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アマギワカタクリズム  作者: ひなみそ工房
第一章:空の国
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ミステル・カスタネア

 一人の女の子のお話です。

 むかしむかし、そう遠くない昔、一人の女の子が森で迷子になっていました。

 町里から離れた深い森。体に着せられた布着れにしか見えないボロを纏った女の子は、親から捨てられた可哀想な子です。

 育てる事を諦めた両親が適当に餌だけ与えたようなその子は言葉を知らなければ世の理など知らず、森に捨てられても新鮮な木々の感触に目を光らせるばかりでした。

 彼女は森を迷った挙句、そこで一人の男性と会います。森を抜けた先にある草原で小さな修道院を管理している男性は女の子を連れ帰り、修道女として大事に育て始めました。

 女の子はそこで幸せに育ちました。修道院とは名ばかりの孤児院で、それでも精霊を信仰して日々を暮らします。目に見えない者達の起こす様々な事。水が地に染み込む理、季節が巡る不思議、空が怒る理由。そういった些細な事から大きな事まで精霊に感謝するのは、苦しくも楽しい日々の中で大切な事でした。

 ある日、女の子は自分を拾ってくれた司教様にこう言うのです。

「竜が空を飛んでる」

 彼女が指を指した方角は、夕日が沈む山と山の間。そこには山を遥かに凌ぐ巨大な何かが、山の遥か向こうでゆっくりと優雅に空を渡っている所でした。

 半透明の大きな翼は虹色に輝いていて、そこを通り抜けた夕焼けは虹色に輝き、蔦の這う修道院はオーロラを纏ったように幻想的に輝いていたのです。

 女の子はそれが教典にある竜だと思ったのです。始まりと終わりの時に姿を見せる、とても気高い存在。それが姿を見せたのだと。

 虹色の光をまとった司教様は言いました。

「あれ、竜じゃないから」

 ……元々不真面目な、いえ、おおらかな方で言葉遣いも砕けた老人だったのですが、あの日ほど頭に残った言葉はありません。

「あれは飛び魚な。山よりでかくて空を飛び越える人が住む飛び魚。偉大な竜と一緒にしちゃいかん」

 あんなに大きくて綺麗なら、私の中で竜と一緒なのではないでしょうか。

「あれは人が人のために作ったものな。いくら綺麗ででかくても、人のためにあるものだ。竜や精霊は人のためじゃない、世の中のために、大地や空や風や命のためにあるものだろ? だから一緒にしちゃいかん」

「司教様はあのお魚が嫌いなのですか?」

 見上げるように問い掛けた言葉に、司教様は笑って答えます。

「嫌いじゃない。私はただこっちの方が好きなだけだ」

 どんなに不真面目で精霊や竜の怒りを買うような事ばかりしていても、あの老人はあの修道院ではちゃんとした司教様でした。

 だから死んでしまった時、本当に悲しくて仕方が無かったです。

 何日も泣いて、涙がかれてから、跡継ぎがいない修道院が引き払われると聞いて、女の子が跡継ぎになって。

 がんばってあの場所を守ったんですけど、だめでした。

 人が大きな飛び魚の船に暮らす理由。その最大の理由に、襲われたのです。

 魔物。

 遠い昔に世界中を巻き込んで起こった『魔導大戦』。この影響で地上は人が住めなくなるほど沢山の魔物で溢れていました。大戦時代の生物兵器を筆頭に、それらの子孫や汚染された大地から生まれる凶暴な獣。それらのせいで、大地は人が拠点を作る暇も無いほどに『廃棄』と『開拓』が繰り返されてるのです。

 修道院は、廃棄の際に取り残された人たちが集まってできた小さな集落にあったのです。少ないお金で雇った傭兵によって守られていましたが、群れで襲ってきた魔物によって、一晩、いえ、一時間で壊滅に追いやられたのです。

 女の子は、ほんの僅かな希望にかけて集落から逃げ出しました。先代から継いだ建物の地下にみんなを押し込んで、古くから守られている教典を手に自ら囮になる事を選んだのでした。

 でもだめでした。森には沢山の魔物がいて、彼女はあっさりと、死んでしまったのです。

 運命は皮肉にも女の子が二度目の人生を歩み始める最初の舞台となったあの場所に彼女を誘いました。

 大きな栗の木の枝に毛玉のように生えた宿木が見下ろす場所。宿木の下で見つけたから、そんな名前にしようと育ての親が名をくれた場所。

 ミステル・カスタネア。彼女の人生はそこで幕を閉じて。

 現在三度目に突入しています。

 私ことミステルはなんだかよく解らないままに三度目の人生を歩む事になって四年が経っています。

 最初こそ壊滅した集落や一緒に暮らした仲間達の事を想って涙を流したものですが、修道院の地下に隠れていた人の一部が無事に救助されたのでそこだけは本当によかった、と思いました。

 ただ、その時に戻ってきた私は誰にも気付かれなかったようで、困惑しているうちに空を飛ぶ船は飛んで行ってしまい仲間とはぐれてしまうのです。

 死んで精霊の一種である幽霊になってしまったのか! と思った私は慌てふためきましたが直後にお腹が減ってこれを否定。幽霊がお腹減るわけ無い、そして何より嫌いな人参を齧れるわけが無いと。

 そして次に異様に体が軽いこと。本気で跳ねると空の上まで飛んでいけるのです。これは幽霊っぽいですが、水に映った自分の目には先代から継いだ教典の表紙に描かれていた三日月の模様が入っていました。

 それが魔術書と呼ばれる、この世に存在する精霊の力を書き込んだ書物の一つだと知り。

 それと同化してしまった私は、それと分離したいわけでもなくどうしたいという事もないままに、世界をゆらゆら旅をして。

「ここ、空中都市シメア・シルムにやってきたと言う経緯です」

 焼いた鳥を串に刺し、甘いタレをつけた焼き鳥なるものを食べながら、私は目の前の青年達に言いました。

 チェック柄の床材に並べられた幾つもの席。その一つで談笑するお二人に、混ぜてもらってます。

「―――でさってあれ? オレの焼き鳥一本減ってね?」

「はい! 頂きましたよ! ちゃんともらいますよって言ったじゃないですか。やだなぁ」

 バシバシ肩を叩いてるのに相手はまったく気にしません。

「最初から二本だったんじゃないのか? ………お前なんで小刻みに震えてるんの?」

「え? オレ震えてるか?」

 と、叩かれてる衝撃で体が揺れているのに周りが気付いても、本人は気付かないのです。

 串焼きも同様で、一本入りで一本なくなったら気付かれる―――というか、私が触れないのですが、話込んでいるところで三本入りの一本をもらったりするのは出来たりします。

 四年間の経験で解った事は、私が接触した感触や言葉は相手に伝わらない。誰の意識も向いていない物には直接触れられる。私から離れた物―――例えば食べ終わった串とかは、それとなく置いておくと「あれ?」みたいな感じで認識される。といった感じです。

 つまり誰かの意識が向いているものは幽霊のように干渉できないのですが、そうでない物は普通に触れてしまうのです。

 お腹が減ったらこれを前提にして皆様からちょいちょい頂いてますよ!

 そしてそれをするのに丁度いいのが、この場所。

 シメア・シルム六番艦中部中央広場。通称『ミルフィーユマーケット』です。

 ミルフィーユマーケットの話をする前にそもそも『シメア・シルム』ってなんぞい? というところから入りますと、シメア・シルムとは五百年以上昔に建造された箱舟です。

 魔導大戦直後に人が住む事が出来ないほどに荒れた地上。そこから逃れるために作られたのが、空中都市シメア・シルム一番艦です。とんでもなく巨大な戦艦を改装したこの船は、人口の増加や老朽化に伴いすぐに限界がきました。そして魔導技術の爆発的発展期に新たに建造されたのが、シメア・シルム二番艦から十一番艦の計十隻。現在では一番艦は廃棄され、この十隻のシメア・シルムを中心にした世界が五百年続いています。

 シメア・シルムの外観は七色に輝く羽とヒレを持つ、巨大な飛び魚です。どのくらい巨大化というと、背びれは雲を突き抜けるくせに尾ひれは地に届きそうで、山の向こう側からからでもその姿が霞みをまとって見えるほどです。

 山や森はオモチャかよってくらいに小さく見える。馬鹿げた姿です。

 そんなものが浮く理由については―――魔導技術とかいう魔法? みたいな物のおかげで科学的な分野をがん無視しているからとしかいえないのですが。

「ごちそうさまでした! 私は次のナニカを食べに行きますね!」

 串はお皿に戻さずに、近くのゴミ箱に叩き込んでおきます。ちゃんと燃えるゴミのほうに。二つに折っておくのは以前、串のせいで袋が破けてきぇえええって発狂してた掃除のおばちゃんがいたからです。

 金属製の柵の方によると、日差しが心地よい日当たりの良い場所に出ます。さらに進むと転落防止の柵が緩やかな曲線を描いて延々と続いています。

 シメア・シルムはあまりに巨大なため、一隻で一つの国と言われているそうです。内部構造は居住を主体としたもの、というのは同じなのですが、十隻それぞれ個性があるらしく、ここ六番艦は初期に作られた『最もスタンダードな船』です。

 居住を重点に置き、多くの住民を受け入れるための構造。ミルフィーユ―――積層型です。

 とてつもなく分厚く巨大な層を約二十枚重ね、船の機関と形に整形したもの。柱と柱、層と層の間に部屋を設け、そこに人が住むという簡単な構造です。入艦時に配布されていたパンフレットを疎外感を誤魔化すために拝借したところ、建造して百年足らずで『狭くないけど圧迫感がある』『もっと広々とした空間がほしい』という意見が殺到し改装した模様。

「で、このミルフィーユマーケットが、改装の成果という事ですか」

 シメア・シルムを構成するミルフィーユを、その断面が綺麗に見えるように一部をひし形に斜めにくり抜いた空間を利用したショッピングモール。高い天井から降り注ぐ陽光を、二十階どこでもテラス限定ですが陽を帯びながら食事が楽しめるという場所。

 中央には巨大な人工樹が立ち、一番上の層、第一層の辺りで枝葉を広げて木漏れ日を演出。層の一層一層は主に食事を提供する店が多く、色んな食べ物のにおいに満ちています。この大きな広場に直接面していなくても、ここから前後の大通りや各層のメイン通路には商店が並んでいて、住民以外にも観光客も楽しめる空間となっています。

 活気に溢れ、楽しい気分で溢れた場所。そこがミルフィーユマッケットです。

「私はご飯にありつけるのが一番好きですけどねぇ」

 シメア・シルムの基本層のうち、二層から四層の一部を改装したそうですが、それだけでも十五階ほど高さがあります。さらに高い天井の店舗が並んでいて、それだけでも十分広いのにこれがシメア・シルムのほんの一部だというのだから変な感じです。

「しかし、改めて見ると観光客が多いんですね。誰か私が見える人いないでしょうか」

 柵の上から身を乗り出してみますが、結構危ういにも関わらず誰も私を見たりしません。このまま下の階に飛び降りてみようか。

 ご飯にありつけるのが最大の理由ですが、私が見える人を探すというのも大きな目的になります。色んなものを扱っているので私自身も退屈しませんし、効率もいいかと思うのです。

「まぁ、私が見える人がいたから何? なんですが」

 別に元の体に戻りたいわけでもなく、結構この体も便利な事が多いのです。魔術書に記されてた魔法が直感的に使えるのはヤバイです。病み付きになります。間違えました、もうなってます。

 転落防止の柵にお腹まで身を乗り出して、洗濯物のようにべろんと脱力。このまま下におっこちても猫のように着地できますし、頭から落ちても死にませんし、やばくても魔法でなんとかしちゃうので危機感なんてありません。

「……決めました。今日はストーキングをしましょう」

 シメア・シルムは広大である故に一人でうろつくと本当に迷子になります。一人で冒険もなかなかスリリングでいいのですが、点検用通路の道を覚えても仕方ないので誰かの後をついて行った方が特なのです。

「そうと決まれば誰にしましょう。若いカップル―――は、いちゃいちゃされるとイラつくので却下で、熟年夫婦……は夫婦喧嘩に巻き込まれた事があるので、ここは一人でいる若い男性にしましょう」

 洗濯物状態のままミルフィーユマーケットを見回してみると、早速二つ下の階のテラス席で新聞を読んでいる若い男性を発見しました。

 ぴょんぴょんと跳ねるような癖のある栗色の髪。皮のジャケットにダメージジーンズ。線は細いですがシャツの内側から鍛えてますよと引き締まったナニカが訴えています。目元はサングラスで隠れているのでいまいち解りませんが、髭が似合う顔立ちでは無いようです。

「ん、ん、んん? 船の中なのにサングラスってどうなんでしょう。テラス席に座るために用意したんでしょうか? それとも蛍光灯の光が苦手なんですかね。ミステルさんはオシャレ説か有名人説を推します! という訳で真相解明のため、ダイブ!」

 ずるん、とそれこそ止め具の外れた洗濯物みたいに落っこちた私は空中で一回転して足から着地。そのままもう一度目の前の柵を軽く飛び越えると、目標のいる階に到着ですが。

「うなっ!」

 着地点は何も無かったのですが、掃除のおばちゃんが机をずらしてそこに配置。派手に蹴飛ばして『ポルターガイスト現象』を叫ばれても困るので、その上に着地、殺しきれなかった前に対する勢いのまま、得物に飛び掛る猫のように飛び出しました。

 幸い机は少し揺れただけですが、予期せぬ形で空中に再度放り出された私は行き交う人の間を見事にスルーし、ごろんごろん転がって柵にぶつかって停止。目標の青年の後ろで、さかさまになったみっともない姿でした。

「平和か」

 そんな呟きが、私の事を見えていない事を証明してくれます。

「平和ってほんとなんなんだろうなぁ」

 なんとも漠然としていてありふれた呟きです。今日は平和の記念日か何かでしょうか。

「平和そうで何よりだが、下じゃあんなに毎日命かけてんのになぁ」

 転んだままですが、どこか懐かしむような口調に私はピンと来ました。

 似たような呟きを、院長やってる時に聞きましたので。

「ほんと、毎日毎日『平和』だわな」

 魔物の溢れる地上で、何とか穏やかな日々を過ごせているのは誰のおかげだ?

 そんな言葉が思い出せます。まだ司教様が亡くなった直後で塞ぎこんでいた私は、怯えるままにお布施から汚れた硬化を取り出そうとして。

『まぁ、俺達もこの集落が好きで守ってんだけどな』

 と、頭に大きな手を置かれました。

 その優しげな声が。笑顔がフラッシュバックして、ちょっとだけ涙が浮んでしまいます。

「まぁ、これが見れるならみんながんばるよな」

 そんな言葉を口元の笑みと共に呟く彼。彼から私は一切見えないでしょうが、気付けないでしょうが。

 少しだけ、彼を追いかけてみようと思います。

 傭兵か、元傭兵の彼を。

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