0013レトロPCガール
「MZ-700って、これも8ビットパソコンですか?」
「はい……。X1と同じ、シャープのパソコンです……」
一つの会社で複数の製造ラインを持っていたということか? シャープは太っ腹だ。……いや、単に対象とする客層を複数見据えていたということなんだろう。なかなか商売上手だな、シャープ。
「何でまた、そんな古いパソコンの同好会を創始しようとしてるんですか? いや、まあ俺もFM-7同好会とかやってますが」
慧夢是先輩は祈るように両手を組み合わせ、目を閉じた。清らかで気高さがある動作だった。
「妹がX1に惚れ込んだのは……彼女が12歳の時でした……」
慧玖珠の奴、そんな歳にグッドデザイン賞のホームページを見てたのか。X-1だけでなく普通のパソコンも使うんだな。
「お父さんの中川師屋夫、お母さんの中川目付は……、さっそくオークションサイトでX1turboを落札し……、慧玖珠に与えました……。それが私にはとてもうらやましくて……、私も何か8ビットパソコンが欲しいと……、両親にすがったのです……」
どんな家庭だよ。
「高価なパソコンでなくてもいい……、私だけのものになってくれる、個性的なパソコンが欲しい……、私はそう願いました……。そして両親は……、私にピッタリな機種を買い与えてくださいました……。それがシャープのパソコン……『MZ-700』だったのです……」
慧夢是先輩は両手をほどき、目を開けた。釘付けになりそうな微笑をたたえている。
「きっと河野さんにも気に入っていただけると思いますわ……。どうです……? 今日の放課後、私の家にいらっしゃいませんか……? MZ-700が歓迎してくれますよ……」
この短期間で女の子の自宅お誘いは2度目。ひょっとして俺死んじゃうの?
「一応俺、根津さんと一緒にFM-7同好会結成を目指して活動している最中ですから。俺一人で行くのはちょっと……」
しかし、こののんびり屋さんの慧夢是先輩が愛する8ビットパソコンか。好奇心が執拗に刺激される。
「……ああ、でも見てみたいな、MZ-700」
俺が未練がましく言うと、慧夢是先輩は更ににっこり微笑んだ。
「なら、根津さんもお誘いしましょう……。慧玖珠のX1同好会も……、私のMZ-700同好会も……、根津さんと河野さんのFM-7同好会も……。別に愛する機種が違うだけで……、情熱の方向性は一緒ですから……」
俺は理解と納得を首肯で示した。そうそう、慧玖珠とは敵対しているけれども、マイコンへの飽くなき探究心は文奈も彼女も一緒だ。
「そうですよね。じゃ、後で根津さんを誘ってみます。オーケーするかどうかは分かりませんが……。とりあえずどっちに転んでも、放課後に2年C組の先輩のところへ行きますから」
「はい……。分かりました……」
俺は早速教室に戻り、文奈に事の次第を詳述した。彼女はMZ-700がどんな機種か熟知しているらしく、すぐ乗り気になった。
「MZ-700は面白い機種ですよ。今ならスマホで動画も見れますし」
そうなのか。俺は自分の携帯を取り出そうとしてやめた。学校内での私的なスマホ使用は校則で禁じられいる。それをいうと銅豆のタブレットはもろに違反だが、彼はそれを一人いじくる姿がすっかり通っていて、もはや誰も注意しない。慣れとは恐ろしいものだ。
ともかく、俺は文奈に口を開いた。
「じゃあ俺も放課後にスマホでチェックしてみようかな」
文奈は悪だくみをしているような笑顔で制止してきた。
「どうせ中川先輩に見せていただくんですから、お楽しみは後に取っておいた方がいいですよ」
彼女はいたずらを仕掛けた童女のようにくすくす笑う。俺はその様子に首を傾げた。はて、MZ-700とやらは、いったいどんなパソコンなんだろう?
放課後、俺と文奈は慧夢是先輩と合流し、彼女の家に向かった。慧夢是先輩は女の子の友達に人気があるらしく、校門を出るまで彼女らの挨拶が治まることはなかった。俺が「人気者ですね」と話を振ると、慧夢是先輩は「どうでしょうね……?」との感想を漏らした。
電車の上りで4駅のところに彼女の、そして慧玖珠の家はあった。団地住まいのようだ。階段を上がる際、年配の夫婦らしき人たちとすれ違う。
「あら、こんにちは」
「こんにちは……」
慧夢是先輩が道を譲った。慌てて俺たちもそれにならう。二人連れはぺこぺこと頭を下げて下りていった。俺は何となしに気持ちが良くなる。
「ここです……。403号室です……」
辿り着いた部屋は、俺の住むマンションや文奈の住む一軒屋と違って酷く狭かった。玄関を抜けてすぐ洗濯機があり、右の奥はどうやらトイレと風呂場らしい。
「ここが私と慧玖珠の部屋です……」
ふすまで仕切られた小部屋は2段ベッドが置かれ、窓際に背中合わせに勉強机が設置されていた。慧夢是先輩が立てかけてあった紺色の座布団を2枚、絨毯の上に敷く。
「お座りください……。それじゃ、MZ-700を出します……」
これはまた別のふすまを開くと、大小様々な透明プラスチックの収納箱が現れた。衣類が入っているようで、ややぼやけながらもその色と輪郭がうかがい知れる。下着も入っているらしく、何となく直視できなかった。慧夢是先輩はその隣の大きなダンボール箱を取り出す。重いらしく、難儀していた。
「手伝います」
俺と文奈は悪戦苦闘している慧夢是先輩に協力する。どうにか絨毯の上に静かに下ろした。
「ありがとうございます……」
慧夢是先輩は心底嬉しそうに微笑む。そして珍しくてきぱきと、箱の中の内容物を取り出し始めた。
「私のMZ-700はMZ-731……、つまりカセットレコーダーとプロッタプリンタが内蔵されている最上位タイプです……」
そのMZ-731は、やたら分厚く大きい、白いキーボードだった。本体奥の方に黒色の別の機械が内蔵されている。俺の視線に気付き、彼女は解説した。
「真ん中がプリンタ、右がカセットレコーダーです……。ツイッターで知り合ったおじ様の元へ、時々修理に出しています……。何しろ年代物で、壊れやすいですから……」
文奈が驚愕混じりに感嘆する。乾いた唇を舌で湿らせて、つくづくと眺めた。
「これが実物のMZ-700なんですね。初めて拝見しました。本体とキーボードが一体型なのはFM-7も同じですが、オプションまで内蔵されているなんて……。凄いです」
慧夢是先輩は液晶モニターを見やすい位置にセットした。電源などの各種ケーブルを接続する。いつものんびりしている彼女からは考えられないほど、その動きは俊敏かつ的確だった。
「まずは挨拶代わりに……、電波新聞社の『マッピー』を遊びましょうか……」
その台詞に、文奈が両手を打ち合わせて喜んだ。双眸がきらきら輝く。
「生であれが見られるんですか? 来た甲斐があったというものです!」
凄い食いつきぶりだ。はて、MZ-700の『マッピー』とはどんなゲームなのやら。
慧夢是先輩は勉強机の引き出しを開け、小さな箱を掴み上げた。ネズミの警官のイラストがある。これが『マッピー』か。それにしてもまた電波新聞社のソフトか……。俺は何となくつぶやいた。




