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0022レトロPCガール

 ううむ、そういうものかな。そうだろうな。


「分かりました。じゃ、森羅さんの家に集まりましょう。あそこ近いし。俺は根津さんと森羅さんを、中川先輩は妹さんを、それぞれ誘いましょう」


 かくして20分後、俺たち5人は八覇のPC88部屋に集っていた。今日はジャスミンティーにビスケットが出された。持ってきたのは黒服たちだが、彼らは家事も行なっているのだろうか。


 八覇が立ち上がり、座ったままの俺たち4人を前にして、改めて確認した。


「勝負はゴールデンウィークのこどもの日、この屋敷で行なおうや。FMやX1の機材は持ち込みや。黒服が安全な運搬を約束するから、重たい思いはせんで済む。で、敏之が選んだ審査員1名が、くじ引きで決まった順番に各機種のデモンストレーションプログラムを観賞する。デモの時間は各自3分。それを超えたら減点や。全て終わったら、審査員の判断によって順位を決め、1位になったもんが好きな同好会を立ち上げる。これでどや?」


 案の定、慧玖珠が不満を呈した。


「河野さんはFM同好会の息がかかった人物だわ。その人が選んだ審査員なんて信用できないわよ。FM-7に好意的なジャッジをしかねないし」


 俺は反駁(はんばく)した。


「大丈夫、そんな奴じゃないよ。そもそも8ビットパソコンに何の興味も持ってないようだし」


「ほんとかしら」


 慧玖珠は納得しない。慧夢是先輩が助け舟を出した。


「河野さんが選んだ人です……。信用していいと思いますよ……」


 慧玖珠はビスケットを口の中に放り込んだ。不満と共にがりがり噛み砕く。


「分かったわよ。じゃあそれでいいわ。どうせFM側の人間でも、X1の素晴らしさを目の当たりにすれば、鞍替えするに決まってるんだから」


 八覇は思い出したように付け加えた。


「それからエミュの使用は禁止やで? CGグラフィックスを使う場合は各自実機で計算させること。ええね?」


「もちろんよ」


 文奈、慧玖珠、八覇の3人の視線が交錯し、火花を散らせた……ような気がした。


 FM-7女子高生は視線を落とし、湯気の立つ紅茶をすする。「あの……」と、八覇に面を上げた。その眼光はいつもの穏やかなものに戻っている。


「それにしても前から気になってたんですが……。森羅さんはどうしてPC88を選んだんですか? 私はお爺様の無念を受け継いだから、中川さんはデザインに惚れ込んだから、中川先輩は妹の貰った『パソコン』なる玩具が欲しかったから、なんですけど」


 八覇は『ヴェイグス』というロボットアクションゲームをプレイしながら答えた。ゲームアーツという会社の作品らしい。


「あたしは完全におとんの真似や。おとんが中学時代からPC-8801シリーズの本体やソフトを集め始めてな。とにかく金はぎょうさんあったから、湯水のごとく投資したんや。その結果、こうして88部屋が出来上がったんやね」


 喋りながら、PC-8801MCの液晶画面では自機と敵機が入り乱れる。


「で、あたしが物心ついて、自分の家の芸術品関係を色々調べたりした際に、この――といっても前の住居のやけど――88部屋を発見して、どっぷりはまり込んでしまったんや。8ビットパソコンの覇者、88の世界は、それはごっつうおもろかった」


 ロボットがダメージを受けて壊れていく。


「それからは当時の雑誌を読み、プログラムを打ち込み、豊富な市販ソフトを遊び……。充実した88生活を送って来れたわ。ほんま、おとんのおかげや。感謝しとる。今でも親子水入らずで88を遊んだり、レトロイベントに出席したりしとるわ」


 俺は耳慣れない言葉に、反射的に尋ねた。


「レトロイベント?」


「せや。主に秋葉原のビルのスペースで、マイコンゲームや同人誌、グッズなどを購入したり、当時のマイコン実機で遊べたりできるお祭りや。定期的に開催しとるんやで。客層は40代以上のおっさん連中が多いけどな、子連れもたまにおる。当時少年少女だったマイコンユーザーは、お互いの無事を確認して喜んだり、ネットで知り合った同好の士と初対面してはしゃいだりしとるわ」


 とうとう自機が倒された。八覇はコントローラを放り投げると、両手を上げて万歳の格好をした。


「それはともかく、88は親子の絆も確かめられる、いい機械や。出会ったことは最高の幸せやった。あたしはその感激を将来のあたしの子らにも伝えるべく、こうして毎日88漬けというわけや。それがあたしの『理由』やね」


 話を聞いていて、俺は疎外感を覚えた。文奈はFM-7、慧玖珠はX1、慧夢是先輩はMZ-700、八覇はPC88。みな、自分が熱中できるものを持っている。だが俺にはそんなものはない。俺は文奈に一目惚れして、何とか近づきたくて、彼女のFM-7同好会に賛意を示したまでだ。


 俺ははっきりした孤独に包まれていた。同時にみなを羨ましく思った。この勝負が終わった後、どれになるかは知らないが、ともかく同好会が出来上がり、俺はその成員となる。その時、俺は青春を懸けてもいいような熱い趣味を持てるのだろうか。そんなことが、俺の身にも起こるのだろうか?


 八覇がこれは美味そうにコーヒーを飲んだ。豊富な茶髪を、今日は無骨な銀の髪留めで押さえ込んでいる。綺麗だった。


「デモンストレーション対決について、何か質問があれば今申し出てくれてええで。後で『想像していた内容と違った』とか言われても付き合いきれへんからな。どや、文奈」


 文奈は顎を拳に乗せ、やや思案してから口にした。


「FM77AVを2台同時に使用するのは駄目でしょうか。『WHG-PLAY』というソフトで、FM音源とPSG音源の演奏を倍化させたいのですが」


 八覇は苦笑して首を振った。


「あかんやろ。そんなことしてたら何台使用してもオッケーになってしまうやろが」


「そうですか……」


 慧玖珠がしなやかに挙手する。流麗な動作だった。


「使用する機種はシリーズものならどれでも構わないのね?」


 八覇は大きくうなずきながら即答した。


「そらそうや。もちろん皆、最高の機種で勝負することになるやろな。あたしはもちろん、このPC-88MCでいかせてもらうで」


「CD音源を使うつもりね。汚いわ」


「そんなこと言うても、CD音源を使用できる機種が販売されておるんやから仕方ないわな。恨むんなら自分とこのメーカーを恨むんやな」


 文奈がいきなり立ち上がった。制服のスカート丈は長く、おみ足はほとんど見えない。


「審判も決まったことですし、こうしてはいられません。私はこれでおいとまさせていただきます。もう勝負は始まっているのですから」


 慧玖珠もコーヒーカップを受け皿に叩きつけるように置いた。両目が炎に燃えているようだ。


「私も時間が惜しいわ。構想を練って早速プログラミングしないと。じゃ、帰らせていただくわ」


 八覇はわくわくしている様子だった。


「二人とも真剣やな。じゃ、今日はここでおさらばしようや。あたしも腕によりをかけて傑作を作らせてもらうで」


 文奈は俺を、慧玖珠は慧夢是先輩を引き連れて、部屋から出て行く。一人取り残される格好の八覇は、ドアが閉まる前にちらりと覗いた限りでは、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で手を振っていた。

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