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アマギワカタクリズム  作者: ひなみそ工房
第一章:空の国
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取り返しの付かない事

 書きたくて読んでもらいたくてでも小心者の私ですので投稿する間隔も長いかも知れないですが、少ない言葉で精一杯表現して皆さんに読んでいただけたらな、と思いパチパチと作ってます。

 今までたくさん作品は作りましたが、ちゃんと完結しなかったり技術が足りなかったり所詮趣味だから、と投げ出してしまったりしていましたが、やっぱりお話を作るのが好きだったみたいと最近気が付き、自分なりの何かを詰め込みながら夢中になって書いた作品です。

 読んで頂けるのは大変嬉しい限りだと思います、が、言葉の使い方や文章の荒さは目を瞑りつつ、純粋に楽しんでいただければ何よりです。

 小難しい設定が多い世界ですが、見つけてくださりありがとう御座います。

 死は誰にでも平等に訪れるモノ。

 だけど私にとって死は漠然としていて、いまいち理解できないものでした。

 生きていればいつかたどり着くモノ。命ある者がその終わりにたどり着く場所。

 命の終わり方が死。聖書にある死後の世界があるというのなら、死もまた始まりなのでしょうか。

 死を畏れる事はありません。司教様はそう度々私達に言い聞かせてくれたものです。

 ただ、その時が来てもよりよい形で迎えられるように、毎日祈りをささげて感謝しなさいと。

 今、生きている事に感謝しなさいと。

 なら私は。


「ご―――ぷぁ……ッ」


 なら、私は、感謝が足りなかったのだと思います。

 大好きだった司教様が旅立たれる時、その顔は満ち足りていました。眠るように慈しむ様な優しげなあの表情ができるのは、生の時間を大切にし、それに感謝していたからこそ出来るものなのです。

 死は怖くない。

 怖くない、はずなんです。

 毎朝ちゃんとお祈りしました。食事にありつける事を感謝しました。命を頂く事に感謝しました。嫌いな人参もちゃんと食べました。勉強だってがんばりました。冬の洗濯もがんばりました。ほしいものも我慢しました。毎日の空腹だって我慢しました。辛い事があっても泣かないようになりました。

 でも。これだけがんばっても。

 怖いんです。

 痛くて怖くて苦しくて泣いてしまうのです。

 口の中は血で一杯で、息を吸うこともできなくて、視界は真っ赤に染まってて、体中嫌な汗が拭き出してて、爪が剥がれるくらい地面をかきむしって、それでも痛くてどうしようもなくて。

 引き裂かれたお腹が痛くて仕方なくて。

 私はまだ生きてるのに、食べられてるんだってわかっちゃって。

 むしゃむしゃくちゃくちゃ聞こえる音が、私の意識を縫い付けるんです。

 眠るように死ぬなんて許さない。

 頭まで綺麗に食べられるまで許さない。

 そもそも死の精霊は私が死ぬなんて知らないみたいです。お迎えに来る予定なんて無いようなんです。

 きっと私は勉強不足だったに違いありません。迎えが無い時の死の世界への行き方を知らなかったのだから。

 今からお祈りをすれば許してもらえるのでしょうか。

 気を失うように死ぬ事ができるのでしょうか。

 きっと、無理でしょう。

 今まであれだけがんばっても、お祈りをしてもこんな死の迎え方をするのですから。付け焼刃のような祈りではちっとも足りません。

 そもそも。

 私はまだ死なないのではないでしょうか?

 あれだけいい子にしててこんな死に方をするのでは、司教様はどれだけの善行をしてきたのでしょう。きっと起きている時間は常にお祈りをして食事の度に感激の涙を流し、命を頂く度に己の肉を削ぎ落とし、人参は大好物で、この世のあらゆる理を理解し、冬の洗濯は洗濯板など使わず手洗いで、欲しい物など何も無く、毎日の空腹など気にもせず、辛い事は辛いとすら感じなかったのです。

 私の知っている司教様は朝起きてむにゃむにゃとお祈りをして、食事は肉が少ないとぼやき、命を頂く事には感謝してはいましたが猟銃でウサギを打ち抜いて「今日は肉だ」と喜び、人参はこの世にある事すら嫌い、世の中の事はあんまり詳しくなく、冬の洗濯は他の人に任せ、金がほしい若さがほしいと口癖のように呟き、腹が減ってはお布施で買い物に出かけ、聖典を足に落としては大げさなまでに泣き叫ぶのです。

 それに比べれば私はどんなにいい子だったか。

 だからこれはきっと、一時的な辛い事で、私はきっと生きるのです。

 気が付いたら生きていて、お腹に傷跡なんか残っちゃってそれを気にするようになったりして、あの時は怖かったなんて笑って話せるようになって、そうやって生きているうちに誰かが羨ましがるくらいに素敵な命の終わり方をして、よくがんばりましたと死の精霊に褒めてもらって、死の世界へと誘われるのです。

「ぞう、でずよ……」

 死ぬはずが無いのです。

 こんな所で私は、死ぬはずがありません。

 動く左手で預かり物の聖典を抱き、嫌なくらいに満点の星空に向かって血まみれの顔で笑ってやりました。

 もし本当に生きる事ができるのなら。

 大好きだった司祭様のように、先代のようにもう少しだけ不真面目に生きてもいいのかな、なんて思って。

 私はそこで確かにどうしようもなく取り返しも付かないくらいに、死にました。



 ………と、言うのが。

 もう四年も前の話になります。

「ほらほら見てくださいよ。これがその時むしゃむしゃされちゃった時の傷なんですよ! 結構女性としてぎりぎり見せちゃいけないような場所にあって―――って言っても綺麗さっぱり残ってないんですけどね!」

 と、惜しげもなく健康的な傷一つ無い綺麗な女の子のお腹をぎりぎり一杯まで見せてあげてるのですが、目の前の相手は反応なし。

 場所は宿泊施設の一室。赤い絨毯が敷き詰められ、上品かつ落ち着いた色調のスィートルームのベッドの縁で膝立ちになり、上着をはだけて肌を露出しているのですが、相手は淡々とベッドを整え続けます。

 ちなみに相手はホテルマンの若い男性。性欲が無いなんてありえない年頃であります。

「はぁもぅつまんない、つまんないです。襲われちゃってもソレはソレですっごい困りますけど、無視は無視で私のココロがガリゴリ音を立てて削れてしまいますねぇ。まったく聞いてます? 聞いてませんよねぇ」

 頭をばしばし叩いてやっても無反応。男性はきびきびベッドを整えると自分の作業を指差し確認しとっとと出て行ってしまいました。

「……ごくろうさまでした」

 途端に襲ってくるこの寂しさ。

 浅黄色のラフなパーカーと膝丈のハーフパンツを着なおし、盛大にため息を付いてしまいます。

「まったく。もう四年ですよ、四年」

 ベッドから降りて、大きなドレッサーの前へ。サービス品の化粧品が手前に並ぶ鏡には、当然私の姿が映ります。

 栗色の髪を三つ編みにして前に垂らし、華奢な体に袖の余るパーカーにハーフパンツ。パーカーの下は何も着てないので首から除く鎖骨ですとか屈んだ時に見える控えめな胸とかがポイントになってます。ファスナー一つで盛大なサービスが出来る仕様ですが、曲線美がスバラシイ私はそれが自慢ですのでどうぞニャンコ付きのファスナーを降ろしちゃえるならやってください、と言った感じです。

 そう、出来るものなら。

 欠伸をするとくりくりした目に涙が溜まります。右の目は赤くて左目は黄色く、黄色い方には三日月の模様が瞳の輪郭沿いに入ってます。この不思議な目もだいぶ見慣れました。

「さて、今日はどうしますかね。中央広場でツマミ食い? あー…エーガもまだ見てないのがありましたねぇ」

 呟きながら入り口に向かうと、扉は当然のように閉められてました。私はピカピカに磨かれたノブには手を触れず、開けるぞという気持ちだけでそのままドアを抜けようとします。

 すると細い筒の中を暴れながら抜けて行った風のような音が小さく聞こえ、カチャンと音を立ててドアが開きます。

 廊下には先ほどのホテルマンがいきなり開いたドアに驚き、何が起こったのか理解できず、私とすれ違いで―――すり抜けて室内に入っていきます。

 普通なら私が開けた、と理解すべきなのですが、残念ながらドアが開いたことは認識できても私の事はワカラナイのが、彼の限界。本当残念。若さの無駄遣いです。

 いえ、ここ四年私に気付いた人なんていないんですけどね。

 気付いてる人もいるかもしれませんが、声をかけられた事なんてないんですが。

 幽霊? いえいえ違います。存在としてはかなり近いかもしれないですが、私は『食べる事』も『触れる事』もできるんです。おまけに慎ましやかな胸に手を当てれば心臓の音もしますし、足だってちゃんとスニーカーを履いてます。

 ただちょっと、周りから認識されていないだけでして。

 ちょっと、人外な力を手に入れてしまっただけでして。

 ………死に際に持ってた聖典という名の魔導書となんか同化しちゃってるみたいでして。

 だって証拠に、聖典の表紙に書かれてた三日月が瞳に移ってるんですもの。

「私、これからどうなっちゃうんですかねぇ」

 呟きは誰にも聞かれる事も無く虚空に消えて。

 私は今日もよくわからないまま生きています。

 誰かに気付いてもらえる事に期待しながら。


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