4/13 12:01
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「あんな体制じゃムリがあるだろ…」
「そうですそうです。もっと言ってやってくださいシャウアさん」
呆れ気味のシャウアさんに対して、ディルクルム・アウリオンことテルクはふふんと胸を張ります。
「ルルの秘められたぽてんしゃるが目覚めるかと思ったのです」
「かっこつけたかったって事だよな? な?」
あれが成功してカッコイイかどうかはわかりません。
「ここは一つ、スカートの中が見えないようにするためとかにしておきましょうね」
そんなやり取りをしながらひっくり返した箱の中身を再度梱包し、再度積み上げると、テルクはちゃんと膝を使ってそれを持ち上げました。
「本当にありがとうでした。どこのどなたか存じませんが、というやつです」
ちゃんとお礼を言う。いい子。でも頭を下げたら箱も崩れちゃいますからね?
正面にいたシャウアさんは斜めになった箱を受け止め、そこで気付いたテルクが「おぉ」と声をあげます。
「昔から危機感というか、注意力の足りない子でして……すみませんね」
幼かったテルクはここ四年でずいぶん成長していました。具体的には身長は私を追い抜いて、そこそこ背の高いシャウアさんの喉元くらいまであります。細い手足もひょろひょろと長く、だけど箱三つ重ねると流石に彼女でも前が見えません。
ここまでよくあの速度で走れましたね。
「まぁ、あなた私よりずいぶん発育がいいですねぇ。というか、細くて背も高くてスタイルもいいとか、モデルさんですかあなたは」
気付かれない事をいいことに成長した体を無遠慮に撫で回してやります。私だって自分の体には自信ありますよ? 寸胴というわけでもなく流れるようなぼでーらいんは自慢ですからね。空気抵抗とかすごいんです。少ない方で。
と、そこでシャウアさんは頭をがしがしとかき回して嘆息。
「どっか運ぶ途中なんだろ? 大変そうだし手伝ってやるよ」
そう言って未だ彼の方に倒れたままだった箱を二つ受け取るのでした。
テルクはそんな彼を上から下まで見つめ。
「面白い人ですね」
と。私も同意。
「同感です」
なんせ私がストーキングするくらいですからね。
褒め言葉なのですが、シャウアさんは複雑な表情。
「最近よく言われるな」
「?」
「いや、こっちの話だ。それで、どこまで運べばいいんだ?」
自然な問いだったはずなのに、テルクは「あー」と間延びした声を上げました。
「どこにもって行けばいいです?」
人に聞くことじゃない。
「俺に聞かれてもな」
「ルルにもよくわからんです。人から頼まれたのですね。おつかい係です。たしか―――」
テルクはブレザーのポケットから紙切れを取り出しました。それを広げず、シャウアさんに差し出します。
「俺がみちゃってもいいのか?」
困惑する彼に、もちろんと頷き。
「ルルは字よめないのですね。代わりに読んでくれますね?」
ちゃんとそういいました。
テルクはそもそも言葉を操るのすら怪しいまま、私とはお別れしています。文字に関しては言うまでもなく、彼女と一緒に作ったテルク専用翻訳辞書が無ければ、集落の人との意思疎通なんて出来ませんでしたから。
私は事情を知っていますが、シャウアさんからしてみれば不思議な子、という印象かもしれません。字が読めないというのはシメア・シルムでは珍しいからです。艦内ではあちこちで文字が見られますし、船で生まれれば最低でも六年は教育機関に通わなければいけません。飛び級制度があるそうですが、なんにしてもそれらは「船で生まれ育った人の場合」です。
「あんた、船の外で生まれた人か?」
たどり着く答えはそうなりますね。船の外―――地上はもはや国が違うようなものですから。
「うん? そう書いてあるです?」
「いや、わりぃ」
シャウアさんは謝罪しましたが、テルクはなんで誤られたかわからない風です。昔から理解するのがワンテンポ遅れてる子なんです。
「メモにはこうあるな。『中部二十九番倉庫にお願いします』と。あと報酬支払いの事が書いてある」
「にじゅうきゅうばん」
「……字が読めないんじゃ案内板も読めないんじゃないのか?」
「その通りです。それでルルは困ってたのでした。でも困ったら人に聞きなさいと言われていたのです」
なので聞きました。か。
「私の推測はこうです。この複雑怪奇な連絡通路で迷子になったあなたは焦りに焦って走り出し、なんで走ってるのかも忘れて爆走し、誰にもすれ違わずにここまできたと」
名推理にネコ様もフードの中でうなーと賞賛。この子の事はほんとによくわかってますからね。散々困らされましたし、ベッドの中まで一緒でしたし、夜中にお手洗いで起こされましたし、おねしょされて濡れ衣を着せられました。その後の皆様の温かい目ときたら!
「ふふふ、今ならあなたにやりたい放題できますね。決めました。今夜あなたが寝てる間に水でお布団湿らせておきます。目覚めた時精々あせるといいのです」
思いついた悪戯に思わず口元がにやけてしまいます。それを手で隠したところでシャウアさんが口を開きました。
「えっと、二十九番倉庫はこの辺であってるな。そう考えるとあんた、結構近くまで来てたんだな」
「……………」
うん? と傾げた彼に釣られてテルクのほうをみてみると、彼女の目つきが鋭くなっていました。
「ルルはあんたなんて呼ばれたくないです」
明らかに不機嫌な声。
「ルルには『ディルクルム・アウリオン』という立派な名前があります。そういう『あんた様』は何者ですか。名乗るといいです!」
テルクはいまいち偉そうに感じない言葉で上目遣いに睨み付けました。威嚇してるつもりなのか、真っ白な八重歯を戸惑うシャウアさんに見せ付けながら「うー」と唸りながら。
いぬっころみたいなテルクは怖いというよりかわいい。犬派の私はテルクの久々に見た犬っぽいところを見れてほっこりしてます。
そのかわいさのせいで、シャウアさんも軽く謝ってしまいました。
「悪かったよ。ディルクルムさん。俺はシャウアだ。シャウア・イステ」
かなり軽い態度でも、彼なりに素直な謝り方なのでしょう。それでもテルクはまだ唸ってます。
「土下座」
と。
「ルルは己の名に誇りをもってるです。イステは恩人ですが、これは譲れないです。二度に渡る無礼による怒りはもはや古の作法である土下座でしか鎮める事ができないですね」
頬が、引きつりました。誰の? 私と、シャウアさんの。
頬を膨らませ、腕を組んでいかにも怒ってますとそっぽ向くテルク。もはや何も通じますまい。
件の文献によれば、殿方の行なう土下座には特別な意味があるとか。
父にとって譲れぬ宝である娘を貰い受ける時、真価を発揮するとか。
シャウアさんは先ほどテルクがやったように膝を畳み、深々と頭を下げました。
頭はテルクに向けられてましたが、その隣に立っていた私はまさに父親の気分。
「譲りたくはないですが、もう私の手の届く場所にはいませんからねぇ」
かつて毎晩のように味わっていた体温に今も触れているはずなのに、昔よりずっとずっと遠く感じます。
彼女との再会は嬉しいですが、それ以上に私は寂しかったです。