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0021レトロPCガール

「X1には電波の『ZENON』も『SOFIA』も『GATE OF LABYLINTH』もあるんだから! FM-7にはどれもないじゃない!」


「FM77AVにはゲームアーツの『シルフィード』があります! ザカリテの音声合成の台詞、聴いたことないでしょう?」


 俺は顔の右半分を平手で押さえ、長い息を吐いた。


「……おい森羅さん、何とかしろ。あの二人を大人しくさせるんだ」


「せやな」


 八覇は方針を転換して重い腰を上げると、音高く両手を打ち合わせた。文奈と慧玖珠が電気を遮断された機械のように停止する。八覇の方へ顔を向けた。


「文奈、そんなにFM-7が好きか?」


「当然です」


「慧玖珠、そんなにX1が好きか?」


「当たり前よ」


 八覇はいたずらっぽく人差し指を立ててみせた。


「なら、勝負しようや」


「勝負?」


 文奈と慧玖珠が目をしばたたく。八覇は腰に手を当てた。


「せや、勝負や。そうやね、各自自分のパソコンでデモンストレーション・プログラムを作るっちゅうのはどうや? それを審査員に見てもろうて、平等に判断してもらう。で、優劣を付けて、一等賞のパソコンとその保持者が、自由に同好会の名前と活動内容を決めるんや。負けたもんは恨みっこなし。どや?」


 文奈と慧玖珠はどう判断していいものか決めかねたか、相手や八覇に視線をさ迷わせる。しかし決断は早かった。慧玖珠が胸を反らす。


「いいわ。その勝負、受けてあげる。私のX1がFMごときに負けるわけないもの。私が勝って、『X1同好会』をこの五人で立ち上げるわ」


 文奈も負けていない。


「私も承知しました。FM-7の性能をフルに発揮したプログラムを組んで、観客の心を鷲掴みにしてみせます。『FM-7同好会』こそ至高なのですから」


 八覇は片腕を挙げた。いたずら好きの子供のような笑顔だ。


「ちなみにその勝負、あたしもやらしてもらうで。愛機のPC-8801MCで、最高のショーをお見せするから。あたしが勝ったら『8ビットマイコン同好会』ってことで、一つよろしく」


 ここまで計算ずくとは恐れ入った。八覇は意外に謀略家だ。


 というか……


「なあ森羅さん、『デモンストレーション・プログラム』って何だ?」


「何や知らんのかい。当時のマイコン業界では、店頭やショーウインドウにマイコンが設置され、その機種の基本性能を示すデモ・プログラムが実行されていたんや。画像描画能力、音楽演奏機能、計算速度が訪問客に理解されるようにな。グラフとか漢字、自然画の描写は基本中の基本やったね。それを見て、客が購入する機種を検討するっちゅうこともあったんや」


 なるほど、それを作って出来を競うってわけか。


 慧夢是先輩が、ここだけ修羅場から外れたように、のんびり茶をすすった。


「あの……。審査員はどなたにするのですか……? 私は慧玖珠をえこひいきしてしまいそうで……とても無理です……」


 慧玖珠は耳にかかる髪をかき上げて笑みを放った。清涼な声が零れ落ちる。


「その態度はとても立派に思うわ、慧夢是姉さん」


 八覇は首をひねった。脳の記憶巣を刺激して人物リストをめくっているようだ。


「せやな……。できるだけ先入観のない、誰にも(かたよ)らん人がええなあ」


 俺は不意に一人の人物を思い浮かべた。あいつなら……。俺は口を開いた。


「それなら心当たりがある。明日にでも一応聞いてみるよ」


「ほんまか」


 文奈と慧玖珠が火花散る視殺戦を展開している。


「絶対に負けません」


「私が勝つわ。決まっているもの」


 勝負が決まった後、この二人は仲良く一緒の同好会に収まってくれるのだろうか……




 翌日、俺は家を出た。またマンション隣のガキがリフティングにいそしんでいた。大分上達している。20回は連続で落とさず出来るようになっていた。彼は俺を見てにかっと笑った。俺は苦笑すると登校の途に着いた。




 藤之石高校に到着すると、心地よい暖かな風が吹く中、窓際の席に座っているある人物に声をかける。


「宇院、ちょっと話があるんだけど」


 そう、俺が心当たりあると言ったのは、PC狂の宇院銅豆のことだったのだ。


「何か用?」


 タブレットを操作する手を止め、気だるげに片耳のイヤホンを外す。相変わらず眠そうな目だ。


「実は……」


 俺は事の顛末(てんまつ)を述べた。銅豆はほう、と溜め息をついた。


「なるほどね。それで僕に判断してもらおうってわけか」


「そう、宇院なら偏見なく審査してくれるだろうと思ってさ。どうかな?」


「いいよ」


 宇院はあっさり了承した。こちらの気が抜けるぐらいだった。


「8ビットパソコンのデモなんて高が知れてるけどね。でも80年代じゃない、今現在の感性で、そうしたものを作るとしたら、果たしてどういうものが仕上がってくるのか。これはちょっと興味がある」


 改めて言い直した。


「いいよ、審査員の役、やらせてもらうよ」


 俺は心から安堵した。


「ありがとな」


 それにしても、と思う。


「宇院はパソコン部に入ったのか?」


 宇院は首を振った。


「入ってないよ。何で?」


「日がな1日タブレットをつついてるぐらいだから、WINパソコンもお手の物なんだろうな、と思ってさ。でも宇院が部活動に向いているとも思えないし。帰宅部なんだ?」


「まあね。パソコン部の活動って、どうせWINパソコンの市販ソフトを適当にいじって自己満足に浸るだけだろ。それならハッキングの方がよっぽどスリルがあるし楽しいよ。それに将来ウイルス駆除ソフトを制作している会社に就職もできるだろうし。パソコン部なんて、入ったところで何の意味もないね」


 ずいぶんドライな見方だ。俺はパソコン部の面々に同情した。銅豆が純粋な瞳で尋ねてくる。


「それで、勝負はいつの日なんだい?」


「一応ゴールデンウィークの終わり頃って話に落ち着いたけど」


「じゃ、楽しみにしてるよ。話はそれだけかい?」


「ああ」


「悪いね」


 銅豆はイヤホンを再び耳に差し込むとタブレットの画面に戻った。もうこちらへの関心を全て失ってしまったかのように、自分の世界に没頭する。つくづくマイペースな男であった。




「宇院銅豆さん、ですか……」


 帰宅準備に忙しい2年C組の教室で、俺は慧夢是先輩を捕まえて話しかけていた。審判が銅豆に決まったことをあらかじめ知っておいてほしかったからだ。直接ぶつかり合う文奈、慧玖珠、八覇に審判が誰か知られてしまうと、彼女らの内の誰かが銅豆を懐柔しようとするかもしれない――そんな危険性はあまり考えられなくとも、だ。


 だから、X1同好会立ち上げに尽力しているが、勝負自体には直接関わらない慧夢是先輩にのみ、審査員を告げておきたかったのだ。後でころころ審査員が変わったりすることはないですよ、という俺の姿勢を訴えたかったのである。


「承知しました……。文奈さんや慧玖珠、八覇さんに教えては駄目なんですね……?」


「はい、駄目です」


「なるほど……」


 細い曲線を描く指が顎をつまむ。一服の絵画のように美しかった。


「そうですね……、審査員が誰とは言わないまでも、決まったこと……、私たち二人が承知していることは三人に伝えておいたほうがいいですね……」

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