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0009レトロPCガール

 俺がその考えを口にすると、銅豆は「その通り」、文奈は「違います」と同時に答えた。


「河野さん、エミュレータは実機や本物のソフトを持っている人しか使っちゃいけないんです、著作権の関係で。宇院さんは当然FM-7実機を持っていませんよね?」


「そうだけど」


「ドラゴンバスターも持っていませんよね?」


「持ってないね」


「ならそれは犯罪です。今すぐそのタブレットから消去してください」


 文奈は強く命じた。宇院は鈴が鳴るような笑い声を立てる。


「オーケー、分かったよ。消せばいいんだろ」


 銅豆はタブレットの表面を指で何度か叩き、幾度かなぞった。再度こちらに見せた画面には、もう電波新聞社のゲームは映っていなかった。


「ほら、消したよ。それにしても怒ることはないだろうに。この前教室でFM-7の話をしていたから、協力するつもりで喋りかけてみたんだけど」


 彼女は眉根を寄せたままだ。この容姿端麗な男に反感を抱いているのは明らかだった。


「あの時の私と河野さんの話、盗み聞きしていたんですか?」


「人聞きが悪いな。MP3プレイヤーの電池が途中で切れちゃったんで、何となく耳を傾けていた次第だよ。よく聞こえる大声で話す癖、やめておいたほうがいいと忠告しておくよ」


 銅豆はそれだけ言うと、自分の席に退散した。文奈は気を取り直すように頭を振った。


「不正なエミュ利用者なんて地上から消え失せればいいのに……。ええと、どこまで話していましたっけ。そうそう、FM-7を学校に持ってくる、ってところでしたね……」


「そう言えばさ」


 銅豆がまたひょっこり顔を出した。


「これは一階の掲示板に貼られていたのを撮影したんだけど……。これもあんたらかい?」


 文奈はいぶかしげに銅豆のタブレットの画面を覗き込み、絶句した。興味をそそられて俺も見てみる。その何気ない動作で文奈と顔を並べることになり、俺は距離の近さに少し血の気が上った。


『私たちとX1同好会を立ち上げませんか?』


 文奈のFM77AV40EXとよく似た赤いパソコンの写真の上に、そんな題字がつづられている。紙の下半分は写っていなかった。『X1』? 俺は引っかかるものを感じ、素早く記憶をさかのぼる。


 そう、文奈が初日に言っていた。『富士通のFM-7はシェア争いで後塵を拝したんです。X1やPC88にはとうとう追いつけませんでした』と。FM-7とパソコン界の覇権を争ったのが、確かX1だったのだ。


「『X1同好会』? 根津さん、知ってる?」


 文奈はかなり険しい顔だ。


「いいえ。でもこれは放置しておけませんね。1階の掲示板でしたよね?」


 銅豆は自分の投げた石で波紋が広がったのを喜んでいた。嫌な奴。


「そう、1階だよ。作ったのはあんたらじゃないのか。ちょっと面白いな」


 文奈は彼の笑いを無視して立ち上がり、教室から足早に出て行った。俺も慌てて後に続く。


「根津さん、待ってよ。そんなに厳しい顔しないで」


「でも一大事ですから。多分私たちを馬鹿にしてるんだと思います、あの張り紙の主は」


 俺は彼女の横に追いつくと、意味が分からず問いかけた。


「馬鹿に? どういうこと?」


「藤之石高校に急に8ビットマイコンの同好会が二つもできるなんてありえません。恐らく張り紙の主は、私たちFM-7同好会の活動を馬鹿にして、ふざけてそんなものを作ったんです」


 なるほど、確かにそうだろう。というか、それ以外に考えられない。階段を下りながら文奈は真剣に怒っていた。


「許せません。大体まだ出来てさえいない同好会を標的にして潰そうとするなんて、あまりに陰湿過ぎます。張り紙を引っぺがして先生に見せ、犯人を特定するしかないでしょう!」


 俺は文奈の断固たる態度に、彼女への印象を新たにしていた。こんな面もあるんだ。ぷりぷり怒る彼女はやっぱり可愛らしい。


 やがて1階の掲示板に辿り着いた。大仰な見出しの壁新聞や、生徒会の報告、部活への勧誘といった雑多な紙片の片隅に、問題の物はあった。


「ありました。これですね」


 低い位置に貼られていたので、文奈と俺はそれを中腰で読んだ。


『私たちとX1同好会を立ち上げませんか?』


 タブレットには写っていなかった下半分には、


『興味ある方は1年E組の中川慧玖珠(なかがわ・えくす)まで』


 とある。


 文奈は先ほどの怒りはどこへやら、落ち着いてこの文面の精査にかかっていた。その声に迷いがある。


「どう思います、河野さん。私はてっきり、いたずら目的だと考えていたのですが……」


 俺は彼女に同調して頭を縦に振った。


「そうだな、その割にはクラスも名前も平気で書いている。これは本当に真面目な募集なのかもしれない」


「ですよね……」


 文奈は顎をつまんでうなった。その時俺は、よっぽど見捨てて置けない変化に気がついた。


「根津さん、これ!」


 俺たちが貼ったFM-7同好会のチラシ。そのタイトルの『FM-7』の文字が、黒いマジックで塗り潰されていたのだ。元々何が書かれていたか、これでは全く分からない。


 彼女は再び憤怒で顔を赤くした。


「酷い……! これこそ犯人を突き止めなきゃ駄目です!」


 俺は現状を冷静に指摘した。


「このX1同好会の中川慧玖珠とやらが怪しいな。同じ8ビットパソコン同好会として、こっちを潰しにかかってきているのかもしれない。それで自分にとって目障りな広告を判別不可能なまでにいたずらしたのかも。断定はできないが……」


「そうだとしたら許せません。行きましょう、河野さん!」


「え? 行くって、どこへ?」


「決まってます。1年E組の中川慧玖珠さんの元へ、です!」


 文奈は心の荒れ模様をさらけ出し、暴風のように俺の手首を掴んだ。俺は彼女の意外に強い力に驚きながら、引っ張ろうとして果たせない彼女を落ち着かせようとした。


「待て待て、断定はできないって言っただろ。今行って苦情を申し立てて、相手に否定されたらどうするんだ? 恥をかいただけじゃ済まされないぞ。FM-7同好会にけちがつくことにもなりかねない」


 文奈は俺の手首を解放し、振り返ってべそをかいた。


「じゃあどうするんですか。このまま放っておくんですか?」


 俺は首を振った。雑然とする脳内を整理し、対抗策を導き出したのは数瞬後のことだ。


「いや、そんなつもりもない。こうするんだ」




「私が中川慧玖珠ですが」


 数分後、俺は1年E組の教室で、『X1同好会』会長の慧玖珠と対面していた。あれから文奈と別れ、単身ここへ乗り込んできたのだ。そして適当な生徒に話しかけ、彼女を紹介してもらった。


「俺はA組の河野敏之です。初めまして」


 慧玖珠の顔は不審の雲で覆われている。顔見知りでも何でもない男子生徒がいきなり押しかけてきたら、まあそうなるよな。しかし俺が「同好会の件で」と切り出すと、その雲は散り散りに消え去って青空が広がった。


「ああ、張り紙を見て……。失礼しました。入会希望の方ですね?」


「はい」


 彼女は内心の高ぶりを押し殺すように両手をもみ合わせた。黒い長髪を背中に垂らし、凛々しい黒い瞳が生き生きと輝いている。高い鼻、短く結ばれた唇が魅力的だ。身長は153センチ前後といったところだ。文奈より若干高い。鈴が鳴ったような声を出した。

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