知らない人でも美人ならホイホイ着いていきますよ
博物館は、いくつになっても興奮します。子供がメインでも、やっぱり面白い。
ある日、昼下がり、占い師に、騙された。
その結果て~ん~し~さまに~、お説教殴られた~
森のくまさんっぽく歌ってみたら、ほんとにキリエルに頭を殴られた。
「痛ぇ‼」
「当然でしょう? 痛くしたんだから」
俺が可哀そうなことに、占い師に変な紋章を手に付けられた翌日。キリエルは、その日のバイトを知り合いに頼んで交換したらしく、俺に付き添って占い師がいた辺りを調べていた。
「もうねえだろう。移動したに決まってらあ」
「確かにもういないけど、聞き込みをするしかないじゃない」
俺が指定する、占い師の机があった場所を睨む天使さま。
「こうなったら聞き込みよ、聞き込み‼」
どこから取り出したのか、安物の虫眼鏡を掲げている。探偵ものでもハマっているのか?
「聞き込みって、誰にすんだよ?」
「この時間帯はね、奥様方の縄張りよ。こういう場では、噂好きの奥様がいろいろ知っているのよ」
「なんでお前そんなことに詳しいんだ?」
「この世界に来て一週間、何もしないとわからないから、あたしなりに色々やってるのよ」
言うが早いが、キリエルは近くにいたおばさんへ猛ダッシュ、聞き込みを開始した。俺にはそんなことできねえ。かと言って、スマホなんて持ってねえから、暇つぶしもねえ。
空でも見上げて、時間経過を待つしかねえ。
んで、天使が満足するまで二時間、俺は近所の公園で寝そべっていたとさ。
「喜びなさい‼ 頼人‼」
ベンチで優雅に寝そべっているところに、盛大に顔を被せてきた。
「占い師の行方が分かったわ‼」
金髪が太陽を跳ね返すせいで、余計に眩しい。
もっとも、この時。
公園の木の裏の、変な人影に気付いていりゃ、何か変わっていたのかな。
「目撃情報によれば、大体この辺りだそうね」
「どんな目撃情報だよ」
キリエルは、さほど離れていない駅前の噴水広場でグルグル回っていた。どうやら、さっき楽しくくっちゃべっていたおばさんたちの中に、この辺にあの占い師がいたという情報提供があったらしい。
まあ、あんなおかしな恰好じゃ気付くなってほうが無理あるか。何しろ夏に近づくこの時期に黒装束だぞ? おまけにサングラスに黒帽子って、もう注目してくださいって言ってるような恰好だし。
でも、キリエルが見つけられないまま、噴水の時計が十二時の鐘を鳴らした。
「だああああああ‼」
貴重な休日の半分を無駄にした、という内容の悲鳴。ああ、他人の不幸で飯がうまい。
「んもう‼ 何なのよ‼」
あのさキリエル。恥ずかしいから、噴水の端をゲシゲシ足蹴りやめない? 恥ずかしいからさ、ホント。二回言っちゃったよ。
「そもそも‼ 渦中のあんたはなんでそんなに落ち着いているのよ‼ 血眼になってでも探すべきでしょ‼」
「天使なんだから、俺の代わりに探してくれんじゃないの?」
「あんたには主体性ってもんがないわけ⁉」
「ない」
殴られた。
「イダッ‼」
「あんたやっぱりむかつく‼」
「むかつくって……そうカリカリすんなよ」
「あんたはのんびりすぎんのよ‼」
キリエルは何やら俺の頬にぐいぐいと指先を押し付けてくる。
「そもそも‼ その手に何が施されたのかが全く分からないし! 爆弾かもしれないし! ねえ!」
「その手なら知ってるわよ」
熱く攻めるキリエルを、一瞬で冷やした一言。ピタッと止まったキリエルにつられて、俺も天使の背後に立つ人を見ると、
「うわ、めっちゃ美人」
まずひときわ目を引くのは海のようにきらびやかな青いサイドテール。太陽の光のおかげか、この世のものとは思えない青い光を放っていた。
そして、その美しき顔だち。高校生くらいだろうが、その顔つきは可愛いというより、美しいと表現するほうがふさわしい。体系も女性として申し分なく、むしろこの場で一人しかいないほうに違和感を覚えるくらい。……口説いたら落とせるかな? 俺転生者だし。
まあ、俺の考え方が彼女に伝わるはずもなく、何も言わずに俺の手をつかみ、___ここでしっかりと俺の手を見つめる彼女にドキドキしたことはキリエルには絶対知られたくねえ___彼女の手のひらを、俺にも見せた。
「「ええっ⁉」」
俺とキリエルが、同時に声を上げた。
彼女の手には、まさかの、俺と同じ紋章があった。といっても、全く同じではなく、俺の紋章は、緑色で端が跳ね上がっている一方、お嬢さんのは水色で全体的に波打っている。
パクパクと口をメダカのように開けたり閉じたりしているうちに、この子はさらにビックリ。
「貴方、転生者でしょ?」
こんなことまで言われたら、もう彼女の言うことに耳を傾けてしまう。あ、ついでに罵ってもらってもいいですよ。
すると、この美人さんは、
「ここで説明してもいいけど、場所を変えない?」
少しそそる目つきで、そう言った。
場所を変えるのはいいけど、こういう工場地帯に連れてこられるのは女性としてはナンセンスじゃない?
俺たちの生活圏が沿岸部分ってのもあるけど、この町は、少し工場が多い。この世界は最近、工場が必要なくなったみたいで、こういうところは廃工場になっている。心霊スポットになりそうだな。
とにかく、誰もいない薄暗いところに、俺とキリエルは連れてこられた。
「もう一度確認するわ。貴方は転生者で間違いないわね?」
「だから、そうだって言ってるだろ?」
いくら美人さんだからって、ここに来るまで何度も問い直されてもなあ。こっちだって嫌になる。だけどこのお嬢さんは、俺の顔もキリエルの顔も見ようともせず、じっと俺の手ばっかり睨んでいる。
「……自己紹介しておくわ。私の名前は奏瀬葵。貴方は?」
「信代頼人だけど……」
「あたしは……」
「貴女には聞いてない」
「なっ……」
無視の烙印を押されたキリエルをスルーし、この美人さん、葵は俺のそばによる。
「この烙印は、あの占い師に目を付けられた証に間違いないわ。あの占い師が目を付ける条件は、転生者であることのみ。話、聞いていなかったの?」
「逃げちまったからな」
「そう……能力も知らないわね」
「能力って?」
しかし、葵はそれには答えず、
「何も知らない初心者……潰しておくなら、今のうちね」
「へ?」
今なんつった? 潰す?
俺の耳も意地が悪いぜ。そんな物騒な間違いするなんてよ。
と、いうとこで、
葵の蹴りが、俺の体を奥の重機までぶっ飛ばした。
壁へ飛ぶ途中に俺の目が捉えた葵の目は、
明らかに敵意の目だった。