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0034レトロPCガール

 翌週月曜日まで、休みは二日あった。勝負が八覇の優勝で幕を閉じた以上、五人で作る同好会は八覇主導で構築されることとなる。『8ビットパソコン同好会』(仮)の設立が確定したわけだ。そこで正式名称や活動内容を詰めるべく、銅豆以外の五人が再び八覇邸に集まった。


 慧玖珠はもうすっかり割り切っていた。


「『X1同好会』にならなかったのは残念だけど、まあ『PC88同好会』でもないし。ましてや『FM-7同好会』じゃないしね。全力尽くして正々堂々勝負して、それで負けたのだから、そこの泣き虫二人と違って、私は決定に素直に従うわよ」


 昨日の号泣現場は、他の4人にばっちり見られていた。俺と文奈は赤くなる。慧夢是先輩が胸の前で手を合わせた。


「それじゃ……、森羅さん……。『8ビットパソコン同好会』で名前は決まりなのですね……?」


「それなんやけど」


 88部屋ですっかりくつろぎながら、八覇は座ったまま膝を立てた。


「『8ビットパソコン同好会』やと、どうにも『パソコン部』と名称が近こうてかなわん。やっぱり『8ビットマイコン同好会』にしたいんやけど、どうやろ?」


 俺はうなずいて賛同の意を示した。


「いいんじゃないか」


 そこで文奈が席を立った。八覇にトイレの場所を聞くと、部屋から出て行った。


 俺は上手い具合に機会が訪れたことを知り、早速昨夜考えていたことを実行に移した。


「頼む!」


 俺は長椅子から離れると、恥も外聞もなく、他の三人に向かって正座した。そして平伏して土下座する。すぐさま後頭部に驚きの声が降りかかった。


「何やっとんのや、敏之」


「あら……どうしたんですの、河野さん……」


「何馬鹿な真似してんのよ」


 俺は額を絨毯にこすりつけながら叫んだ。


「すまん、みんな! お願いしたいことが一つある!」


 慧玖珠がいぶかってつまらなさそうに問いかけてくる。


「何それ」


 八覇は面白そうに尋ねてきた。


「何や、おもろそうやな。言うてみい、その願いとやらを」


 俺はがばっと上体を起こした。一同の顔を見渡す。


「同好会の名前を、『Fマイコン同好会』にしてほしいんだ!」


「エフ……」


「マイコン……」


「同好会……?」


 俺は「そうだ」と続けた。


「藤之石マイコン同好会、の意味だ。頼む、これに名前を変えてほしいんだ!」


 慧玖珠が呆れ返っている。真意を確かめるように舌を動かした。


「なら『藤之石マイコン同好会』でいいじゃない。なんで『藤之石』を『F』なんて短くするのよ?」


「FM……」


 慧夢是先輩が口を平手で隠した。


「『FM同好会』にしたいわけですね……?」


 八覇が噴き出し、盛大に爆笑した。


「何やそれ! まるで『FM-7同好会』みたいやな!」


 慧玖珠が目を剥いて怒った。何この恥知らず、とばかりに叱り飛ばす。


「くだらないわ。勝負に負けておいて、FMって……! 図々しいにもほどがあるわ!」


 俺は言葉の斬撃にも歯を食いしばった。


「俺も図々しいとは思う。中川の言うとおり、負けたくせに何言ってるんだ、そう思われても仕方ない。でも、でも……!」


 再び額を絨毯と接吻させる。


「頼む! このとおりだ! 『Fマイコン同好会』にしてくれ!」


 しばし沈黙が訪れた。慧玖珠が困ったように口を開く。


「どうするの?」


 慧夢是先輩が微妙にうなった。問題の落としどころを探す。


「これはでも……、最終的には勝者の森羅さんに決めてもらうしかないですわ……」


 バトンを受け取った八覇はあっさり言った。


「ええで」


 俺は額に絨毯の跡をつけながら頭を上げた。


「ホントか?」


「その代わり」


 八覇が人差し指を立て、ウインクしてみせた。


「誰か一人、新入会員を連れてきてや。そしたら名前、変えてやってもええで」


 俺は心から安堵した。条件は厳しいが何のその。


「ありがとう、森羅さん!」


 そこで文奈が帰ってきた。妙な姿勢の俺に疑惑の目を向ける。


「何やってるんですか、河野さん」


「あ、いや、何でもない」


 八覇がこほんと咳払いをした。


「ま、今日の会議はこれまで! みんなでゲームアーツの『テグザー』やろうや」


 八覇はゲームアーツのファンであるらしかった。




 月曜日、あいにくの雨の中、俺は家のドアを押して外に出た。傘を広げて雨滴の乱打から身を守る。


 マンション隣の一軒家の子供が、天候にもかかわらずサッカーボールをリフティングしていた。もはやコツを掴んだらしく、見ていたら40回は完璧にボールをコントロールしていた。俺の存在に気付いて目線を外し、失敗する。


「どう、お兄ちゃん。上手くなったでしょ?」


 俺は傘を持ち上げて祝福した。


「ああ、日頃の鍛錬の賜物だな。でも風邪引くから今日はそのくらいにしておけ」


「うん、ありがとう」




 学校に着くと、俺はある男に声をかけた。


「え? 僕を同好会に?」


 窓際の席に座るタブレット男――宇院銅豆に。


「頼む。勝負の審判を務めてくれた縁もあるし、お前しかいないんだ! 頼むから『Fマイコン同好会』に入ってくれ!」


「やだね」


 頭を下げる俺の前で、銅豆の返事はそっけなかった。そのまなこは半開きで、ついつい寝不足かと推測してしまう。


「今更なんで僕が死に体の8ビットパソコンに時間を注がなきゃならないんだ。そんな暇があったら企業のホームページでもハッキングしてるよ。懐古趣味――というか、当時を生きていないんだけど――をしててもいいことなんて一つもない」


 断られることは分かりきっていたので、俺は譲歩を開始した。


「ならこういうのはどうだ? 同好会に籍だけ置く。一切活動はしなくていい。どうだ?」


「それなら他の部活動・同好会活動でも構わないだろ」


 俺は手札を切った。


「じゃあ……。これはどうだ?」


 俺は銅豆のそれとはまた違ったタブレットを、鞄から取り出して示してみせた。銅豆の目の色が変わる。


「ほう、面白いものを持ってるじゃないか。通じてるのか?」


「昨日ドコーユーバンクと契約してきたばかりだ。俺は詳しくないから分からないけど、一応通信はできるみたいだ」


 銅豆はにやにや笑っている。


「それを僕に使わせてくれるって訳かい?」


「そういうことだ。ハッカーは身元がばれないように注意して、ネット上のデータにアクセスしてるって話だけど、それはタブレットでやるには時間がかかり過ぎる――そうだよな?」


「まあ、僕みたいに金のない中流家庭育ちだと、自分名義の安いタブレットだけじゃできることに限界があるね。アドレスを誤魔化すのに毎回苦労するから、その分時間がかかり、タブレットの電池がすぐ底をついてしまうんだ」


 俺は銅豆に、まるで犬に肉をちらつかせるようにタブレットを見せびらかした。


「同好会の集まりに参加している間だけ、このタブレットを自由に使っていい。どんなアプリもダウンロードして構わない――無料だったら、だけど。ウイルスをばらまこうがホームページを乗っ取ろうが、気が済むまで使ったらいい。充電池はたっぷりある。……これならどうだ?」

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