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アマギワカタクリズム  作者: ひなみそ工房
第一章:空の国
8/26

4/13 11:26

4/13 11:26


 先代が亡くなり、私が院長になってしばらくした頃。修道院の畑で生のジギジギ草の根を齧ってる子供を拾いました。

 ジギジギ草は生では葉が苦く根が甘いセクシーな外見の根菜なのですが、茹でるとなぜか葉が甘くて根が苦くなる性質があります。葉だけ茹でで根は生で食べればいいじゃない、と思いますが、この根は熱を通さないといけない毒があるので生食は無理です。

 その子は案の定毒にやられて三日三晩苦しみ、一ヶ月の間立つ事もできませんでした。

 成り行きで拾ったからではなく、昔から孤児や難民が流れ着く集落だったので、男であれば働き手として重宝され、女子供であれば修道院に入り修練という名の日々の生きる術を学ぶのです。信仰はありましたが、あの集落においては修道院は慎ましやかな学校という感じでしたね。

 そんな集落で一番新しいその子供は、言葉と言うには複雑な音の言語を操る不思議な子でした。ある人は竜の遣いだと崇めましたし、ある人は精霊憑きだと哀れみました。精霊憑きとは人と異なる何かを備えて生まれてきた異形の子で、魔物の世界に足を踏み入れた人とも言われています。

 その子はとても勤勉で、信仰心も厚く、何度もちゃんとした修道院に入れてあげたいと思ったものです。そう思う度に、自分も先代から似たような事を言われた事を思い出し、ほっこりとした気持ちで成長を見守っていました。

 そんな事があったから、あの日、私はあんな事ができたのです。

 真夜中に起こった魔物の襲撃は、傭兵の力はもちろん畑仕事が中心だった男性陣の決死の覚悟もあって、すぐには修道院まで及ばなかったのです。

 修道院の地下シェルターは子供と老人、女性が優先して入る決まりがありました。でも、シェルターは思ったよりもずっと狭く、集落にいた人はいつの間にか多くなっていました。

 院長とはいえ、私は女で当時はまだ子供と言える歳。真っ先に詰め込まれ、一番奥で震えながら祈りを捧げる役でした。

 でも、入り口の方で残りのスペースに誰が入るかもめ始めた時、新入りの若い夫婦に代わって外に出る事を選びました。

 外で聞こえる銃声と悲鳴を思い出せば今でも手が震えます。当時の私は、よくわからないままにシェルターの外に出ました。

 守らなきゃいけないと思ったのでしょう。

 自分なんかよりも、一人でも多く守りたいなんて。

 先代なら同じ事をしたでしょう。お気に入りの猟銃を持って「明日は魔物の肉じゃよ」とか言って、シェルターにいたはずの私たちに笑って、居なくなるのです。

 私はそんな事できませんでした。震えていたし泣いていたし、怖すぎて熱が出てましたし、階段をあがるのも、人の手を借りました。みっともない姿で、かっこよくなんて無い。

 シェルターの蓋を閉めるとき、見えたのはあの不思議な言葉を使う女の子の顔でした。何が起きたのか理解できて無いみたいに、呆然とした表情のあの子の顔を見たら、なんだか不思議と安心したものです。

 結果としてはあっさりとムシャムシャされましたが、それでも森まで逃げられたのは上々でしょう。結局、私がシェルターから出た事で何がどうなったのかさっぱりでしたが、あの子の成長を見たいと言う理由に縋って素直に生きても後悔していたはずなのです。

 えっと、つまり、何が言いたかったのかなといいますと。

 あの時の私のみっともない姿を見て、無事生き残れた人達ががんばって生きようみたいな事を思ってくれればいいかなと。

 優しくて強い人達だったので心配してませんけどね。

 最後、揉めてた理由も「自分が入る」ではなくて、「自分が出る」で揉めてたんですから。

 いやはや、自己犠牲も悪くないです。あのお二人は今頃子供なんか産まれちゃってるんですかね。

 そう考えると生き残ったみんなにはお会いしたいのですが、手がかりがまったくないんですよねぇ。

「今まで四年間それとなく生きていましたが、実は私、やる事あったのでは? ストーカーなんてやってる暇なかったのでは?」

 気付いちゃいけないことに気付いてしまったのですが、絶賛ストーカー中。自分に素直に生きると決めた今、私は私の欲望のままに生きるのです。

 私は先日陰ながらお助けし、本日再会したシャウアさんこと、シャウア・イステさんの脇を歩いています。

 場所はシメア・シルム六番艦、なんだか一杯ある連絡通路の一つです。私は先日散々迷子になった場所ですが、シャウアさんは歩きなれた様子ですったすったと進んでいます。

 左手には外部映像を写すスクリーン。右手には一定間隔で扉のある、高めの天井からオシャレな証明のぶらさがる裏道的な場所です。先日、謎の少女と話をした場所と違うのは、スクリーンの手前に観賞用のベンチが一定間隔で並んでいる事です。それ以外の違いは照明器具を除くと解りません。同じに見えます。

 人気が無いためやたらと足音が響く―――と思いきや、シャウアさん足音は集中しないと聞こえないくらいに小さいのです。そのため認識されない私の足音が気になり、真似して足音を消そうとしたのですが同じ速さで歩く事ができませんでした。

「熟練の兵士―――いえ、工作兵ですかね?」

 シャウアさんの背中には今朝会った時にはなかったものがくっついてます。

 それは皮製のリュックサック。

 ただのリュックサックかと思いきや、特殊な加工が施された骨董品店の掘り出し物のようでして、上部の口を介さずとも中に入れてある短剣を抜き放つ事が出来るようです。

 グラッドさんのお店でシャウアさんが購入したのは左手用の短剣が一振りと、箱の中にあった黒パイナップル少々。短剣の方は握ると手の甲を覆う金属カバーが付いている装飾短剣で、丈夫さでは現役の武器にも負けない非常に価値の高い骨董品だとか。黒パイナップルはゴミみたいな事を言っていましたが、煙幕か閃光を撒き散らす非殺兵器みたいです。ちなみに、買い求める時にサインが必要みたいで、その時にフルネームを知りました。それと、護身用の武器の携帯は政府が許可しています。

 戦うための武器と、逃げるための武器。そんなものが必要になる理由は、シャウアさんが命すら狙われているかもしれないからです。

 警戒しているのに人気の無い通路を歩くのは危険な印象すらありますが、人気がなく先まで見通せる広い場所だからこそ、追っ手の姿が見えるという物。おまけに音もよく響く。

「しかし、シャウアさんどこに向かってるんですか? まさかと思いますが、カーバンクル家を頼りに殴り込みとか?」

 聞いても答えてくれませんし、ネコ様もフードの中でゴロゴロ言ってます。私が気分で体を傾ければ落っこちる場所なのに安心しまくり。

 一つ目の角を右に曲がり、すぐに十字路を左に曲がります。この地点で私の脳内位置情報は混乱が生じてます。

 今度は右側にスクリーンが並び、緩やかな曲線を描いて通路が続いていました。少し進むとまた左に曲がる通路があります。

 と、そこでシャウアさんは少しだけ速度を緩めました。横顔を伺うと、眉を寄せて目を細めています。

 私も足を止めてみると、ネコ様のゴロゴロ言う音と、かすかな足音が聞こえてきました。

 カツーン、カツーンと歩くような音ですが、抑えているような遠いようなよくわからない音。

 ここまで一切人とすれ違わなかったので、ここが居住区という事は無いです。子供が遊ぶような要素も無く、かくれんぼなんてしたら迷子確実。親に遊ぶなと言われるレベル。

 では誰が近付いてきているのでしょうね。

 掃除のおばちゃん。普通の通行人。扉の向こうに用がある人。

 襲撃者。

 どれもありえるものです。前三つは確立も高いですが、最後の一つは万が一があるとまずいです。

 シャウアさんはその万が一を警戒したようです。曲がり角まで歩いて行き、背中とリュックサックの間に手を入れ、そこからナイフを取り出しました。

 それを後ろ手に隠し、いかにも壁沿いあるいてましたよ、と待ち構えます。

 杞憂か、それとも。

「ま、こういう時は私が先にみちゃえばいいんです。どうせ見えませんから」

 私はシャウアさんの警戒する通路をひょいっと覗き込みます。聞こえていた足音は結構な速度で近付いてきていたようで、飛び跳ねるような足取りで走っているのだと理解しました。

「でもいくらなんでも速すぎなのでは?」

 長い通路の一角から現れたのは三段重ねの箱を持った人。その人は角から飛び出した勢いを殺さず、綺麗に受け流して向きを変えて箱ごと前傾姿勢でこちらに迫ってきました。止まったら箱が崩れます。

 何をそんなに急いでいるのか。そもそもその走り方はどうやって止まるのか。時間でもはかってるのか。

 その人はまるで、一秒でも無駄に出来ないという速度で曲がり角の手前、外側から中央へ、そして進行方向の内側ぎりぎりのルートを完璧に辿ります。曲がる際に聞こえたキュッという音と、私の髪を揺らした風が勢いを物語っていました。

 ただですね。

「人がいるかもしれないって思うのは大事だとおもいますよー」

 私の呟きは、甲高い悲鳴と無数の金属音で掻き消されました。

 完璧なルートを完璧な速度で一切の減速をしなかったその人は、完璧に息を殺して十全な対策を取っていたシャウアさんに見事に激突しました。

 箱はシャウアさんの鼻頭を打ち、速度を作っていた勢いがそのまま跳ね返って転倒し、ガチャガチャと箱の中身を舞い上げて。

 その人は大の字にぶっ倒れました。

「ってぇ……」

 衝突した際にぶつけた鼻頭を撫でながら、ぶっ飛ばされたシャウアさんはゆっくりと体を起こしました。

 そんな彼が気付くよりも先に私は絶句。

 箱の中身は細かい金属パーツだったようで、その山に飲まれた人物は大の字で倒れたままです。

 白目を、むいてました。

 ぐったりとして、ぴくりとも動きませんでした。

 ネコ様も肩越しに見て固まってました。

 これが敵で、激突は攻撃で、銃でも突きつけてくれればまだ良かったのに。


 事故勃発。


 それからの事は掻い摘んで説明します。

 悲鳴にならない悲鳴を上げたシャウアさんは希望的未来を掴み取るために応急処置を施しました。

 元傭兵と思われる彼は手際よく状況を把握し適切な処置を選択。相手に見える外傷は無く意識は無かったですが、頭部を動かさないようにしてベンチまで運び、自動販売機で冷たい水を買ってきてハンカチを濡らして額に置きました。

 私はその間に辺りにぶちまけられた金属製品を規格ごとにそれとなく分けておきました。最初こそ青ざめた表情の彼でしたが、荷物の片づけを始めた時には冷静さを取り戻したようです。

 幸い、衝突事故を起こした相手の女性は十五分ほどで目を覚ましました。体を起こすと額に乗せていたハンカチがぽとりと落ちます。

「なにしてたんだっけ」

 そんな言葉にシャウアさんの表情が完全に固まります。

「えっと、そういえば……」

 記憶喪失的な事にはならなかったようです。私もほっと胸を撫で下ろし、傍観に回ることにしました。

「曲がり角をあんな風に曲がったら危ないぞ。ったく」

 自分が持っていたはずの荷物を持ってきたシャウアさんを呆然と見上げ、そこで彼女はようやく理解したようです。

「あ、あの、えと、こういうときは……そう! ゴメンナサイです!」

 ぽんっと手を打ち彼女は勢いよくベンチの上に立ち上がったと思いきや、シャウアさんに向き直り膝を畳んで座りなおし、深々と頭を下げるのです。

 土下座、と呼ばれる謝罪方法でした。

「ごめんなさいでした」

 彼女は申し訳なさそうに、本当に取り返しのつかない失敗をした人のように、神妙な声で言いました。

「……いや、そんなに謝らなくてもいい…ぜ?」

 若干引き気味のシャウアさんに対し、彼女はぱっと体を起こします。

「この謝り方は相手の心を即座に静めると地元の図書館で読みました」

 効果あったみたいです、と少女は腕を組んで頷きます。

「むむむ、奇遇ですね。ミステルさんも似たような文献を修道院で読みましたよ」

 先代が無断の猟から帰ってきては副院長に土下座していたのを思い出します。

「しかしあなた、どこかで―――というか、いえ、あなたもしかして」

 私は改めて彼女をまじまじと観察。

 着ている服は白と赤を貴重にした、ブレザーにチェック柄のスカート。締めているネクタイは鮮やかな赤色で、エンブレムらしきものは見当たらりません。髪は長く、襟足から伸びている部分を毛先を除いて細く纏め、甲殻類の触角を思わせる細さで垂らしています。そこまでは、普通の女の子でしょう。

 ただ、その髪の色が限りなく白に近い緑色をしているのです。

 ミルクにほんの少し青草の粉を混ぜたような、薄い緑。それに、深緑を思わせる色の瞳と細く割れた瞳孔。

 見覚えが、あるんですよ。

「荷物、ありがとです」

「ん? あぁ、突っ立てたこっちも悪いし、このくらいはな」

「一つでも無くしたら三日はご飯抜きでした」

 そんな言葉にシャウアさんはとっさに辺りを見回しました。確かに見た目以上に軽く丈夫な金属でしたが、あなたは三日くらいご飯抜きになっても大丈夫では?

 彼女はシャウアさんを見てくすりと笑います。

「ルルなりの冗談です。ごめんなさい。ひっくり返した時、片付けの面倒くささを考えたら気絶しました」

「……………」

 それも冗談だよな? と目で問い掛けられても、彼女は笑みを浮かべたまま首を傾げるだけです。

「さてさて、ルルはそろそろ行かないとです。いろいろとありがとうございます」

 三つ積み上げられた箱を、少女は体の柔らかさを誇示するように足を伸ばしたまま持ち上げようとします。

「ちょっと、それじゃどうみても無理でしょうが。ちゃんと屈んで持ち上げなさなさいな」

 私の警告は届かず、手足が長く見える彼女はそのまま持ち上げようとします。

「いよっ」

 いくら手足が長くても、無理なものは無理です。

「あー」

 箱は間抜けな声とともにガシャガシャ音を立てて崩れ、床一面に金属部品をぶちまけました。

 シャウアさんも少女も、それを死んだ魚のような目で見てました。

「…………まったく、何やってんですか、テルク……」

 本当、なにやってるんでしょう。私の大切な教え子は。

 ディルクルム・アウリオン。彼女はかつて、音階でしか意志を伝えられなかった、不思議な子で。

 ほんの一年ですが、私と一緒に暮らした家族です。


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