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0004レトロPCガール

 それも、部活動の内容に心惹かれたからではなく、単に立案者に一目惚れしただけの俺。こんな調子じゃ、全員集めるのにいつまでかかるやら分かったものじゃない。というか、活動内容を聞いた限りでは無理ゲーのような気がする。


 文奈は俺から生徒手帳を受け取ると、その内容を食い入るように確認した。


「そんなに必要なんですか……。私てっきり、5人くらいかと……。あっ」


 彼女が手帳の中身を俺に見せた。


「これと間違えたんです! 『部活』ではなく『同好会』に必要なのが5名でした!」


 とんだ勘違いに、俺は思わず噴き出した。文奈が苛立ったのか頬を膨らませる。


「何もおかしくないですよ、河野さん!」


「ああ、悪い悪い」


 しかし、5名集めればとりあえず同好会にはなるらしい。よく読めば、予算が下りない代わりに生徒会の承認と校長の判子は不要とある。


「いきなり部活動は駄目でも、まずは同好会から始めればいいんじゃないか? で、活動場所と顧問を手に入れてから、じりじり会員を増やしていく、と。そうしないか?」


 文奈は顎をつまんで真剣に考えている。妥協点を見出したか、二、三度点頭した。


「そうですね。焦ってもよくありません。ここは河野さんの意見を()れましょう」


 俺は彼女の役に立ったことに満足し、幸福感を覚えた。


「ところでそのFM-7っていう古いパソコン、根津さんは当然持ってるんでしょ? 明日学校に持って来られない? 見てみたいんだけど」


 文奈は目を丸く開くと、両手を打ち合わせた。


「見たいなら、今すぐにでも家に来てくだされば! 歓迎しますよ」


 え? いきなり家? 俺は度肝(どぎも)を抜かれた。


「いいの? 家に行って」


「きっとお爺様も喜びます。ぜひ来てください。そんなに遠くないですから」


 俺はこのお誘いに逡巡(しゅんじゅん)することなく立ち上がった――まるで目の前に人参をぶら提げられた駿馬(しゅんめ)のように。善は急げだ。


「じゃあ行こう。まだ午後2時だし、時間はたっぷりあるしな」


「決定ですね!」


 彼女が笑顔でうなずき、支度して身を起こす。俺はちらりと教室の端に座る銅豆を見た。相変わらずタブレットをいじっている。文奈といい彼といい、ずいぶん変わり者の多いクラスだな、と思った。




 文奈の家は確かに近かった。帰宅ルートは学校の最寄り駅から俺は上りの先、彼女は下りの先となる。文奈の家まではたった2駅だった。駅も電車内も閑散としていて、ひと気は少ない。もう学生やその保護者たちは帰宅してしまったのだろう。


 それにしても入学早々、恋をして、しかもその相手と下校するなんて……。ろくなことがないと思っていた晴天だが、どうやら今日だけは特別ボーナスを手当てしてくれたみたいだ。


 彼女の最寄り駅は大型スーパーに併設されていた。屋外スペースに多数の自転車が置かれている。親子連れやおばさんが使用するものらしく、前輪の籠にビニール袋を押し込んで去って行ったり、徒歩で入店したりする人がいた。赤ん坊の泣き声が昼下がりの(ちまた)に響き渡っている。のどかな風景だった。


「このスーパー、駐車場は反対側にあるんですよ。まだ若い頃はお母さんに連れられてよく来ていました。最近は足が遠のいてますけどね」


 スーパーの喧騒から離れながら、文奈が解説する。反対側の歩道にはクリーニング屋や古書店、ペットショップなどが並んでいた。店主の一人は主婦と立ち話に花を咲かせている。俺は我が物顔で道を行き来する自動車をうっとうしく思いながら、狭い歩道を必死に彼女へついていった。駅前から閑静な住宅街へ、次第に景色が変化していく。


 文奈の家は2階建ての堂々たる一軒家だった。白と黒のコントラストが壁や屋根に張り巡らされ、独特の景観をなしている。「根津」との表札が添えられた門を通り、玄関にたどり着くと、文奈は鍵を取り出して解錠した。ドアを開くと金属的な重々しい音がする。


「どうぞ上がってください。スリッパ履いてくださいね」


「分かった」


 俺は緊張で手汗をかいていることに気付いた。女の子の家に上がるなんて、いつ以来だろう? 小学生以来だっけ? ノミのような心臓が情けなく早鐘を打っていた。


 文奈は俺を2階へ導く。階段から見えるこの家の天井にはガラス戸がはめ込まれ、透過する陽光が屋内を明るく照らしていた。


「両親は?」


「働いています。共働きなんです」


 ということは、今この家の中は俺と文奈だけ……。俺はハンカチで額の汗を拭った。文奈は別に俺のことを同好会仲間としか見ていない。それは分かっている。それでも汗はにじみ出て、喉はからからに干からびた。


 いや、お爺様も喜びます、とか言ってたぞ。爺ちゃんがいるのか。まだ姿を見ていないが。1階にいるのだろうか?


「ここが私の部屋です。どうぞ」


 2階に辿り着き、文奈が白いドアを開けた。室内の風景が露わになり、眼球に映し出される。


「何だこりゃ?」


 俺は()頓狂(とんきょう)な声を上げた。割と広々とした部屋は、およそ世間一般の女子高生のそれとはかけ離れたもので埋め尽くされていたのだ。


 壁には『総、天、然、ショック』だの『ひょーげん族』だの書かれたパソコンのポスターがこれ見よがしに貼ってある。若い頃のタモリのポスターもあり、『青少年は興奮する。』という、今の俺を挑発しているかのようなキャッチコピーのものもあった。


 それらいずれにもパソコンの写真が大きく掲載されている。恐らくこれがFM-7なのだろう。だがFM-77だのFM77AVだの、どうやら上位機種っぽいパソコンは名前を微妙に変えて出されているらしい。どれも『富士通』の社名が片隅に刻まれていた。


「あのポスターの女性は誰だ?」


 天井に貼られてこちらを見下ろしている印象的な女性。文奈はくすりと笑った。


「やだなあ、若い頃の南野陽子さんじゃないですか」


 ポスターが貼られていないのは窓と本棚だけだ。それだけでも十分異様なのに、その本棚には『Oh!FM』『6809マシン語入門』『I/O』『ASCII』『マイコン』『LOGiN』『マイコンBASIC Magazine』など、聞いたこともない書物が整理されて収まっていた。これ全部マイコン関係?


 そして白い事務用デスクには小型液晶テレビを載せた、黒く鈍い光を放つ四角い長方体の機械が鎮座していた。ぱっと見は鉄の箱だ。黒いケーブルで同じく黒いキーボードと接続されている。俺の視線がそこに集中しているのに気付いたらしく、文奈は咳払いするとやや自慢げに紹介した。


「そうです河野さん。これこそが、地球上の全パソコンを凌駕する、究極の6809マシン、『FM77AV40EX』です!」


「これが、根津さんの『好きなもの』FM77なんとやらか」


 俺は手を伸ばして側面を触ってみた。ひんやり冷たい。俺の自宅にあるノートパソコンより大分分厚くて大きいぞ。


「これ、今でも動かせるのか?」


「はい、もちろんです!」


 文奈は嬉々として両手をこすり合わせた。車輪つきの椅子に座ると、パソコンの前面にあるスイッチと液晶テレビのそれとを連続で押した。風のうなる音が筐体から伸びやかに響いてくる。たぶん冷却ファンの駆動音だろう。

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