0020レトロPCガール
その後流れるデモ画面を凝然と見守りながら、文奈は悔しそうに膝上の両拳を握った。
「FM77AVにも出してほしかった……」
どうやらこの『ドラゴンスレイヤー英雄伝説』というゲーム、FM-7シリーズ向けには発売されなかったらしい。パッケージには開発元らしい『日本ファルコム』との名前が書かれている。確か慧玖珠が優越感たっぷりに文奈を見下したのが、やはり日本ファルコムの『ソーサリアン』がX1に発売され、FM-7には発売されなかったという事実だった。
どうもこの日本ファルコムのソフト、FM-7シリーズ向けにはあまり出ていないらしい。それがどうしたという気持ちだが、文奈にとっては痛恨事であるらしかった。
その後、ゲームが始まった。
内容は『ドラゴンクエスト』のような有名ロールプレイングゲームに似通っていた。文奈がキーボードを叩き、敵であるスライムを倒していく。それは良かったのだが、脇で見つめる八覇がうるさ過ぎた。
「ほれ、そこ! 何で回復しないんや? ああ違う、そっちの道やない! 何や、あほちゃうか?」
俺はうんざりしながら頭を掻いた。彼女はさっきからこの調子なのだ。
「なあ森羅さん、ちょっと静かにしてくれないか? 根津さんも迷惑がってるし」
「私は別に構いませんよ」
文奈は俺に気を使いつつ、笑顔で否定した。
「ゲームを遊ぶのも、他に人がいたら騒がしくて楽しいですし」
八覇は勝者のコメントを紡ぎ出し、俺を見下した。
「ほれほれ、文奈もこう言うてるし。えっと……」
「河野敏之」
「そうそう、敏之もうるさく応援したらええんや」
そこで部屋のドアがノックされた。八覇が「ええで」と招き入れる。ドアを開いて現れたのは黒服の男の一人だった。銀の台車を押してきたらしい。何か載っている。
「おつまみとお飲み物をお持ちいたしました。それからお客様二名がお着きになりました」
お客様? 一体誰のことだろう?
「ほなその人たちをこの部屋に連れて来てえや。食いもん飲みもんはこっちで勝手にいただくわ」
「かしこまりました」
黒服は一礼すると、きびすを返して立ち去っていった。八覇は思い切り腰を伸ばすと、ドアのところまで行って台車の中身を吟味した。俺も立ち上がり、八覇同様脇から覗く。
銀の台車にはやたら大きなケーキやスナック菓子、チョコレート、飴、煎餅、饅頭、餅、菓子パンなどなど、豊富なお菓子が満載されていた。下の段には複数のポットと逆さになったグラスが用意されている。八覇は迷うでもなかった。
「お茶と饅頭でええな?」
文奈は「お構いなく」と返す。俺と八覇は目当ての物をトレイに載せ、テーブルへ運んだ。これ、残った菓子は『全てスタッフがおいしくいただきました』となるのだろうか?
ゲームを進めながら、出された饅頭を食べる。玉露といい肉まんといい、我々庶民には恐れ多いほどの美味さだった。何なら俺はゲーム観賞もそっちのけで、夢中でスイーツ群を頬張った。
そしてそれほど待つまでもなく、くだんの二人はやってきた。
「あら……。またお会いしましたね……」
「何よ、あんたら。八覇の友達なの?」
俺は仰天して、お菓子が喉に詰まってむせ返った。なんと2人の客とは、『X1同好会』の中川慧夢是、慧玖珠の姉妹だったのだ。二人はドアのところで佇立する。文奈が立ち上がって八覇を非難した。
「これはどういうことですか? 私たちを会わせるなんて。何か目的あってのことですか?」
八覇は子供のように笑った。無邪気極まりない。
「いやあ、仲が悪いことは知っててん。せやから会わせたらおもろいやろな、と」
文奈と慧玖珠が同時に叫んだ。
「森羅さん!」
「八覇!」
「冗談や、冗談」
俺は急激に悪化する室内の空気に――というより、文奈と慧玖珠の対立に危険を感じ、緩衝材になろうとした。
「中川と中川先輩は、森羅さんの知り合いなのか?」
慧玖珠は少々忌々しげながら簡単に認めた。
「そうよ。3日ほど前に、八覇に誘われてこの屋敷に来たの。PC88を散々自慢されたわ。何よ、シェアが最大だったからって調子に乗って。でもまあ……」
広い室内に首をめぐらす。悔しそうに言った。
「確かにこの対応ソフトの本数は羨ましいわ。そこだけは認めてあげる。でも勘違いしないで。パソコンはハードの性能とデザインこそが正しい物差しだから。野暮ったいPC88なんて論外よ」
「きっついなあ、慧玖珠は」
八覇はお腹を押さえて笑った。慧玖珠も大概にしてほしい。文奈に対し『ソーサリアン』の発売を自慢していたのはどこのどいつだ?
「それにしても遅かったやね、二人とも。学校で何かやってたん?」
「担任の先生にX1を安全に置いておける部屋を探してもらってて……、少し下校が遅くなりました……」
「見つかったん?」
「いえ……、めぼしいスペースはありませんでした……」
「まあそやろな。というか、たった2人で同好会の体さえなしとらんX1同好会じゃ、先生も本気にはなれんやろな」
八覇が文奈に笑顔を向ける。
「FM同好会も2人しかおらんよな」
「はい」
八覇は腕組みし、大きく首肯した。
「そしてあたしの『88同好会』もあたし1人だけや。つまり、同好会の成員である五名には、どいつもこいつも程遠いっちゅうわけやね」
俺は八覇の言わんとしていることが把握できず、無駄に立ち尽くした。こういう回りくどさは俺の天敵だ。
「何が言いたいんだ、森羅さん。率直に言ってくれよ」
「つまりや」
彼女は両手を翼のように左右に広げた。そのまま飛んでいってもおかしくない雰囲気だ。
「8ビットパソコンの愛好者という視点で見ると、ここにはあたし、文奈、敏之、慧夢是、慧玖珠の五人がおる。五人おるっちゅうことや」
「……?」
「そう、同好会の結成に必要な五人が既に集まってるんや。何もいがみ合わんでもええ。そうやね、『8ビットパソコン同好会』あたりの名前で、同好会申請した方があたしらのためやない?」
なるほど、そういうことか。俺はたちまち理解した。まさにこの申し出のために、八覇は俺たちを自宅に誘ったのだ。慧玖珠と慧夢是先輩と共に。
文奈と慧玖珠が再び同時に叫んだ。
「ありえません!」
「嫌よ!」
予想された反応を一歩もずれていない。文奈が激しく首を振った。
「FM-7同好会なら分かりますが、X1やPC88と組んでの同好会だなんて、私は真っ平ごめんです!」
慧玖珠も顔に血をのぼせて抗議する。黒い前髪を手で払いのけた。
「それはこっちの台詞よ! 誰が富士通女と仲良く手を繋ぐもんですか!」
「何ですか! 富士通を馬鹿にしないでください!」
「何よ! 所詮御三家の最後尾のくせに!」
八覇は二人の激突を引き起こしたことに責任を取るつもりはないらしい。面白そうに見物しながら茶を飲んだ。
「まあまあそうカッカせんといてや」
慧夢是先輩は饅頭を頬張り、文奈と慧玖珠のいがみ合いを柔らかい笑顔で観賞している。マイペースだな、この人。
二人はまだ何かぎゃあぎゃあ言い合いしていた。




