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アマギワカタクリズム  作者: ひなみそ工房
第一章:空の国
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 傭兵は地上にある様々な施設や町を守るため、そこを治める地上の貴族方によって雇われている、と聞きます。

 銃火器を主体にし魔物を牽制して地上の領域を守る。その領域は点在しているため、シメア・シルムの正規軍ではカバー仕切れないそうです。そこで、高報酬で屈強な傭兵が主体となって施設や町を守り、世の中の平和を支えているのです。

 私も、集落を守る十数人の傭兵のために何度も精霊の加護を祈った事があります。

 彼らはそれだけで守ってくれました。力になってくれました。空の国に帰らないのかと聞くと、ここに居た方がいいと笑うのです。

 目の前の青年は、高報酬で漫遊する『嫌な傭兵』なのか、私の知っている傭兵のような竜の遣いなのか、政府の正規軍なのか。

 堂々と後ろをストーカーしながらそんな風に考えるのは結構楽しいです。

「はい! ミステル・カスタネアさんはこの細っこい人は正規軍でお休みを満喫してると考えます! 見た目が細いので新兵でしょう!」

 ちなみに正規軍の事を『艇都守備隊』と言います。五年間いると体がゴリゴリの筋肉で覆われるとか。

 さてさて。

 青年はあの後すぐに席を立ち、新聞をちゃんと資源ごみのゴミ箱に入れてから上の階に向かいました。私は堂々とその横を歩いて横顔意外と凛々しいなーとか思いながらストーキングを実行中です。

 ミルフィーユマーケットはちょいちょい階段があって、スムーズな買い物ができるようになってます。しつこいぐらいの感覚で昇降機なる物も設置してあり、初めてきた時は真夜中に一人で遊んだ思い出があります。深夜、無人のエレベーターが動きその扉に入ると呪われる、なんて怪談は私が生みました。

 まさかこの青年がその怪談を信じているわけではないと思いますが、彼は話のほうではない階段を使い、上に向かいました。

 テラス席に面した場所はどの階でも簡単な食事ができるお店が多く並んでます。艇都では上の階層ほど高級で治安がよく、下に行けば悪くなる傾向があり、ミルフィーユマーケットも二階にあるお店は原材料がよく解らないものがありますのでご注意を。

 だから、そんな事は滅多に起こらないはずなんです。

 ミルフィーユマーケット、七階。治安もいいはずのこの場所で、パシャリと、水を撒く音が聞こえたのです。

 喧騒の中で本当に小さな音で、近くにいた人くらいしか気付かないだろうという音でしたが、私も青年も近くを通っていたので気付きました。

「な、何をする貴様ッ!」

 動揺しつつも声を上げたのは黒服の男です。彼の傍らには席を押し潰しそうなくらい恰幅のいい男が、頭からほんのり赤いミルク色の液体を垂らして硬直していました。

 こうしてみている間にも上質なスーツにミルクの染みが出来ています。

「お前、自分が何をしたのかわかっているのか!」

 椅子に座ってる男の護衛と思わしき黒服は一歩前に出ます。上質のスーツに護衛をはべらせる人物。おそらく、日当たりの良い最上層、一層に暮らす上層貴族でしょう。

 対して、イチゴミルクをかけたのは、いかにも平民、といった風の少女。

 ショッピングに来てついやっちゃいました、みたいな。

「いやぁ、おじさんなんだか寝ぼけてるみたいだからさ、目を覚ましてあげようと思って」

 右の手を腰に当て、左手の手には空のコップ。浮かべる表情は照れくさそうな笑みです。

「あぁ、お礼なんていいからね。そりゃミルクだってここじゃ貴重だし値上がりしてるみたいだし、でも誰かのためと思えば安いものだよね。いや、わたしだってそんなお金に余裕があるほうじゃないんだけど、おじさんがあまりにねぼけた事を言ってるからわざわざ買ってきたんだよ。もちろん砂糖も多めにしたよ。やったね! 斑模様で今年の流行先取り!」

 斑模様のスーツなんて流行りません。少なくとも砂糖が浮いてるのは。

 私を含めて周りで見守ってる人たちはみんなドン引きでした。少女の正面に立っていた私たちは、その表情まで見えるのですが、にこにこ笑顔を作っている目が笑ってないのです。

 怒ってます。

 肩まで伸ばしたクリーム色の髪に若草色のカーディガン。足首の除く細いジーンズに、白い水晶のネックレス。

 小柄で華奢で、子供と言われてもおかしくない外見なのですが、瞳に宿す感情は不釣合いな怒りの色。

 少女は笑みをたたえたまま、貴族の男性のテーブルにあったコーヒーを掴んで頭からビシャビシャとかけ始めました。辺りに独特の香りが広がり、その香りのよさに感動したかのように静寂が広まります。

「気まぐれで他人の気分ぶち壊してんじゃねぇよ」

 低く、鋭いナイフのような声が静寂を切り裂く、というより突き刺さります。

 得体の知れない恐怖といいますか、気迫が少女にはありました。その証拠に、護衛の男は口をあんぐりと空けたまま固まっているのです。私も同じ気分です。周りもでしょう。

 貴族の男はコーヒー豆が焙煎できそうなほど顔を真っ赤にし、ぶるぶると振るえながら立ち上がります。

 お腹で机をふっとばし、丸太のような腕で心なしか足がひしゃげた感じの椅子を軽々と持ち上げました。

 えっと。何を?

「この―――」

 あ、まずいと思った時には遅かったです。振り上げられた椅子は鈍器となって襲い掛かるために動き出し、直後には少女は頭を殴られて取り返しのつかない事が起こっていたはずです。

 起こっていたはず。つまり、止めた人がいたんです。

 英雄みたいに、完璧なタイミングで、振り上げた丸太腕を掴んだのは。

 私の隣にいたはずの、青年でした。

「……あのさ。何があったのか詳しく知らないが、それは無しだろ」

 誰もが状況を理解できない中、そんな声を響かせた彼。

「お、おー! さすが守備隊の方です! すごいですお兄さん!」

 誰よりも先に賛辞を響かせたのですが、むなしく反響。その間にも舞台は進んでいます。

「な、なんだ貴様」

 貴族の男性の驚き方にも納得しちゃいます。だって一瞬前まで私の横にいたんですもの。滑るように移動して、あんな丸太腕を簡単に掴んでしまうのですから。

「舞台に飛び込んだ名前も知らないお兄さん! きっとこれから血沸き肉踊る戦いが始まるのです!」

 思わず鼻息荒くしてしまいますが、興奮しかけた体だったからでしょうか。周りの冷たさが身に強く感じました。

「あいつら、何してんだよ…」

 聞こえ始めた言葉は異様、です。

「やだよ、貴族に目を付けられるなんて」

「あぁ、やばいなこれ。おい、早くいこうぜ」

「おい、あの男、止めたほうがいいんじゃないか?」

 周りの人の一人が英雄であるはずの青年を指差しました。

「おやおや、指差す人を間違えてますよ。女の子の顔に傷が付くほうがいいとは、なかなかの下衆っぷりですね!」

 足を強く踏んでやろうとしましたが、私の足は相手の足をすり抜けてしまいました。『人を無闇に傷つける事なきように』みたいな事が教典にあったのを思い出しました。

 妙な空気は舞台に飛び込んだ彼にも伝わったようで、首をかしげてました。

「なんだよ。俺、なんか悪い事したか?」

「悪くないですよぉ。最高です! かっこよかったですよ!」

 私の主張は正しいはずなのに、周りは冷めていくばかりで。

「き、貴様、止めたのか? 我輩を」

 貴族の男性が戸惑い気味に言います。

「いやまぁな。当然だろ、人として」

「へぇ? 当然?」

 セリフの合間に割り込んできたのは少女でした。

「当然って言ったんだ。人として?」

 これを舞台とするなら、それはまるで他の役者のセリフを喋っているような、場違いな感じです。

 その異様さにみんなが呆気に取られている中、ふーんと少女は一人だけ笑みを浮かべてコップを机におきます。

 流れるような自然の動きで、彼女は未だ手を掴んだままの青年の方へ足を向けました。

「人として、人として、人として? なかなか面白い事いうねぇ、君。ここにいるみんなも同じ事おもってると思うんだけど、そんな事言う人初めてみたよ」

 今まさに危害を加えようとした人の脇を通り、後ろ手に手を組んで、彼女は青年の前に立ちます。

「うんうん、いいよねそういうの。五千年も前ならきっと最高にいい感じのやつだよ。悪くない、悪くないけどね」

 少女はどこから取り出したのか、一握りの濁った水晶玉のようなものを握ってました。

「時代遅れなんだよ。このバカ」

 バンッ、と球が破裂しました。

 水晶玉の中に満ちていた白い濁りが、一瞬にしてあたりに広がります。

「お、おわぁ! なんですかこれ!」

 変なにおいのする煙が私のところにも流れてきて、慌てて口を塞ぎます。直後、ころんと音を立てて隣に立っていた女の人が同じ球を落としました。

「ば、バァン!」

 予想通り、球は爆音と共にはじけとび、煙を吐き出します。そんなのがあっちこっちで起こり始めました。

「なななななんですかねぇこれ! っていうかあの人、あの人はだいじょ」

『ぶ』でした。

 煙の中にシルエットが見えた瞬間、私の横を通り過ぎて行ったんです。

「わったった! ちょっと待って!」

 とは、私ではなく手首をつかまれた少女のもの。

「そうです、待ってくださいよ!」

 私も慌ててその背中を追います。その横にもう一人並んだ男がいました。

 貴族風の男の取りまきをしていた男です。その手には無骨な銃が握られてました。

「何がなんだかわからんが、逃げるのが先だ! 走りながらでも説明してもらうからな!」

「そうじゃなくて……あぁもう仕方ない―――あとは頼んだ!」

 二人のそんなやり取りが聞こえますが、私は銃に釘付け。少女が何か意味のある事を言ったはずなのですが、男は憎しみの篭った目で銃口を持ち上げるのです。

「よくも邪魔を―――」

「するのは、私です!」

 力を使うぞ、という意識の元、私は銃の握りの部分を振りぬくように手を通過させました。意識が集中されているせいか、私は当然のようにすり抜けてしまいましたが、私の手にはごっそりと抜けた弾が握られています。

 カチン、という音のあと一拍置いて「あれ?」という間抜けな声。

「まったく、こんなの使ったら危ないじゃないですか。ねぇ?」

 振り返ると二つの影は最初の角を曲がりました。

 魔法を使うとお腹がすごく減るんですけどね。人を助けるためにならいいでしょう。

 手に入れた銃弾をぽいっと撒きながら、私も走り始めます。

「ふふ。これで私も命の恩人ですね?」

 落っことしてしまったらしいサングラスを拾いながら私は。

 この人になら返せなくなった感謝を代わりに返してもいいかな、なんて思ったのです。

 どうせ気付いてもらえないので自己満足ですけどね!

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