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魔法の力を持ってすれば面倒なお掃除も十分とかかりません。私が元の体に戻りたいと思わない理由が理解していただけるかと思います。
まだ熱々のアップルパイをパーカーの袖で持ちながら石造りの街を散策してみると、ここが十四番居住区だというのが看板で解りました。居住区の番号は前から順番に輪切りにした時、右上右下、左上左下、と数えて行くので、奇数番号が上層、偶数番号が下層の居住区となるのです。
では十四番となるとどのあたりか。具体的には中部後方右舷下層部。ミルフィーユマーケットのある真ん中から右後ろちょい下あたりです。六番艦は最寄の居住区の番号がわかれば、大まかな位置が理解できる仕組みになっているので、この知識があれば前々回の迷子はもっと楽になったのですが。
ともあれ。
私でろでろ事件によって失われた位置情報を復旧させた私は、フードに収まったネコ様を連れて十四番居住区の散策を始めました。
四年間の私の生息域は主に、本が山盛りある図書館とミルフィーユマーケットに併設されている映画館。外来者向けのホテルのスィートルームが基本です。なので居住区はこの辺にあるのかなーと知識でしか知りませんでした。故にこの散策はなかなか楽しいものになっています。
シメア・シルム断面図で頭を右に向けた際に、右上の居住区ほど治安がよく、左下に近付けば悪くなる、というのを聞いた事があります。つまり前部上層に近いほど穏やかで、後部下層に行くほど貧しい。
十四番はまぁまぁ悪い、といった感じです。その治安レベルは私の知る地上の街と同じくらいなので、肌に馴染んだような感じが心地よいのです。
お気に入りに加えたパン屋のあった大通り沿いは食材を扱う店が多く並んでいました。一本道を変えると、カフェや食堂といった店が目に留まります。あとは普通に人が住むための建物が多く、アパートもちらほら見えました。
本物の木の植えられた街路樹。薄汚れた街灯。蔦や亀裂の入った建物は人がいなければ侘しいばかりですが、お高くとまらない容姿で活気に満ちた人が行き交うだけで、なんとも味のあるオブジェに変わるものです。
笑いながら走って行く子供達を見送り、ちょっと路地に入ってみると面白いお店を見つけました。
『ファベル骨董品店』
隣はガラクタ屋さん。正面は夜中にやってそうな大人のお店。カーテンは締め切っていてやってるのかすら怪しいくせに、ドアノブにかけられた札はしっかり『営業中』。
掠れて読めなかった看板に、骨董品と書いてあって興味が引かれたのですが、そもそも骨董品ってなんなのかわからんです。
小さなお店ですので、来客があればすぐにわかるはず。私が扉を開けて入ってしまうと、勝手に開いたドアを不信に思われ、自由に見て回れなくなります。
扉をすり抜けるのも出来なくもないですが、それをやってしまうとますます幽霊みたいで。つまらないプライドですが、大事な事。
「……考えてみれば私は骨董なんて興味ないはずです。なんで興味をもったんで―――あぁ、これはあれですね。運命ってやつです」
運命、というヤツは口で言うほど信じてないですが、竜や精霊は本気で信じてます。
だから私流に言うと、これは精霊の導き。竜の意志。そんなところです。
「どうもどうも先日は。なかなかカッコイイ所を見せてくれました」
と、頭を下げたのは一人の青年です。
私より濃い栗色の髪は跳ねるような癖があって、ジャケットにジーンズ。シンプルな井出達ですが、今日はオシャレサングラスかけてません。っていうか私が拾って返してません。あれ……どこにやりましたっけ?
確実に闇に溶けている間になくしましたが、彼は私がまさに入ろうとしていた骨董品店の扉を開けて中に入りました。
もちろん、私も中に入ります。
そして首を傾げます。
骨董品店って、こんなものなの?
向かって右側の壁には長大なライフル銃が飾られ、カギの掛かったガラスケースには古めかしい刀剣や銃弾のケースが陳列されています。反対側の壁には木箱や樽に無造作に銃だの槍だのが放り込まれており、うわぁ、って思いました。
店の真ん中には何もなく、正面にはカウンターがあり、その後ろが倉庫の扉になっているようです。そして、その間には一人の男性が、手元のガラクタを弄り回していました。
「……ここんとこ、妙な事件があったみたいで心配してたぜ、グラッド」
「ん、あぁ。そうだな。でもそんなのここらじゃ日常茶飯事だろう? それとも何か面白い話の種でも掴んだかよ」
グラッドと呼ばれた店主らしき男は、金色の髪を後ろでまとめ、油まみれのローブを着た若い男です。顔を上げた際に見えるようになった濃い緑色の瞳が印象的で、見た感じは知的な雰囲気があります。
印象とは裏腹に、口調は結構悪い感じがなんとも。
「なんだよシャウア。こんな朝から珍しく―――もないな。五日ぶりか? 面白いもの入ってるぜ」
「いや、宝探しは後でいい。今日は―――」
後でいい、といいつつも青年―――シャウアさんの目は私をすり抜けて左脇の木箱と樽に向けられます。
「んぅ……そんな面白いもの入ってるんですか?」
ためしに近付いて覗き込んでみると、黒パイナップルとか、錆びた銃の部品とかが転がってました。絶対法的にやばい店だここー。
「ムリすんなって。木箱に混ぜておいたんだが妙なやつでな。俺が思うに」
「いいって。今日はお前に話があって来たんだ」
面白いもの。この黒パイナップルの事かもしれませんが、シャウアさんは食いつきません。よかった。
シャウアさんはグラッドさんの前に進もうとすると、彼はそれを制します。
「大事な話だな? 解るぜ相棒。札かけてくれ」
二人は相棒と言い合うほど、親しい仲のようです。
シャウアさんは何かを言いかけ、それを飲み込み、ノブに掛かった札をひっくり返してカギを閉め、それからカウンターの向かいのイスに腰掛けました。
「酒は―――まだ昼間だしやめとくか。流石の俺もこの時間から飲む気にはなれん。それでどうした? すっきりしない顔だな」
「恋の悩みですよ。察してあげなさいな」
ネコ様がフードから体半分抜け出し、肩に前足をかけてあっちにいけと仰るのでシャウアさんの隣にその辺にあったイスを持ってきて座ります。帰るときに元に戻せば大丈夫―――と思ったのですが、椅子がつかめません。どちらかの意識がこのイスに注がれているようです。
仕方ないと諦めて近付こうとしたところで、シャウアさんがおもむろに懐から出した札束を机に叩きつけました。
わおー。
札束ってそんな無造作に出てきますっけ? シャウアさんってば実はセレブですか。カッコイイですが、あまりに自然な動作にドン引きです。
グラッドさんも呆れ気味。
「お前なぁ。理由はともかくそういうのは無しだろう。それとも何か? 俺とお前の絆ってやつはこんな物に頼らなきゃいけないのか?」
金に糸目はつけない。情報をくれ。という事ですね。俺とお前の絆に誓って代金はいらねぇ。
「そうじゃない。これは普通の買い物分だ。ここで扱ってる分でいい。煙幕とか、閃光とか、そういう逃げるのに便利なやつと、左手で使えるナイフみたいのないか?」
あらら。普通に買い物でしたよ。グラッドさんもどことなくほっとしたご様子。
「なんだ、買い物か。どうだかな。使えないヤツも含めればいくらでもあるんだが」
それ、武器屋としてどうなの? だから骨董なんですかね。
「使えないと困る」
間髪を入れないまっすぐな物言いに、グラッドさんは今度こそ驚きます。
「先に理由聞くか。何があった」
声を低く落とします。
「やはり、三日前のか?」
「……知ってるのか?」
三日前と言うと、やはりシャウアさんと会ったあの日の事です。あの事件は―――あの少女に脅された後、溶けていたのでどうなったのか、よく解りません。
「そりゃ結構な騒ぎだったからな。新聞にも載ってたぜ。無差別テロだってな。守備隊の奴等は愉快犯の仕業だって決め付けてるみたいだ。新兵器の実験って話もあるぜ」
「組織的な証拠でもあったのか?」
「そういうのは無い。テロが起こる前に何かごたごたがあったみたいだが、その場にいたやつが全員魔法症を発病して記憶が曖昧なんだそうだ。何かが破裂した跡はあったが、容器の破片すら見つからない。おまけに魔力の除染に一日かかったらしい」
「そうか……」
どうやら、あの女の子が予言した通りになったようです。ちなみに、魔法症というのは濃度の高い魔力を浴びた人が発祥する病気で、頭痛や吐き気、記憶障害等があるそうですね。これのせいであの場のゴタゴタが記憶されていない、という事。
あの球を撒く事が煙幕ではなく、目撃者の記憶の消去にあるとすれば、少々問題があります。あの事件を指揮していた者達からすれば、あれの仔細を知っている人物は危険という判断でしょう。シャウアさんがここで武器を求める理由も、察しが付きます。
「最近貴族とか上層区を目の敵にしてる組織とかって聞いたことあるか?」
「んー…そりゃ貴族を羨むヤツは多いけどな。組織ってなると……わからんな」
「そうか…」
「……私はなんとなく、解るんですけどね。あの子のこと」
シャウアさんと別れた後、端末で誰かと連絡した少女。あのやり取りで背後にある組織も、なんとなく想像できます。
それを伝える事ができないのがもどかしい。文字とかそういうのは、なんだかルール違反みたいな感じです。
それに、貴方が警戒しているほど危険な人ではないかもしれませんよ?
「まぁ聞け。また別の話なんだがな。おもしろいもん手に入れたぞ」
グラッドさんは引き出しの一つをあけると、そこから見覚えのある物を取り出します。
丸くて白い、あの時見たタマです。
「たまたま事件現場に居合わせたヤツが拾ってきて俺のところに持ってきた。二束三文で買い取った魔道具と思われる品だが、これが見えるか?」
「えー? どれですか?」
指差された場所は小さくて見えません。近付いて、顔を寄せて、ようやく私も解りました。
球の表面には歯車の模様が入ってます。ただの模様かと思いきや、それは音もなくゆっくりと回っているのです。
「……動いてる」
「こいつはな。魔術式って呼ばれる魔導具なんかに刻まれる文字の遠い親戚みたいなものだ」
「俺、魔法学って苦手なんだが」
「知ってるぜ。まぁ、単純な話だ。魔道具は全部特殊な文字を部品に刻んで、魔導液に含まれた魔力を爆発的なエネルギーに変えるんだが、この魔術式ってのはな。その『文字の組み合わせ同士で起こる作用を連鎖させて望む事象を引き出す術式』らしい」
シャウアさん、首を傾げます。グラッドさんの説明もちょっと難しい。
魔法学については魔術書と同化してしまった私は、少し理解できます。
そもそも、この世界の魔法と魔術と魔導というのは全て独立した分野でして、用途に応じて長所短所が出てきます。
シメア・シルムで主体となっているのはこの三種のうち、魔導学。元々は魔術学の応用技術として成立した部門のようですが、より短期間で会得できる事から他の二つよりも発展したと思われます。
特徴となるのは『機械に力を吹き込んで魔法を代行させる』です。
ただし、物に文字を刻印する必要があるため、道具は必然と大きくなり、魔法や魔術では個人で出来る事を巨大な機械が必要となる場合もあります。ただし、長期間の運用に向いているため、シメア・シルムのように空に浮く魔法を常用する都市では、魔法よりも魔導学の方が優れているという事になります。また、道具さえあれば誰でも使えるというのもいいですね。加えて言えば魔力と言う不確定要素の多い元素を利用するにも関わらず、科学との相性がいいというのも利点です。
さて、その球に使われている『魔術式』とはなんでしょう? 簡単に言ってしまえば、『魔術を構成する術式』です。
魔導学の祖となる魔術学は、数学によく似たものです。
『火をおこす』という解に対して、複数の公式が存在していて、その公式を特別な文字を連ねる事で現象を引き起こす技法です。魔力を扱う体質に加えて、公式で利用される文字の一つ一つの意味を理解する必要があります。
あらゆる現象を起こしえるものですが、体得には途方も無い時間と努力が必要となるのです。会得してしまえば、コツさえわかればこの世の事象は全てあなたのもの。特殊加工された金属や石材、紙なんかに術を施す事で、第三者に術を行使させる事が出来ます。
ちなみに、魔法は魔術式に似ていますが、文字に加え図形が入ります。魔術は細かい調整が得意ですが効力も弱く、魔法は効率よく様々な事象を引き起こせて、おまけに強力。反面加減が難しく他の魔法への応用がし辛いという欠点があるため、新しい魔法の開拓は常にゼロから始めなければいけません。こちらもコツさえあれば、魔術のように様々な事ができますが、攻撃的な事象が多いようです。また、魔法は一瞬で最大威力に対して、魔術は平均して長時間という点もあげられますね。
どれもこれも一長一短。結局、体得や継承が容易な魔導学が、シメア・シルムで主流となっているのです。この魔力三分野についてさらに細かい違いと用途については、また機会があれば。
さてさて。それを踏まえて出てきたのは、魔術が使われた道具。それが意味するものとは?
「魔術式ってのは簡単なものじゃない。俺も昔はかじってみたんだが、とにかく覚えるパターンが多い上に魔道具と同じことをするために何千って式を書き込まなきゃいけないからな。はっきり言って廃れた技術だ」
「つまりこれは、古い技法で作られた道具ってことか?」
「あぁ。それもとんでもなく面倒で、回りくどい、船が飛ぶ前の技術だ。だけど作者のほしい現象を引き出せるから、証拠も残さないように出来る。最近じゃ魔導機関の発足のために改めて研究されているらしいらな。案外、こいつを政府に引き渡せばとんでもない額で買ってくれるかもな」
魔導技術は継承が容易ですが、そこに刻まれた式の意味を理解するのは難しいです。なので魔術が衰退を始めてからは魔導技術発展の勢いも弱くなりました。三年前に起こった魔導革命によって、空暦五百八年現在はその勢いで発展していますが、それがいつまでもつかは誰にもわかりません。
魔術に精通した人が現れれば、また違ってくるのですけど。
「そのカプセルの作者が魔術の継承者なら、確かにそれの価値はとんでもないですよね。でもそのまま渡しても名前でも書いてなきゃただのサンプル品で終わりです」
シメア・シルムという巨大なサンプルがあるにも関わらず、部品に刻まれた文字の意味を理解する事ができずに停滞する魔導技術。そこに新たなサンプルだけ放り込んでも、技術発展の革命に繋がる可能性は低いです。
グラッドさんはカプセルを脇において、机に散らばっていた部品の一つを手に取ります。
「で、面白いのはここからだ。俺がさっきから机に広げてるこの部品、なんだと思う?」
部品なんてみてもわからないですよ。と思いきや、シャウアさんはそれほど悩まずに答えました。
「なんかの部品だな。魔導式機関銃の初期モデルにこんな部品なかったか?」
……詳しいんですねぇ。
グラッドさんも口の端を持ち上げます。
「流石だな相棒。正解だ。こいつは二十年前に作られた銃器の部品によく似てる…が、おそらくもっと古いものだ。たまたまうちにあった同モデルと比較してみると寸法どころか素材も違うんだ。ガラクタだと思って最近まで放置してたんだがな、じつはある事が隠されてた」
傷のある手が部品の一点を示します。例によって、私は見えないので少し下がったところでシャウアさんが覗き込むのを眺めてました。
「ここに名が刻んである。カーバンクル家が主、ソムニウムが記す」
「カーバンクル家? 貴族か何かか?」
カーバンクルというのは精霊の一種で、額に宝石を宿す地霊の事です。富を司り金に困ったらカーバンクルに祈れと司教様に教わりました。
精霊の名を語る貴族。かなり古い家系かもしれません。
「で、こっちのこれ。もう一度よくみてみろ」
見えません。グラッドさんもう一度読み上げてくれませんかね。
シャウアさんは目を細めました。
「装飾がきつくて読みづらいな……ウーニャ・カーバンクル?」
名前、書いてありましたか。
「魔術式ってのは単語なのか文脈なのか解らない言葉を無数に並べて歯車状に繋いでいくのが特徴なんだがな。その余ったスペースに自分の名を書き込んだんだろう。かなり巧妙に隠しているから専門家でも式の一環として見落とすかもな」
「しかしそれを見つけたとなれば、そのカプセルの価値はとんでもないですよ。シャウアさん、今こそ友情を捨てて奪い取るべきです」
元聖職者としてなかなか問題のある事を自分で言いましたが、シャウアさんはカプセルを返して軽く頭を下げました。
「助かる」
「よせよ。お前が何をしようとしてるのかはなんとなく解ったけどな。名前一つで何か掴めるとは思えないぞ。それに、少なくともこんな物を作るだけの技術者を味方に引き入れている奴等に関わって、無事ですむと思ってるのか?」
私はなんとも言えません。相手の素性より、目的のほうがこの場合はかかわってくると思うので。
「無事ではすまないだろうな。でもまぁ何ていうか、じっとしてちゃいけないって気がするんだ」
「………………」
グラッドさんはしばらくシャウアさんをきつく睨み、ため息を付いてから札束に手を出しました。
その半分だけを受け取り、残りを押し返します。
「お前さんのただの杞憂かも知れないからな。何事も無く使わなかったらそのままの金額で引き取ってやる。無論、一度でも血を吸えばお断りだがな」
「大丈夫です。万が一襲われるような事があれば私が守って見せますよ! 前例もありますしね!」
私の言葉は聞こえないはずですが、シャウアさんは少しだけ笑いました。
「助かる」
にっと白い歯を見せたグラッドさんは拳を突き出します。
「いいって。俺とお前の仲だからな」
目も向けられないくらい険しい表情だったシャウアさんはようやく表情を緩め、拳をぶつけました。
路地裏でみつけた骨董品店。武器ばかりを扱うこの店ですが、なかなか面白いものを扱っているようでした。
それは目に見えず、触れる事ができないもので、私もちょっとほしいな、と思いました。
友情なんて、アップルパイのように簡単には手に入らないのです。