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アマギワカタクリズム  作者: ひなみそ工房
第一章:空の国
5/26

4/13 ?:??


4/13


 人々が本格的に空に移し始めた暦を空暦、というそうです。

 今年は空暦五百八年。だから何? ですが、頭のどこかに留めて頂ければと。

 ミルフィーユマーケットでの出来事から三日が経ちました。なかなかナイスなお兄さんと出会い、別れ、変な少女に脅された私は広すぎる艦内を無茶苦茶に走り回った挙句、魔法で脱出という強行手段で現在。


 どこかの、路地裏の闇に溶けてます。


 私が直感的に使える魔法の一つに、闇の中を移動するみたいのがあるんです。これをするとすごくお腹が減るので普段は使わないのですが、今回ばかりはそうも言えませんでした。

 これは代償に見合っただけの便利な魔法でして、闇から闇に移動できるというシンプルな魔法です。行き先を指定するにはまだ錬度が足りませんが、今回は本当に助かりました。

 ただですね。お腹が減りすぎたせいかもしれないのですが、体がこう、溶けてるんです。

 でろでろなんです。人の形ですらないんです。魔法を使うとお腹が減るという事は、食べると魔力が回復するんだなーみたいな認識でしたが、減りすぎるとどうなるのかは知りませんでした。

 よもや溶けるとは。

 でろでろのゼリーですらない液体の私は、闇がたまる路地裏のどこかにいます。建材の破片と埃ばっかりの場所でもう三日です。お腹も減って存在ごと消えてしまいそうな状態です。

 垣間見た走馬灯で『今、空暦五百二年だったんだよ』と年の初めに先代が言ったことを思い出したのです。空暦五百三年の出来事。

「だぁれぇかぁ、たすけてぇ」

 明かりの見える方向へ行きたいのですが体が詰まってて動けません。この際箒か何かでいいから、誰か助けてほしいものです。

 あぁ、だめでした。私は人には見えないのです。

 お腹むしゃむしゃよりいくらがマシになってますが、埃にまみれて人すらない液体で死ぬなんて嫌です。

 不真面目に生き過ぎたのですか。そうですか。

 あぁ、私の四度目の人生はもう少しまともにいきたいものです。

 五度目の私の人生にご期待下さい。

 と。

 言ったところで。

 猫に助けられました!

 私の背後に気配もなく現れた猫様は、まるで紙と紙の僅かな隙間に滑り込むようにして私のお尻からの方から突っ込んできたのです! それによって路地裏からはじき出された私は顔面スライディングを砂っぽい地面の上でかます事になり、その時に人の姿になりましたが空腹のあまり動けずにうつ伏せで倒れたままでした。

「ペットの放し飼いは原則禁止って張り紙をみましたよぉ……」

 今回ばかりは助けられましたが、猫様は私の背中に乗って毛づくろいなんて始めます。

 我に感謝せよ、みたいな。

「感謝はしますが何か食べ物を持ってきてくれるとありがたいですよ。人参以外で」

 そもそもこの猫様は周りにはどう見えてるんでしょうか。食べ物と同じ扱いなら、私が触れている地点で認識されないと予想。

 この疑問はすぐに解明する事となりました。

「あっぶねぇ!」

 ギキィ! と至近距離で音を立てて止まったのは、輸送コンベアと居住区を繋ぐ魔導車両。馬車に似せた車両で、外見はなかなか趣があるのですが下からのぞきこむと機械がいっぱい。

 えっと、何が起こったかといいますと、近付いてきた馬車に驚いた猫が私を離れ、御者の方には突然現れたように見えた模様。それで急停止したようです。

「あ、ちょっとまって。私まだここにいるから今動き出されると轢かれ―――ぬぁああ!」

 動き出そうとした馬車から逃げるため渾身の力を持って少しだけ前に進みました。壁に飛び込むようにした先には麻袋や木箱などがあり、箱詰めのリンゴを見て飛びついてしまいました。

「お、おぉ!」

 蜜たっぷりのリンゴはカシュ、と心地よい音を立てて口いっぱいに果実の風味を広げ、喉を、お腹を満たすのです。幸せ一杯の笑みを浮べて竜と精霊に感謝していると、先ほどの黒ネコがドヤ顔で私を見下ろしていました。

「な、なかなかネコのくせに豊かな表情を見せてくれるじゃないですか。私をこの宝の山に誘導するとは知性もあるようです。ここは一つ、お礼をしなければいけません」

 リンゴを二つ平らげた私は蜜のついた指を綺麗に舐め取り、そのネコを抱き上げます。

「そうお礼です。しかし、私に迫った危機はまだ過ぎていないのです。さぁどこか解りやすい目印とか案内図のある場所に連れて行きなさい! さすれば何かしらのお礼をしてあげましょう」

 不平不満の滲んだウナーという声を上げる黒猫様。獣には私の姿は見えるようですが、言葉を理解するのは難しいようです。それとも理解した泣き声なんでしょうか。わからんです。

 ともあれ。

「ここってどこですかね。初めて見る場所ですよ」

 足元に積まれていた荷物から視線をずらすと、そこは何とも不思議な場所でした。

 ガラスの向こうでは黒いベルトコンベアが動いていて、次から次に箱だの袋だのが流れていきます。それらは複雑なルールに基づいて機械によって選別され、それぞれの荷下ろし場にたどり着いていました。そこでは馬車だのコンテナだのが待っており、人力によって荷物がせっせと積み込まれてゆくのです。

 そんな事があっちこっちで行なわれていました。

「あのコンテナも馬車も見たことがありますね。ここは、物資の搬入口という場所ですか?」

 ネコ様に聞いてもうなーってしか鳴かない。

 でも私の予想は合っていました。コンテナは荷物が一杯になって扉が閉められると、下からでてきた爪に固定され、床板ごと下にもぐって消えてしまいます。そして次は馬車が現れ、同様の手順で作業が進むのです。

 各居住区には物資の搬入口があって、そこで商品や材料、個人の荷物が受け取られます。ここはその大元、シメア・シルム六番艦の搬入口になるのでしょう。

 そして私の足元にあったのも、これから搬入される荷物の一部。その証拠に、定位置にとまった馬車から降りた御者さんが、車輪を爪で固定して積んであった荷物を馬車の荷台に積み始めたのです。

「おい! 木箱開いてるぞ! 商品はもっと丁寧に扱えよ!」

 すみません。それは私がちょっと中身を拝借したんです。

 命のリンゴを下さった方に何か恩返しをすべく、私もこの馬車に乗りましょう。

「ではネコ様。ここでお別れです。次に合う時にはニボシでも差し上げますね」

 誰も見てない隙にネコを下ろし、最後の荷物と一緒に私も乗り込みます。

「いよっ、あれ、重いな。ふん!」

 ………自分の足で乗り込みます。

 パズルを思わせる形で綺麗に詰まれた荷物の中、申し訳ないくらいにちょこんと座ります。すると、先ほどのネコ様が走ってきて私の膝に飛び乗るではありませんか。

「お、おやおや。私が気に入ったんですか? なかなか可愛いやつですね」

 背中を撫でてやるとゴロゴロ言います。私はネコよりもイヌのほうが好きなんですが、自分を好いてくれるならネコもまたいいかも。

「ではでは、見知らぬ場所か否か、成り行き任せで出発です!」

 床が下がって辺りは再びの闇。今度は溶けないように、新しいお供を抱きしめておきます。


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