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0036レトロPCガール

「埃が酷いな。よっしょ、全員で掃除や、掃除!」


 俺たちは(ほうき)やブラシ、雑巾を手に室内の清掃にかかった。せっせと働く俺たちをよそに、銅豆は壁にもたれかかってタブレットを操っている。慧玖珠が見咎めて金切り声を出した。


「何よ、あんたも掃除したら? この役立たず」


「僕に何も活動しなくていい、って約束したのは河野だよ。文句なら彼に言えば?」


 慧玖珠が俺を睨む。


「頭数だけ揃えれば誰でもいいと思ってたの?」


「まあまあ」


 たっぷり30分ほどかけて、ようやく室内は清浄さを手に入れた。八覇がどこかに携帯をかける。命令口調だった。


「……そや。今からや。昇降口で待ってるから持ってきいや。案内するで。壊れ物やから、くれぐれも慎重にな」


 俺は開けっ放しの窓から吹き込む冷涼な空気に、ある種の爽快さを感じていた。


「誰にかけたんだ?」


 スマホを耳から外し、八覇は笑顔で答えた。


「うちの使用人や。黒服たちやな。あたしの家で預かっといたFMやX1を、もちろんPC88も含めて、この部屋まで持ってくるよう命じたんや。あたし、手引きするからちょっと留守にするで」


 そう言って出て行った八覇は、すぐに戻ってきた。


「落としたりせんといてな。気をつけて、ゆっくりと……。そうそう、それでええ」


 黒服たちが段ボール箱を運んでくる。普段鍛えてるのか、それほど重そうにはしていなかった。彼らはぞろぞろと室内に入ってくると、次々にそっと荷物を置いた。


「終わりました」


 黒服の言葉に八覇はふんぞりかえる。


「おおきに。ようやった。帰ってええで。」


「はっ」


 黒服たちは整然とこの場から姿を消した。足音さえ立てなかった。


 それから更に時間をかけて、文奈を始めとする8ビットパソコンオーナーは、自分の機械をセッティングしていった。その間、俺は慧夢是先輩と共に倉庫からパイプ椅子を運んでくる。全ての作業が終わったとき、午後6時のチャイムが鳴り響いていた。


「終わりましたね」


 文奈は椅子の背にもたれかかり、肩を揉んで溜め息を吐いた。外は真っ暗で、通常の下校時刻をとっくに過ぎている。途中で慧夢是先輩のMZ-700が運び込まれてきたので、余計に時間がかかったのだ。


 出来上がりは壮観だった。PC-8801MC、X1turboZ3、FM77AV40EX、MZ-731。時代錯誤もはなはだしいこれら過去の遺物は、しかし俺たち藤之石高校生の力で現在に蘇って、部屋中央の二つ並んだテーブルの上に重々しく座り込んでいた。


 慧玖珠が大きく伸びをする。愛機を学び舎で眺められて痛快らしい。


「これで明日からX1し放題ね。何作ろうかしら」


 慧夢是先輩が笑顔でMZのテープロードを待っている。


「これじゃ……、ロードし終えても……、遊ぶ時間がありませんね……」


 八覇がPC-8801MCのCD部をひっきりなしに開閉している。


「壊れたんかな? 直せるかな……」


 銅豆は俺のタブレットを軽やかに叩き、スワイプし、何やら遊んでいる。


「ああ、防御してる。また一からやり直しだよ」


 文奈がFM77AV40EXを操る手を休め、俺を眺めた。


「河野さんだけ持ち機種がありませんね」


 そう。俺一人だけパソコンがない。他のみなはそれぞれ愛機があるのに、俺だけは徒手空拳だ。


「根津、俺にもFM-7系列の機種を何か一つ貸してくれないか。俺はもともと『FM-7同好会』派閥だったわけだし」


 文奈は快諾した。


「明日、何か倉庫の中から見繕って持ってきますよ」


 八覇がCDドライブにクリーニングディスクを投入した。


「なら後であたしに電話くれんか? 黒服に運ばせるから」


「そんな、いいですよ」


「まあまあ遠慮せんと。同好会のリーダーはあたしなんやから、大人しく言うこと聞きや」


「そうですか? なら、そうですね……お願いします」


「任せとき」


 そうしてFマイコン同好会の初日はお開きとなった。




 俺は帰宅した。連峰を臨む登山家のような気分だった。玄関のドアを開けると、既に帰ってきたのだろう、親父の靴が置き去りにされていた。


 俺は自室に入り、鞄を置いて着替えると、食堂に赴いた。肉を焼くいい匂いが漂ってくる。俺の足音が鼓膜を震わせたのか、背中を向けたまま調理するお袋が、そのままの状態で俺に話しかけてきた。


「裕? 今夜はステーキですよ。そこに座ってお待ちなさい」


 俺はわざと大きな声で言った。


「俺は敏之だよ」


 お袋は一瞬だけこちらを振り向き、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ああ、あなたですか」


 迷惑そうに吐き捨てると、また肉を焼くのにフライパンへ向き直った。俺は椅子に座った。


 そこへ親父が現れた。トイレから帰ってきたらしい。部屋に入るなり俺を一瞥したが、何も言わず黙ったまま席に着いた。煙草を咥えて火を点ける。


 続いて裕兄貴が入室してきた。俺の肩を軽く叩き、隣に着席する。これで河野家は全員揃った。


 お袋がステーキを食卓に並べる。俺の肉が少なめなのはいつものことだ。今更指摘する気にもなれない。飲み物のオレンジジュースと食器のナイフおよびフォークが、これは等しく与えられた。最後にお袋が椅子に腰を下ろし、全ての準備は整った。


「いただきます」


 俺は大声で兄貴と唱和した。両親が怪訝な顔をする。が、それ以上の反応は見せず、食事を開始した。


 俺も牛肉をナイフで切り分け、口に運ぶ。熱くて美味かった。


「今日は元気じゃないか、敏之。何かいいことでもあったのか?」


 兄貴が話しかけてくる。兄貴と親父は、この前の晩以来ぎくしゃくとしていて、不仲というわけではないが、一時的な冷戦状態にあった。まあ、すぐ元に戻るだろうが。


 俺は兄貴に答えた。


「『Fマイコン同好会』を設立できたんだ」


「『Fマイ……』? この前言ってた『FM-7同好会』と違うのか?」


「いや、実質同じ。時代遅れの8ビットパソコンで遊び、その楽しさを世間に知らしめることを目的とした同好会さ。今会員が俺を含めて六名で、ようやく立ち上げることができたんだよ」


 親父はその耳に入る情報を言葉の刃で刺してきた。


「くだらん」


 閉口した、というように眉根を寄せる。俺を親の仇でもあるかのように凝視した。


「馬鹿な高校で馬鹿なお遊びか。まあお前にはお似合いだがな」


 今までなら、ここで俺が口をつぐみ、話は終わるはずだった。


 だが俺は舌の動きを止めなかった。


「今はまだ馬鹿だろうけど、将来に渡っては果たしてどうかな?」


 親父は食器を操る手を静止させた。俺から反撃を受けたのが初めてだったので、軽い衝撃を覚えているようだ。


「どういうことだ?」


 俺はにやりと笑い、これ見よがしにジュースを飲んだ。


「目標は――これは生涯の野望だが――日本全国の家庭に一戸一台、FM-7を普及させることさ」


 親父もお袋も、ぽかんと口を開けて俺を見つめる。俺は続けた。


「ま、これは俺の彼女の受け売りだけどね。ともかく、俺はいつか野望を果たしてみせる。彼女と一緒に」


 親父は俺の荒唐無稽な夢に対し、何か言い返そうとして、結局黙ってしまった。馬鹿負けしたんだろう。お袋も右にならえで、二人は再び肉を切り出した。

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