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0012レトロPCガール

「勉強不足ね。『テクノポリス』誌のパッチファイルを使うとオプション4個に長いレーザーを装備できるのよ」


 本当にこの二人、2000年代生まれなのだろうか。藤之石高校のここだけ切ってみれば、まるで1980年代真っ只中であるかのようだ。俺たち高校1年生には噂としてしか知られていない『バブル期』、その狂騒の片鱗(へんりん)が、今まさに眼前に展開していた。頼んでもいないのに……


 と、その時。


「あら、慧玖珠……ここにいらしたのね……」


 柔らかな、気品を感じる優しい声だった。校舎側から現れたのは、清楚という言葉を人に置き換えたような、ある種はかなげな人物だった。


 肩に触る程度の黒髪は綿菓子のように膨らんでいる。茫漠たる顔は慈愛に満ちていた。慧玖珠ほどではないが、こちらも衆に抜きん出て容姿に秀でている。俺たちににこやかな笑顔を見せた。


 慧玖珠が毒気を抜かれた体で彼女に話しかける。


「今大事なところなのよ、慧夢是(えむぜ)姉さん。何か用かしら?」


 どうやらこれが慧玖珠の姉らしい。ということはX1同好会員2人がここに揃ったということになる。慧玖珠より年上なのに、慧夢是先輩の方が若干若々しい雰囲気をかもし出していた。


 慧夢是先輩は妹の問いかけにのんびりとした口調で答えた。


「X1同好会の打ち合わせをしたいと思いまして……でも教室に行ったらいなくて……それであちこち歩いてみていたところです……」


「姉さんってば、相変わらず適当なんだから……」


 慧玖珠は呆れ返っていた。慧夢是先輩が文奈と俺に今ようやく気がついたとばかり、交互に視線を投げかける。


「この方たちはどなたですか……? ひょっとしてX1同好会に入会希望の方ですか……?」


 文奈は仏頂面で、強くきっぱり否定した。


「違います」


「それでは、いったい……?」


「私、根津文奈と河野さんは『FM-7同好会』です!」


「あらまあ」


 慧夢是先輩は両手を胸の前でゆっくり合わせた。


「私としたことが……とんだ早とちりでした……」


 この人がお菓子なら相当甘いだろう。食べたらすぐ虫歯になるんじゃないか。そんなくだらないことを俺は考えた。


 慧玖珠が敵愾心(てきがいしん)を失ったとばかり、きびすを返して俺たちに背を向ける。


「行こう、慧夢是姉さん」


 すっかり冷静さを取り戻した口調だった。慧夢是先輩の登場が、燃え上がっていた炎に冷水をぶちまけたようだ。もちろん文奈が怒鳴って追及する。


「まだ謝っていただいてませんよ、中川さん」


 慧玖珠は片手を挙げてひらひらと振り、関心が消えたようにぶっきらぼうに応じた。


「はいはい、ごめんなさい。もうマジックで塗り潰したりしないから許してください」


 不真面目に謝ると、慧玖珠は慧夢是先輩ともども校舎内に戻っていく。振り返りもしなかった。


 それと歩調を合わせるがごとく、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。俺は空腹を手で押さえる。そういえば食事の最中だったっけ。


「俺たちも帰ろう、根津さん」


 文奈は両腕を脱力し、大きく溜め息を吐いた。決闘は終わったのだ。勝者不在のまま……


「そうですね。それにしてもX1同好会……。私たちを馬鹿にしてるんじゃなく、本気であの8ビットパソコンを広めようとしていたんですね」


 かすかに相好を緩める。その両目に闘志の炎がまたたいていた。


「ライバルはライバルですが、何となく仲間のような気もします。……私たちも負けずに頑張りましょう、河野さん!」


「ああ」


 俺は気安く請け合った。初めは単なる一目惚れだったが、FM-7に一途な文奈のひたむきな姿は、確実に俺の心を虜にしていた。




 しかしさすがに、8ビットパソコンの同好会へ入会しようという奇特な人間は、そう簡単には現れなかった。1年生たちは自分たちが所属する部活を早々と決めてしまい、そうなれば当然ながら、別の部活や同好会などに首を突っ込もうとしなくなる。俺と文奈は朝の勧誘活動を打ち切り、ただ掲示板に、誰にも必要とされない張り紙を定期的に貼り付けるぐらいしかやることがなくなった。


 その辺の状勢はX1同好会も同じらしい。慧玖珠がそのデザインをべた褒めした『X1turbo』の写真と共に、相変わらず同好会勧誘の張り紙が掲示板に出されている。


 あと三人。あと三人集まれば、同好会が結成できるのに……


 その日も俺は、新しく作った張り紙を貼りに、1階掲示板の前へやってきた。一応この掲示板が最も生徒たちの目にとまる。なにせ昇降口すぐそばであり、昼の購買への通り道にあるから、学年を問わず暇潰しに注目するものは多い。他の部活動が張り紙をやめてきている今、FM-7同好会とX1同好会は、互いに競い合うように占有スペースを広げつつあった。


 俺は前の張り紙の画鋲を外すと、紙を新しいものと交換した。一応FM-7のゲームの画面写真や本体画像を色々変えてみているが、その効果はどれほどのものなのだろうか? 俺は再び画鋲で留めるとほっと一息ついた。よし、出来上がり……


「相変わらず精が出ますね……河野さん……」


 聞き覚えのある穏やかな声は、中川慧夢是先輩のものだった。いつの間にか傍らで見上げている彼女に、俺は頭を掻いて照れ笑いを浮かべた。


「眺めてたんですか、中川先輩」


「はい……さっきから……拝見しておりました……」


 雪が溶けるような温かみのある笑顔。心を奪われてしまいそうで、俺は慌てて横を向いた。


「中川先輩もX1同好会の宣伝に来たんですか? もしそうならどうぞ。俺の方は終わりましたから」


「いいえ……違います……。これを貼りに来たんです……」


 慧夢是先輩は鞄をまさぐり、のろのろと小さな紙を取り出した。X1同好会のチラシかな?


「あ、ついでに貼りますよ」


 俺は慧夢是先輩の手から紙を受け取った。ついつい文面に目がいく。しかしそこに書いてあるささやかな文章は、俺の想像の上をいった。


「え? 『MZ-700同好会、入会希望の方は2年C組中川慧夢是まで』?」


 彼女は小揺るぎもせず、俺の驚愕をすまして見つめている。


「意外ですか……?」


 俺は当然とばかりに点頭した。


「だって中川先輩、あの中川……妹の慧玖珠と一緒に、X1同好会を立ち上げようとしているんじゃなかったんですか?」


 慧夢是先輩はこともなげに答えた。


「ええ、そうです……」


 俺はまぶたを幾度か開閉しなければならなかった。どういうことだろう?


「それとも、もうX1同好会は、同好会に必要な人員、顧問、部室を確保したってことですか?」


「違います……」


 俺ははたと気付いた。これは掛け持ちではないか? X-1同好会と、MZ-700同好会の……。俺がそう尋ねると、果たして彼女はうなずいた。


「そうです、掛け持ちです……。X1同好会を設立することには全面的に協力して……、私は私で趣味のMZの同好会を作れたらいいな、って……。1年の時からそう思って活動してきたのですが……、この1年間で賛同者はただの一人もいませんでした……」


 ずいぶん気の毒な話である。何だか俺たちFM-7同好会の行く末を暗示しているようで、心が暗雲で塞がった。

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