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0025レトロPCガール

「そりゃ毎日昼食を共にしてりゃな、慣れるってもんだ。ま、今日はお互い映画を楽しもうぜ。応援してるぞ、河野」


 真理奈先輩が顎に二本指を当てた。


「あれ、何をひそひそ話してるのかしら? 品定めなら無粋だわ」


 早坂が苦笑しつつ調子よく応じる。


「まさか、パッと見の印象を語り合っただけですよ」


「それでお眼鏡にかなったのかしら? 私と文奈ちゃんは」


「そりゃあもう……」


 彼女は噴き出して小悪魔的な笑みを浮かべた。


「そのノリも好きよ、浩次君。今日こそ私を好きにさせてみせるから。じゃ、行きましょう」


 真理奈先輩が紅色のスカートをひるがえし、先頭に立って歩き出す。早坂が慌てて引き止めた。彼女は何事かと首を傾げる。


「先輩、映画館はこっちです」


 早坂は失礼にならないよう慎重に、正反対の方向を指差した。真理奈先輩は若干顔を赤らめる。


「ごめんなさい。ちょっと早とちりなところがあるのよね、私」


 早坂への恋心も早とちりなんじゃないか、と俺は思った。


 親友が俺たちを誘導するように歩を運び始める。文奈と俺、真理奈先輩は後についていった。その最中に自己紹介を挟んで距離感を縮めていく。


 それにしても改めて、私服の文奈は見とれてしまう。俺はすっかり緊張して、ぎくしゃくとぎこちなく最後尾についた。一方彼女は女友達とショッピングに出かけるような気軽さだ。なんだか俺の一人芝居が早坂を観客に開演した気分だった。


 俺たちは映画館に向かった。この周辺では劇場はデパートの5階の一つしかない。切符売り場で買ったのはハリウッドのアクション映画のチケットだ。公開から3週間ほど経ち、客の入りは落ち着いているはずだ。だが切符のおまけが更新されたのか、思ったより人が並んでいて、彼らは会話を楽しみながら次の開演を待ちわびていた。


 俺たちはその最後尾につくと、しばらく無聊(ぶりょう)に置かれたので、暇潰しにくっちゃべることにした。早坂は真理奈先輩と、俺は文奈と。


 とはいえ、やっぱり文奈の話は目前に迫った勝負のこととなる。彼女の口は重たかった。


「FM音源でどんな曲を流すのか、は重要ですね。私は作曲なんてできないし、楽譜も読めませんから、既にある他人のMMLを拝借しようと思ってますが……」


「FM音源って? MMLって何?」


 意外なところを攻められた、というように、文奈は俺を見上げた。


「あれ、まだ教えてませんでしたっけ。……ああ、FM-7はPSGだけでしたね。FM音源のFMは『周波数変調』の意味で、これはFMラジオのそれと同じものです。元の波形を別の波形で揺らして別の形の波形にして出力する音源ということですね。後期8ビットマイコンはこれをよく搭載し、独特の音を鳴らしていました。ドラゴンバスターのBGMにも使われていましたよ」


 むう、そうか。気付かなかった。


「MMLは『ミュージックマクロランゲージ』の意味で、パソコンで音楽を奏でる際に使われる言語です。たとえばCDEFGABでドレミファソラシの音階を表します。日本ソフトバンクの『Oh!FM』誌に掲載された『ED-PLAY』というドライバーを使うと、非常に美しい音が出力できるんですよ」


 さっぱり分からん。……しかし、そうか、曲か。確かにデモプログラムで音がなかったら寂しいもんな。グラフィックだけでなく、音楽も用意しなきゃいけないとは、結構ハードだ。


「持ち時間は3分だけど、その辺は大丈夫なのか?」


「きちんと収まるように計算してます。大丈夫です」


 そこで文奈はあくびを噛み殺した。ふと気がついたのは、彼女が少しやつれているという事実だ。俺は心配して質問した。


「何だ、寝不足か?」


 文奈は目尻に浮かんだ涙を拭きながら、疲れたように笑った。


「ハードが使えない状態でも、大学ノートでマシン語のプログラムを組み立てておくことはできますから。それを夜遅くまで頑張ってしまって……」


 一方、早坂は真理奈先輩から褒め殺しに遭っていた。


「絶対できる子だって、浩次君は。今は勉強についていけなくとも、自然にみんなに追いつくはずよ。だってそれだけの勇気が君にはあるもの」


「はあ、勇気と言われましても……。先輩を保健室に連れて行ったぐらいしかないんですが」


 真理奈先輩はほとんどノーメイクの文奈に比べ、だいぶ化粧を施していた。家で早坂とのデートを楽しみに、念入りに鏡に向かっていたのだろう。健気な乙女心というやつだ。それは早坂も気付いているようだった。


 真理奈先輩が早坂の額をつつく。二人の身長差はほとんどないが、強いて言えばわずかに早坂が大きい。


「それが勇気ある行動なのよ。見ず知らずの、しかも3年の先輩を勇敢に保健室に連れて行くなんて、早々できることじゃないわ。立派よ」


「はあ……そんなものなんですかねえ」


 そこで劇場の扉が開き、映画を観終えた客がぞろぞろと排出され始めた。ここでようやく、4人の話はこれから観賞する映画に向けられた。俺は文奈に話しかけた。


「スマホで調べた限りじゃ割と高評価だけど、どうなんだろうな」


「まあ観れば分かりますよ。観て分かるタイプの映画だと思いますし」


 早坂と真理奈先輩は、どうやら久しぶりの劇場観賞らしい。


「先輩、家で映画とかは観るんですか?」


「専門チャンネルに加入しているぐらいよく観るわ。年間200本くらい楽しんでるのよ。だからあんまり劇場に足を運ぶ気にもなれなかったんだけど……。早坂君と一緒なら、何回でも来るつもりよ」


「ははは、光栄です」


 人の列が前進し、扉の奥へ吸い込まれていく。早坂と真理奈先輩、俺、文奈も大空間の一員となった。場内中央付近の席に4人並んで着くと、思ったより見通しは良い。これなら思う存分楽しめそうだ。


 端の早坂がポップコーンとコーラを手に、開演を今か今かと待ちわびている。誘われた側にしては殊勝(しゅしょう)な態度だ。俺は両手に花で、左が文奈、右が真理奈先輩だった。彼女が俺に興味津々で聞いてくる。


「2人は付き合ってるの?」


 俺が答えるより早く、文奈が全力で否定した。


「違います。ね、河野さん」


 はい、違います。俺は高揚感に氷水をぶっ掛けられた格好で、苦笑いしか浮かばなかった。真理奈先輩の追及は続く。


「じゃあどういう関係? 友達? 親戚? 幼馴染?」


 文奈はどれも違うとばかりに首を左右に振った。身を乗り出す。


「いえ、同好会立ち上げに奮闘している二人組といったところです。そうそう、真理奈先輩はご存知ですか、FM-7のことを……」


「エフエムセブン?」


 そこでブザーが鳴り響いた。八割がた埋まった客席が一斉に静かになる。文奈は出鼻をくじかれた格好で席に座り直した。場内が暗転する。


「いよいよですね、河野さん」


「ああ、楽しみだ」


 だが文奈は楽しめなかった。


 主人公の刑事が犯人を相棒に逃避行へ陥る。犯人の無実を証明するため、主人公は事件現場へ舞い戻る。そこへ現れたのは、全てを仕組んだ所長その人であった――!


「くぅ……」


 俺は手に汗握ってスクリーンに見入っていて、最初その音を気のせいだと思った。画面が一段落して別の場所に転換する。その際、猫の鳴き声のようなその音が聴覚に流れ込んできたのだ。隣の席からだ。

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