、ジョージはそんな私の顔を気にも留めず、淡々と説明した。

 うん? 『既に手配していた』?


「あら、あなたのいる場所でしっかりと話したのに、全然聞いていなかったのねぇ」

 母は再び、呆れたように言う。


 ううむ。完全に私の失態だ。


「とにもかくにも、朝ご飯を早く食べて、すぐに出かけなさい」

 母親の叱咤に私ははぁいと、気の抜けた返事をして、ご飯を食べた。


 朝食後、別の侍女を連れて馬車に乗り込み、王宮へ向かった。




「お待たせしました」

 王宮の玄関で名乗ると、武官に先導されある部屋まで来た私は、そう声を掛けて、中に入った。


 そこには見覚えのある男性が二人いた。


 片方は茶髪・紺眼の我が国の王太子殿下、ジョン王子。

 言わずもがな攻略対象の一人。

 性格は真面目で――――まあ、悪くはないだろう。


 そして金髪碧眼のもう一人は彼とジョン王子と背の高さが同じくらいの美青年――――だが、残念なことに名前は知らない。

 例のゲーム内ではモブキャラの一人だったはずだが、攻略できなかった、と記憶している。



「いや、ちょうどこちらも体裁が整ったところだ」

 そう言ったのは、ジョン王子。

 どうやら二人は何らかの打ち合わせをしていたようだった。


「そうでしたか。ところで、客人はまだご到着されていないので?」

 私は頷き、神妙に返すと、目の前の二人は固まった。


 ?

 何か悪い事でも言ったかしら?

 少しだけ首を傾げると、二人とも大爆笑していた。


「いや、俺の顔を知らんとはな」

 金髪碧眼男はそう言った。


「ジョン、悪いが、この女を借りてもいいか?」

 殿下の返事を待たずに、歩き出す男。後ろを振り返ると、にっこりと笑って手を振る殿下。


 ちょ、何、爽やかに『フランソワ、まだ婚約前なんだから、手加減して上げてね』なんて言っているんですか!?

 一応、私、正体不明の男に拉致されかけているんですけれど、止めてくださいよ――――!


 私の焦燥に構わず、歩き続け、どこからの部屋に入った金髪碧眼男。私を中央に置かれた椅子に座らせると、自身も椅子に座る。


「単刀直入に言う。お前、前世の記憶持っているだろ?」


 男は私の目をしっかりと見てそう言う。思わず、へ? という間抜けな声が出てしまった。




「公爵令嬢ジェーン。『グレン・モア』シリーズでは究極の悪女として描かれ、どの作品でも末路は火あぶり・絞首刑・凌辱をはじめとした凄惨な――――」




 目の前の金髪男の言葉に思わず、彼の口をふさいでしまった私。

 確かに、その男の言う通りだ。

 ゲーム通りに進んでいったら、間違いなく凄惨な末路を辿ることになる。


「そんな状態にはなりたくない。だから、お前はここまでやって来たんだろう?」

 私が手をどけると、男は目を細めて私に言う。その言葉に、私は頷いた。

「もう、お前も気付いているとは思うが、俺も前世持ちだ。しかも、お前と同じ世界の、な」

 ついでとばかりに彼自身の事情も教えてくれた。


「ということで、俺とお前、協定を結ばないか?」

 だが、最後に彼が言った言葉は理解不能だった。彼はため息をつきながら、説明してくれた。


「なぁに、単純な話だ。お前は外国でもお前の立ち上げたブランドを捌きたい。俺はこの国での人脈を作りたい。その双方が合致しただけだ」


 彼の説明は私を納得させるのに、十分だった。

「分かったわ」

 そう頷くと、目の前の男はギラリと目を光らせた。

 その様子に私の背中には冷や汗が流れたが、遅かった。再び素早く彼は私の手をつかむと、元来た道を使って、先ほどの部屋に戻った。早かったねぇ、と暢気にジョン殿下は出迎えた。


「了解を得た。これで、彼女を婚約者(・・・)として扱える」

 金髪碧眼男は入ると同時にそう宣言した。


 ――――は? アンタ、さっき、協定と言ったよね!? 婚約ってどういう事よ?


「単純な話だよ、マーヒッド公爵令嬢。ちょうど、フランソワんところでは、商業改革中だ。だから、それのお手伝いをしてきてほしいんだ。家格も釣り合うことだし」


 ほほう。私の商才を見込んで行けと。しかし、何も婚約までしなくても良いんじゃないのか?


「いや、そうでもしないと、お前は絶対に逃げるからな」


 う。

 私の性格をよくご存じで。


「――――って、なんで喋っていないのに、分かるんですか」

 心の声が駄々洩れだったのだろうか。


 すると、呆れたようにジョン殿下も金髪碧眼男もこちらを見た。

「気づいていなかったんだね」

「お前、馬鹿だな」

 二人同時に言われ、ショックを受けた。



「そういえば、あなたの立場と名前を聞いていないんだけれど」


その後、金髪碧眼男と2人きりになった瞬間、訊ねた。すると、男は胡散臭げに私の顔を見る。


「お前、もしかして、攻略対象の顔も覚えていないのか」


 へ?


 私の知っているゲームでは、彼はモブとしてしか出てきていない。しかも、どんな役回りだったのかさえ覚えていない。

 そう言うと、彼ははぁ、とため息をついた。


「『グレン・モア』シリーズのなかで唯一、公爵令嬢ジェーンが主人公となる『Luna(ルナ)』の攻略対象――といえば、思い出すかな?」



 彼がそう言った瞬間、私は思い出した。

『Luna』はジェーンファンの要望に応えて作られたゲーム。それの攻略対象の一人でもある、隣国の王子のフランソワ。


 ――――っていうことは、


「運命から逃れられないじゃん!」


「大丈夫、俺が必ず守ってやるからさ」

 私の叫びに、当たり前のように笑顔で頷くフランソワ王子。


 それはそれで、滅茶苦茶怖いんですけれどぉ――――!


 決死の叫びもむなしく、『Luna』のヒロインとして生きていくことになった私は、その後、隣国に行き、服飾メーカーを経営しつつ、社交界の華として存在することになった。




 え? 夫婦仲はどうですって?


 ええ、毎晩、愛されています。でも、ゲームの強制力なんて働いていないんだからっ!

いや、ノリで作ったら大変なことに。

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