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0024レトロPCガール

「それなんだがな……」


 早坂の話ではこうだ。1週間前、彼の所属するサッカー部で上級生がシュート練習をしていた。キーパーが取り損ねたり弾いたりした球を、早坂や他の1年生部員が回収に当たる。まあ特段珍しくもない部活風景だった。


 だがあるとき、思いもよらぬ角度でボールがあさっての方向へ飛んでいってしまった。それは運悪くもくだんの3年女子の頭部に直撃。彼女は転んで膝を擦りむいた。


「その先輩も運動神経が悪いな。かわしたりできなかったのか?」


「友達が陸上部にいて、ぼうっとその練習風景を眺めていたらしい。その視界外からの球だったんだ」


 駆け寄ってサッカーボールを拾った早坂は、彼女が怪我していることに気がついた。そこでキャプテンに断りを入れて、その人を保健室に連れて行ったそうだ。


「どうもそのとき、彼女――池田真理奈(いけだ・まりな)先輩は俺に惚れたらしい。一目惚れって奴だ」


 一目惚れって……まるっきり俺の文奈に対する恋の落ち方と一緒じゃないか。


「そのときはそうだと知らなかった俺は、真理奈先輩から請われて学年とクラス、名前を教えたんだ。で、まだ部活があるからと、後のことは保険医の先生に任せてグラウンドへ戻っていった。その翌日の昼休みからさ。真理奈先輩が俺の教室に押しかけ、一緒に食事を取ろうって誘ってきたのは」


 行動が早いところも俺と似ている気がする。


「まあ真理奈先輩は美人だし、スタイルいいし、何で俺なんかに惚れてきたんだろうって感じだった。最初はドッキリか何かで、俺をはめて笑いものにしようとしてるんじゃないかって、そういぶかしんでいたんだ。だけど……」


「だけど?」


「今日のことだ。大分親密になってきた真理奈先輩は、明日一緒に街へ繰り出して、映画でも観ないかって誘ってきたんだよ」


「マジかよ」


「ああ、ホントさ」


 その先輩、俺と血が繋がってるんじゃないか? 思考まで瓜二つとは、他人事とは思えない。


「それでどうしたんだよ、早坂。もちろん一緒に行くんだよな?」


「困っているのはそこさ」


 早坂は盛大な溜め息をついた。ここまで困惑する友人の態度は初めてだ。


「俺、その先輩のこと、好きでも何でもないんだよな。いや、正直俺なんかにはもったいないって感じのレベル高い人なんだけどさ。でも、だからって友人以上になるかというと、どうも……」


 俺はスマホを持ったままベッドに腰掛けた。安物のスプリングがか細い悲鳴を上げる。親はこんなところでも裕兄貴と差をつけた。


「何だよ、煮え切らないな。つまり映画には一緒に行かないってことか?」


「それだよ、俺がお前に相談したいのは。もし真理奈先輩と一緒に映画を観に出かけたら、俺は彼女を好きになるんだろうか? それならそれでいい。好き同士になるなら素晴らしいだろう。でももし好きにならなかったらどうする? 彼女に期待だけ持たせて奈落の底に突き落とすことにならないだろうか?」


 早坂ってこんな面倒くさい奴だったっけ? 俺は不思議に思う。まあ昔から恋愛には(うと)いところがあったが……。って、俺が言える立場でもないか。


 でも2歳年上とはいえ女性に惚れ込まれ、映画にも誘われたら、たいていの男はホイホイついていくだろう。しかも相手が美人でグラマラスだというなら尚更だ。少なくとも俺ならそんなチャンスを見逃すはずもない。


 それにしても映画か。そうだ。こういうのはどうだろう。


「なあ早坂、明日真理奈先輩を連れて、俺たちと一緒に映画を観に行かないか? 実は俺も女の子を誘って映画に行く予定なんだ」


 早坂は吃驚きっきょうしたのか声を失った。やがて全力を振り絞るように声帯を震わせる。


「ホントかよ、河野。ダブルデートって奴か?」


「そうそう。それならたとえお前が真理奈先輩と上手くいかなかったとしても、彼女に与えるダメージは少量で済む。……うむ、我ながらいいアイデアだ」


 早坂は興味津々と、つつかなくていいところをつついてきた。


「お前の彼女、お前のことが好きなのか? もう付き合ってるのか?」


 俺はベッドに寝転んだ。少し肌寒かった。


「残念ながら、俺の独り相撲状態だ」


 早坂が電話の向こうで噴き出す。ちっ、恥ずかしい。


「河野、その彼女の名前は?」


「根津文奈。FM-7が好きな、ちょっと変わった女の子……」


「エフエムセブン? 何だそれ?」


「ああ、何でもない何でもない。じゃ、計画を立てようぜ」




 その後、文奈に4人で映画鑑賞することになったと伝えた。


「そうですか。楽しみです! その早坂さんや池田先輩とも仲良くなりたいですね」


「ああ、そうだな」


 文奈はやっぱり俺とデートをする感覚ではないらしい。うーむ……




 土曜日の朝、俺は高校通学用の駅とはまた違う、JRの大きな駅にいた。真新しいビルとデパートが隣接し、人々が絶えることなく流れている。彼ら彼女らは、年齢といい性別といいてんでバラバラだった。広場で9時に待ち合わせだが、俺は20分早く先に着いていた。一応身だしなみは整えてきたつもりだが、見落としはないだろうか、気が気ではない。


 空は薄曇だが、泣き出しそうにはなかった。どうせならからっと晴れていてほしかったが……。いや、あまり晴天だとろくなことがないのが俺の経験則だ。


 でも、文奈に初めて会ったあの日は、世界へのドアを残らず開いたような晴天だったっけ。俺の運気も手を携える天候を変えてきたのだろうか。


「お待たせしました」


 白い花柄のワンピースにカーディガンを羽織った文奈が、小走りに駆け寄ってきた。俺の前で急停止すると、息が切れたか中腰になる。俺はその姿に見とれて、口を利くのも忘れていた。


「まだ9時前だったと思いますが……」


 可愛らしい腕時計に視線を落とす。俺は硬直から脱し、苦笑した。


「全然待ってないよ。時間前だし」


「そうですか。よかったです」


 文奈は両手で顔を扇ぎつつはにかんだ。


「私の服、おかしくないですか?」


「大丈夫。よく似合ってるよ」


「本当ですか?」


 安堵したように肩の力を抜いた。きょろきょろと辺りを見回す。


「早坂さんと真理奈先輩は?」


「まだのようだな。少し待とうか」


 それほど時間はかからなかった。やがて紺の長袖シャツにチノパンの早坂が、ベリーショートで眉目秀麗なパーカーの女子と共に現れたのだ。無論この女性が池田真理奈先輩だろう。通う高校が違うので、俺と早坂以外は初対面だった。


「初めまして! 根津文奈と申します!」


 いきなり頭を下げたのは俺の相棒だった。ボサボサの赤いショートカットが一斉に浮き上がって沈む。整髪料は使っているのかいないのか……


「あなたが河野君のパートナーね」


 真理奈先輩の気さくで鷹揚(おうよう)な態度に、面を上げた文奈が笑顔を閃かせる。


「はい。今日は4人で楽しみましょう!」


 早坂が俺に顔を寄せてこっそり耳打ちした。


「何だよ河野、ずいぶん可愛い娘さんじゃないか。彼女がお前のどストライクってわけだ」


「そっちこそ本当に綺麗だな、真理奈先輩。どうしてお前はそう平静でいられるんだ?」

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