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貴女色の神様の声  作者: 景梅宗
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第3話 椿翠子は戸惑う

彼女はスニーカー

私はローファー



◆ ◆ ◆



四人兄妹の、末っ子長女。

三人の兄とはみんな歳が離れていて、長男とは十以上も差がある。

末娘は大層に可愛がられ、両親は優しく、三人の兄弟達は私の自慢の兄だった。



『翠子は幾つになったんだい?』

『七歳だよ! お兄ちゃん!』


『翠子は今年で幾つだい?』

『十歳だよ兄ちゃん』


『翠子は今年で幾つだ?』

『十四ですよ兄さん』





『心配すんな。人の命助ける仕事だ』








暗転。









目が覚めたのは、まだ外が暗い時間。

頰に触れると涙で濡れているので、正直『またか』とウンザリしてしまう。

あれから三年も経とうとしているし、当初はその悪夢みたいなもので飛び起きていたけれど、今となってはもう慣れてしまったものだ。

数え切れない程見てきた悪夢では、あの日の少し笑んだ兄が毎度毎度と登場してきて、決まって帰ってくる事がない。


「……ばかみたい」


その独り言は午前三時。

今日だって学校も授業もある。

三年前は再びここから寝入るのが怖かった。

またあの夢を見たら如何しようとか、変な不安に襲われたりとか。

何度も見た悪夢を数えるなんて、そんな不毛な事はしていない。

覚えている事の沢山が楽しい事の筈なのに、夢に見るのは嫌な事や悪い内容ばかりだ。

兄さんも夢に出てきてくれるなら、もっと楽しい夢にしてくれれば良いのに……。




再び寝入ると、目を覚ました時には外が薄っすらと明るく、時刻は目覚まし時計の鳴り出す五分前だった。


夢は見なかったし頰も涙で濡れていない。


悲しいかな。

何故だか私は、その程度の事に『安心』してしまっている。



◆ ◆ ◆



ジャンパースカート。

一年間着慣れていたブレザーの制服から衣を変えるのは違和を拭えなかったけれど、新しい環境には服装の変化が付き物で、それは自分で望んだ事。

新しい制服は新鮮だった。

初めて袖を通すジャンパースカートは少しだけドキドキして、普段もこれまで着る事のなかったソレはなんだか気恥ずかしくも思う。

しかし、それと同時に、だ。

編入が自分で望んだものだったとしても、私はその新しいサイクルに、何処かで息苦しさを感じているのかも知れない。


規律は守る必要がある。


礼拝。

聖歌。

捧げる祈り。


やれと言われればやらないでもない。

けれど、自身を裏切る事も出来ない。

私はその自身のエゴの為に聖早美女学校に来たのだから。


規律は守るし発言には責任も持つ。


三日間の停学。


それくらいなら覚悟はしていたし、退学ならそれでも良いと思っていた。

神様は居るか居ないか。

もし居るとしたら、それは良い人か、それとも悪い人か。


停学中に出された課題は聖歌だか賛美歌だかの英訳と日訳。それと自身の解釈をまじえた歌詞についての感想文五千文字。

やれと言われれば、それはやらないでもない。

寮の自室で篭りきり、出された課題を終わらせて、聖早美の校則を調べて理解する。


理解する事は必要だ。

そして、私は理解したい。

この場所の事と、居るかも分からない神様の事と――。




『……私、貴女みたいな人、少し苦手かも知れない』




山吹色さんの事を。




◆ ◆ ◆




『なにか困った事があったら何でも聞いてくれて良いからね』



聖早美に来て、そしてここの寮生になって一ヶ月程が経つけれど、なにか新しい事、例えば、寮内の掃除の当番サイクルだったり、寮生活での日誌の製作だったり、共有スペースを使用するうえでの決まりだったり、そういうものの更新がある度、山吹色さんはそうやって私に声を掛けてくれる。

慣れない事は多いし、新しい場所での生活に四苦八苦する事もあるけれど、山吹色さんのその気遣いはとても有り難かった。

クラスでの自己紹介とか、お風呂の時でも、きっと良い印象は受けてもらえなかった筈なのに。この前のお茶の帰りだって、私は『苦手かも知れない』と言葉を押し付けた筈なのに、それでも彼女は私に対する接し方を変えなかった。


クリッとした瞳に小さな鼻。

健康な頰の紅さと薄い唇。

肩口までの黒髪は二つ縛りで、童顔で、彼女は見た目以上に幼く見える。


山吹色さんは神様が好きか嫌いか分からないと言う。

私は、そんな彼女の事を『苦手かも知れない』と言ってしまった。


嫌いなタイプという訳じゃあない。

だけど、きっと彼女の事が本当に苦手なタイプなのだと思う。

物言いがハッキリしている人の方が何だか安心出来る。それはきっと兄三人という家で育った事によるものだという自覚もある。明け透けな方が人の気持ちに気を遣わなくて良いから。


それなのに、私は他の誰にも話していなかった編入理由を全部山吹色さんに話してしまっている。

絶対に誰にも言うつもりなんて無かったのに、言う必要も無いと思っていたのに。



「おはよう椿さん」


「えぇ、ごきげんよう山吹色さん」


「――ぁ。ッごきげんよう! 椿さん」



寮から聖早美まではゆっくり歩いても十五分そこそこ。その登校時間、道すがら後ろから山吹色さんに声を掛けられた。別に決まりというわけでもないのだけれど、私が『ごきげんよう』と言うと、山吹色さんも少し恥ずかしそうにしながら挨拶を『ごきげんよう』と言い直す。

山吹色さんが私に向けてくれるニコニコとした笑顔。それは何だか朝から気持ちが良いと思った。


「今日は時間が同じになったね」


「そうね。山吹色さんはいつも決まった時間に部屋を出てるの?」


「そうだよ。私はもう小学生とかの時から朝はそういうのを決めないとモヤモヤしちゃうから。椿さんは違うの?」


「私は、そういうルーティンみたいなのは決めてないかな。時間に間に合うようにするっていうだけで、朝もご飯を食べたり食べなかったり」


「お腹空かない?」


「お腹は空くけど、我慢できるもの」



登校時間が合うのは大体週に一回。先週は二回。程度で言えば本当にそれくらいだけど、一緒になった時山吹色さんはいつも私に声を掛けてくれている。だから毎回、特に中身が無いとしても、そういう当たり障りのない会話で、二人で学校までの道中肩を並べていた。


接点なんて、言ってしまえばたったそれだけ。


学校ではクラスこそ同じだけれど、山吹色さんには仲の良い友達がいるし、私にも良くしてくれる友達が出来た。校内では、例えば連絡事項とか、要件がある時とか、そういう事以外では殆ど話す事もないかも知れない。

寮内でだってそうそう会う事もない。

私は寮の三階で、山吹色さんは一階。

自室にはお風呂だって付いてるし、共有スペースの浴場もご飯を食べるのも基本的に時間は自由だ。月曜日と金曜日の夜八時頃に寮内ミーティングみたいなのもあるけれど、全員が集まらなければいけないわけでもない。


「明里ちゃんおはよう」


「おはよう沙茅ちゃん」


今だってほら、こうして一緒に登校しても、教室に着けば、一言二言交わしてしまえば、あとは私だって仲の良い子達のグループに混ざってしまう。

別に何が如何というわけでもない。

高校二年生。

自分のグループは大切だし、そうでなくても私は編入生。手広く色んな人と関わりたいと思わなくは無いけれど、途中参加の私が手を出して良い範囲はきっと限られている。

あっちにもこっちにも。

そういう事はもっと器用じゃなきゃ出来ない。

部活に入ればきっとそれも叶うだろうけど、現状私のスペースはこの教室と、あとは寮内だけで。


…………あとは寮内だけで、だから――。








「椿さん、今日一緒に帰らない?」








自席に着いた私が正面からのその言いに顔を上げると、朝礼前、祈りを捧げる時間も差し迫ったその時に、ついさっき、一緒に登校してきたにこにこ笑顔のそのままで、山吹色さんがそこに立っていた……。



「……なん、で?」


「……ダメだった?」


…………。


「駄目、じゃあ、ないけど……」



答えると、山吹色さんは私の戸惑いなんかを気にする事もなく、「じゃあ放課後に声掛けるね」と、そうやって嬉々としてまた明里さんのところへ戻っていった。


別に一緒に帰る事はやぶさかではない。

けれど、今日までの一ヶ月間、彼女からそうやって誘われる事など一度も無かった。


何故……?

如何して……?


そんな事を考えてしまう方がおかしいのだろうか??

それとも今日までの一ヶ月に意図があったのだろうか??


勘繰る事は簡単だけど、理由を聞かないままに受け入れるのは大層難しい。

そうしているといつの間にか担任のシスターが入室してきて、校内には朝礼のチャイムが鳴り、それと同時に主に祈りを捧げる時間へと当然みたいに流れていく。




よく分からない。




よくは分からないけれど、この時間、私は必要以上に、そして執拗に、何かへと祈りを捧げていた。




…………。





一体私は、誰に何を祈ったのだろうか……?






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