0032レトロPCガール
それは山の鋭鋒だった。あるいは広大な海原だった。果てしない砂漠もある。かなりの時間を使い、宇宙人が目の当たりにした美麗な風景写真を紹介し続けた。FM77AV40EXの高度なグラフィック機能をフル活用した、見栄えのする映像だ。BGMはいよいよ盛り上がり、しかしどこか悲壮感を漂わせながら次へと展開していく。
空を飛行し続けたUFOは、やがて無機質で寒々しい高層ビル群に接近する。円盤を見上げて指差す地球人たちはみな、険しい、深刻な顔をしていた。曲もまたぐっと締まり、宇宙人と地球人の無言の対立を演出する。緊迫した空気が画面全体から溢れ出る。まさに一触即発の状態だ。
だがそれはほんの一瞬のことだった。地球人のやんちゃそうな子供がパソコンを差し出す。もちろん『FM-7』だ。宇宙人は相好を崩し、それを受け取った。
画面中に紙と桜の吹雪が乱舞する。拍手喝采の中、音楽は歓喜の頂点に達した。地球人と宇宙人は手に手を取り合い、楽しそうにはしゃぎまわる。笑顔が溢れ、みな幸せそうだ。ここに宇宙人と地球人は融和したのだ。
そして画面中央にゴシック体の『END』の文字が厳かに刻まれ、音楽と共にフェードアウトしていくのだった。
俺たちは忘れかけていた呼吸を慌てて再開した。
「以上です」
文奈は長い緊張から解放されたようで、深々と息を吸い、吐いた。銅豆が拍手する。
「いいね。FM77AV40EXの機能を生かした、なかなかの力作だったよ」
「本当ですか?」
文奈はようやく笑顔をこぼした。銅豆がうなずく。
「まあ、トップバッターとしてはかなりいい線いっていたと思うよ。自信持っていいんじゃないかな」
俺も内心安堵していた。てっきり俺の告白と電話で余計な精神的負担をかけてしまったのではないかと危惧していたのだ。だが文奈は――そこそこ画才もあるようで――素晴らしい、抜群のデモを作ってきた。FM-7同好会支持者としては、まずほっとしていいところだった。
「もういい? 次は私ね」
慧玖珠が弛緩した空気を断ち切る。X1turboZ3の前に座り、電源を入れた。ディスクが読み込まれる。彼女のデモがアクセス音と共に開始された。みな、そちらのモニターに熱視線を送る。さあ、文奈の優秀な作品をどうやって迎撃するのか。
こちらもやはりFM音源で曲を演奏し始めた。ドラムとギターの効いた乗りのいいミュージックだ。明らかに文奈のFM77AV40EXより重厚な、魂震えるサウンドだった。
真っ黒だった画面に白いタイルが盤面のように展開される。そうした白と黒を基調とした先鋭的な映像の中、矢継ぎ早に英語の文字が表示され始めた。『Excitement』『Cool』『Stylish』『Z80』などだ。白黒大小様々なそれらは浮かんでは消え、来ては去ってゆき、テンポの速いBGMにマッチして素晴らしく格好いい空間を演出する。これは凄い。
目まぐるしく変遷する画面は、しかしある時不意に消失した。音楽も止む。今度は同じ白黒の2色ながら、複雑な歯車と仕掛けが一斉に動く、柱時計の内部のような映像になった。奏でられる金属音がFM音源8和音・PSG音源3和音を駆使して表現される。中央の文字盤に8の文字が映り、秒単位で減っていく。3、2、1、と数え、ゼロになった。するとギアが一斉に高速回転し、画面が再度暗転する。
アップテンポの曲が流れ出し、疾走感をいやがうえにも増していく。無数の白い星が画面奥から手前へと途切れることなく殺到してきた。そんな中、赤い線が縦横無尽に走り出す。最初は何を描いているのか分からなかったが、どうやら何かの輪郭らしいことは知れた。やがて線が進むと、それが表そうとしていうのは『X1turbo』の文字だと判明した。鈍いドラムが盛んに主張する只中で、ロゴが完成する。するとたちまち赤く塗り潰されて、きらびやかに輝いた。
画面が上にスクロールし、文字と星は画面外へと消え去る。続いて現れたのは真っ赤な太陽だ。画面中央に鎮座すると、複数のプロミネンスを噴水のように吐き出しながら、時に強く、時に弱く輝く。それに当てられたように、取り巻く銀河がうつろに浮かび上がった。明滅はいよいよ激しく、とうとうこらえ切れないかのように太陽が停止する。そして次の瞬間、それは画面を切り裂くように大爆発した。BGMがかき消え、轟音が全てを支配する。
後に残ったのは無だ。そこの中央に、白い文字で『SHARP』とぽつりと表示されたかと思うと、『2017 E.N』に置き換わり、すぐそれも消えた。
その場の全員が感嘆し、雄弁な溜め息をつく。
「以上ね。……どう?」
慧玖珠は苦心作を披露してすぐ、皆の評価を欲しがった。慧夢是先輩がのんびり拍手する。
「素晴らしいです……短い期間で、よくぞここまで……」
「慧夢是姉さんは私を甘やかすから駄目なのよ」
俺は素直に脱帽していた。文奈のデモが絵本ならこちらは劇画だ。あるいは邦画に対する洋画か。どちらも甲乙つけがたい。
銅豆が手を叩いた。
「お見事。敢えて白黒を用いて処理を速く見せた前半といい、苦労しただろう時計内部も太陽の爆発も一級品だよ。見せ方を知ってるね」
慧玖珠が上気した顔で喜んだ。
「本当?」
「僕はお世辞は言わないよ」
慧玖珠は胸に手を当て、心底嬉しそうにほっと息をついた。そして文奈に勝ち誇った笑みを向ける。文奈は受け合わず澄ましていた。自分の作品に自信があるからだろう。
「ラストはあたしやな」
八覇が立ち上がった。全員が立ち位置・座り位置を修正する。銅豆がPC88の液晶モニターの前に陣取り、それを囲むようにおのおのが自分の居場所を確保した。
「ほないくで」
八覇がPC88の電源を入れた。フロッピーとCD、両ディスクが読み込まれる。
途端に、今までのFM音源とは比較にならないほど鮮やかなCDの生音が、部屋一杯に溢れ返った。静かな、明るい曲調のピアノだ。音質といい広がりといい、その差は決定的とさえいえて、俺は慄然とした。
画面に実写取り込みらしい写真が映る。セピア色のそれには可愛らしい3歳ぐらいの女の子と、その左右にしゃがんで枠内に収まろうとする私服の男女三人が撮られていた。若い男女は多分この子の両親なのだろう。年老いた男は祖父か。一家は仲睦まじく笑顔を並べている。その写真の下に、『2007 自宅にて』との文字が表示された。やがて写真はフェードアウトする。
続いて別の写真が滲み出てきた。先程の女の子だろうか、若干成長して着物を着ている。祖父が彼女を抱きかかえて嬉しそうに歯を見せていた。どこかの神社の境内で、太い柱を背にしていた。こちらは『2009 七五三にて』と添付されている。これもまた暗転した。
曲が静かな、しかし確実なうねりを腹に秘めて展開していく。さらに写真。次は『2012 運動会』とのキャプションで、もう現在の面影がはっきり出ている体操服の女の子――森羅八覇が、家族と共に学校のグラウンドを背に笑っていた。どうやら八覇のデモは、自身のこれまでの軌跡を紹介するものであるらしい。
と推測していたら――
写真が溶暗する。続く写真を待ち構えたが、なかなか出現しない。曲が一転、物静かな、深い悲しみをたたえたものに変化する。そしてモニター中央に示されたのは、『2013 祖父 森羅基行 死去』の文字だった。




