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わたしロボット

作者: 関口 太郎

「しょうらいのゆめ」

 わたしのしょうらいのゆめは、ロボットをつくることです。なまえは『わたしロボット』といって、そのロボットはわたしそっくりのすがたをしています。なので、まったく見分けはつきません。

 そのロボットは、どんなことでもわたしのかわりにやってくれます。

 おりょうりも、おそうじも、おせんたくも、ぜんぶロボットがやってくれるので、わたしは朝ゆっくりとおきて、ロボットのつくったごはんを食べて、あそんで、テレビを見て、ぐっすりねるような毎日をすごしたいです。なので、そのためにしょうらいわたしはロボットをつくりたいです。




 小学校の頃、授業参観で将来の夢について書かされたことがある。先生は適当に選んだのだろうが、運悪く私が当てられて、同級生や、私の母親を含めた保護者全員の前で発表することになった。結果は散々なもので、学校では放課後先生に、家では母親に叱られた。当時は何で叱られたのか分からなかったし、先生の「自分の好きなように書きなさい」という言葉通りに書いたのに叱られたので、担任だった1年間は、その先生が心底嫌いだった。

 それから20年ほどが経ち、ついに私は完成させた。そう、『わたしロボット』をだ。

 まさか、自分自身でも小学生の頃の将来の夢を実現するとは思わなかった。このロボットを作ることを人生の目標にしていたわけではないけれど、今思うと人生の節目節目でロボットに関係するような選択肢を選んでいたような気もする。心の奥底では、ロボットを作ることを望んでいたのかもしれない。




 今、私の目の前の作業台には自分そっくりのロボットが横たわっている。このロボットは自宅を改造した作業場で作ったもので、作業場にはあちこちに資料や工具、機材が転がっている。どれもこれも、このロボットを作る上で糧となったものたちだ。

 ロボットの最終調整を終え、私はロボットを起動するリモコンを手に持った。テレビ用のリモコンを改造したもので、傍から見ればただのテレビのリモコンにしか見えないだろう。実際、テレビを操作することもできる。

 改造リモコンをロボットへ向け、少しの緊張と期待で震える親指を使い、ゆっくりと電源ボタンを押し込んだ。大丈夫、調整は完璧なはず。静かな作業場の中で、唸るような機械音だけが微かに響く。


 しばらくすると、ロボットは死体が生き返ったように目を開けた。そのまま、作業台の上で大きく伸びする。

「おはよう」

 とりあえず、ロボットに声をかけてみた。さて、どんな反応が返ってくるか。

「ん~……おはよ」

 やや寝ぼけたように、右目を擦りながら返事をするロボット。私と同じで寝起きには弱いらしい。どうやら、起動は上々のようだ。

「調子はどう?おかしなところはない?」

「全然。ばっちりよ」

 そう言うと、ロボットは元気よく作業台から飛び降りた。よし、動きの面でも問題はなさそうだ。

「じゃあ、手始めにこの部屋の掃除をしてくれるかしら?」

 10畳ほどのこの作業場は、中央にさっきまでロボットが横になっていた作業台があり、それを取り囲むようにして四方に本棚兼道具棚を配置している。しかし、周りの棚は全くと言っていいほど機能しておらず、本来ならば棚に収まっているはずの資料や工具はほとんど床に投げ出され、足の踏み場もないほどに散らかっていた。たただでさえ片づけが苦手な上、このロボットを作っている間は一度も片づけをしていないので、当然と言えば当然なのだけれど。

 ロボットは辺りを見渡すと、少し嫌な顔をした後に、渋々ながら片づけを始めた。

 この点が、私と寸分違わぬよう造られた『わたしロボット』の中で、ロボットと私の唯一の違いだった。


 散らかした本人が言うのもどうかと思うけれど、もし私なら、これほど散らかっている部屋を片付けろと言われたら断固拒否するだろう。しかし、ロボットは渋々ながらも言われた通りに片づけをする。このロボットは、私の言うことをなんでも実行してくれるのだ。

 元はと言えば、私の仕事を全てしてもらうために制作したロボットだし、そもそもロボットという言葉は、チェコ語の『労働』という意味の語から作られた言葉なので、仕事をしないロボットはロボットとは呼べないのかもしれない。

 ロボットが片づけをしている間、私はこの部屋で唯一空きスペースとなっている、先ほどまでロボットが横たわっていた作業台に腰かけ、ロボットの様子を見守っていた。私がここに上っていると、傍から見ればどちらがロボットでどちらが生身の人間なのか見分けがつかないだろう。まるで、一卵性双生児になった気分だ。残念ながら、このロボットを作っていることは誰にも口外していないので、それを確かめることは出来ないのだけれど。

 ロボットは、落ちている資料を拾っては本棚に仕舞い、落ちている工具は工具箱に、ごみはごみ箱へと忙しそうに右往左往していた。時折、ただ眺めている私をじっと睨んでは、暗に「手伝ってよ」という意思を送ってくるけれど、私は一切手を貸すことはしなかった。




「やっと終わったあ~!」

 ロボットが片づけを初めて3時間ほどが経過し、作業場は見違えるように綺麗になった。久しぶりに見た床は、こんな模様だったかと疑問を覚えるくらいだ。

「お疲れさま」

 そう言うと、私は作業台に突っ伏していたロボットの前にオレンジジュースとクッキーを置いた。どちらも、私の好物だ。ということはもちろん、ロボットの好物でもある。

「やった!いただきます!」

 そう言うや否や、ロボットはさっそくクッキーに飛びついた。そして、クッキーの欠片が付いた口でストローを咥えると、渇いた喉をオレンジジュースで潤していく。……私は、客観的に見るとこんなに意地汚いのだろうか。

「やっぱり早いわねー、あなたに任せると」

 そう言って、私はすっかり綺麗になった作業場を見渡した。普通のロボットでなく『わたしロボット』に作業を任せる利点は、綺麗で早いということもあるのだが、やはり1番は私の再現性というところにあるだろう。


 物を片づけたり整理する時に、人は多かれ少なかれ自分流のやり方を持っているものだろう。大きい物から順に並べていったり、種類で統一したり。それに、必要なものと不必要なものの基準も人によって異なると思う。自分ではやりたくないけれど、自分でしかやれない仕事がある。そんな仕事をするのに『わたしロボット』は適しているのだ。

 私は資料を五十音順で並べる派なのだけれど、それもロボットはきちんと再現してくれているし、必要ないものは全てごみ袋にまとめて部屋の端に置いてある。この点においても、どうやら成功のようだった。


「当たり前じゃない。わたしがやったんだもの」

 そう言って、胸を張るロボット。その間も、クッキーを摘まむ手は止めない。

「いやあ、やっぱりあなたには敵わないわね」

「そうでしょう?」

「すごく頼りになるし」

「まあ、頼ってもらっても悪くはないけどね」

「じゃあ、そろそろお腹も空いたし晩御飯でも作ってもらおうかしら」

 ロボットの、クッキーに伸ばしていた手がピタリと止まった。そして、右の頬を吊り上げた顔を私に向ける。

「それ、本気?わたし、もう疲れたんだけど……」

「私は、ほら、料理とか苦手だし」

「それはわたしも一緒よ!」

 案の定、拒否されてしまった。おだてたり、クッキーを与えたりしてみたけれど、どうやら失敗したらしい。強制的に作ってもらうことも可能なのだけれど、『食事を作る』ということだけしか実行せず、その内容は悲惨なものになる可能性もあるので、できるだけロボットを乗り気にさせて作ってもらいたかったのだけれど。

「まあ、お願いね?」

 その一言でロボットはぶつくさ言いながらも立ち上がり、気だるそうな足取りで台所へ向かっていった。




 今日の晩御飯は、ご飯、インスタントの味噌汁、それに醤油を垂らした冷奴だった。




 それから、ロボットと一緒にお風呂に入り、水中での稼働状態を調べた。オレンジジュースを飲んでいたから大丈夫だとは思っていたけれど、念には念を入れてチェックを行った。やはり問題はないようで、これでロボットの外装についての機能面は全てクリアだと判断できるだろう。

 今後は、このロボットの内面、思考や判断をどのように行うかを調べていこう。今日1日見た様子では問題無いように思えるが、私――すなわち人間の思考をトレースするのは並大抵の事ではない。製作した私でも考えつかないような、思わぬバグが発生する可能性もある。とりあえず、1週間ほど様子を見ることにしておこう。




「明日は、ちゃんとしたご飯を作ってもらうからね」

 私だけでなく、ロボットも寝間着に着替え、私たちは作業場に戻った。今日の所はとりあえず、稼働を終了させることにした。

「今晩はわたしが作ったんだから、明日はあなたが作るって考えはないの?」

「ご飯をよそって、味噌をお湯で溶かして、パックから豆腐を出して醤油をかけただけのものを料理とは呼ばないわ」

 そう言って、不満そうな顔のロボットを作業台の上に寝かせた。申し訳ないけれど、しばらくの間はこの作業台がロボットの寝床になるだろう。

 我が家にはベッドや布団はなく、いつもはソファで寝ているのだけれど、それも私が寝たら一杯になってしまう。まあ、床に寝かせるよりはいくらかマシだろう。

「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 ロボットが、静かに目を閉じた。しかし、それだけでは休むことは出来ないので、私はロボットに向かって改造リモコンを向けた。そして、電源ボタンをゆっくりと押し込むと、先ほどはではただ目を閉じていただけのロボットが、魂の抜けたように静かになった。もちろん、ロボットに魂は存在しないので、あくまで比喩的な表現ではあるが。

 人間には魂があるのかという哲学は、眠れなくなりそうなので就寝前に考えるのはやめておこう。

 それから私は、改造リモコンでタイマーをセットし、明日の午前8時にロボットが起動するようにした。これで、明日の朝起きれば温かい朝食を食べられるだろう。

 仕事をやらされるのは御免だが、このタイマー機能はつくづくうらやましいと思う。好きな時に寝て、必要な時間に正確に起きる。朝に弱い私にとっては、ロボットと変わってでも欲しい機能だ。

 ロボットの次は確実に起きられる目覚ましでも作ろうか、などど考えつつ、私は作業場を後にした。




「起きろー!」

 次の日の朝、私はロボットの大声と共に掛布団を引きはがされ、そのままソファから床に落ちたショックで目が覚めた。人に起こされるのは何年ぶりだろうか。まあ、限りなく人に近いとは言ってもロボットはロボットなので、その本質は目覚まし時計に近いのかもしれない。

「……おはよう」

 私の目の前で仁王立ちしているロボットに向かって、朝のあいさつ。

「おはよう。って、いつまで寝てるつもり?全然早くないんだけど」

 母親みたいなことを言って、ロボットは壁に掛けてある時計を指差した。その短針は、11に差し掛かる頃だった。

「ほら、言われた通りにちゃんとご飯作ったから、さっさと顔洗ってきてよ!」

 その一言を聞くと、私体は吸い寄せられるように洗面所に向かった。頭で考えるより先に行動するとは、やはり私は食い意地が張っているのかもしれない。


 今日のご飯はトーストにアイスココア、ベーコンエッグにパプリカとキャベツのサラダと、昨晩とは比べものにならないほど豪華な食事だった。ロボットは終始胸を張っていて、「どうだ見たか!」と言わんばかりだった。

「ごちそうさまでした」

 ココアの最後の一口を飲み干し、私はロボットに向けて手を合わせた。

「どう?おいしかった?」

「うん。すっごく」

「それじゃあ、お昼はあなたがご飯作ってね」

 返事を待たず、ロボットは早々と食器を片づけていく。皿洗いをしてお茶を濁し、お昼もロボットに任せようかと考えていたけれど、どうやら手の内はバレていたらしい。しかし、手の内がバレているということは、それだけ私の思考をトレースできているということだろう。それは大変喜ばしいことなので、約束通りお昼は私が作ることにしよう。




 今日のお昼ごはんは、お茶漬けと野菜炒めだった。




 それから私は、ロボットに様々な仕事を与えた。掃除はもちろん、洗濯や炊事も全てロボットに行わせることに成功した。最初は渋々やっていたロボットも、諦めたのか気分がいいのか分からないが、今ではきちんと自主的に行うようになった。

 仕事以外には、クイズ番組なんかを2人でソファに座って見たりもした。大体の問題は答えることができ、答えることができない問題は全て私にも分からなかった問題だった。




 そうしているうちに、様子見としていた期間である1週間が過ぎた。正確には、今日がその1週間目である。

そしてこの日、私はロボットに今まで保留していた最後の仕事を与えることにした。

 それは、外での仕事、つまり私以外の人間に接触することである。いくら性能がよく、私の代わりをこなすことができたとしても、ロボットと見破られてしまっては無意味だし、外部と接触することで何か異常が発生する可能性も捨てきれない。

 逆に言うと、今日のこの仕事さえこなせれば『わたしロボット』は完成と言っていいだろう。


「それじゃあ、お願いね」

 玄関で靴を履き終えたロボットに、私は1枚の紙を手渡した。今日の外での仕事の、詳細な内容が書かれたメモだ。

「卵1パックに玉ねぎ2袋、スライスチーズ2パック、醤油1本、キャベツ1玉、鶏胸肉300グラム、大根1本、それにバタークッキーとチョコクッキー、アーモンドクッキーがそれぞれ2袋ずつね」

 ロボットがメモに目を通し、書かれている項目を1つずつ読み上げていく。今日の外での仕事、それは『おつかい』と言い換えることもできる。

「じゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」

「うん。行ってきます」

 ロボットが、玄関のドアを開けて外へ出ていく。私はそれを手を振って見送った。

 これで、後はロボットの帰りを待つだけ――――というわけにはいかない。私は、急いで着替え、顔が隠れるくらい大きな白い帽子を被ると、すぐにロボットの後を追った。

 ロボットの仕事ぶりを観察しなければならないし、何より外での初仕事なので、不具合が発生したらすぐにフォローして連れて帰らないと大変なことになってしまう。

 人型ロボットが街中を歩いているなんて、とんだファンタジーだ。


 ロボットにはすぐに追いつくことができた。と言うより、ロボットが全く進んでいなかった。

 4軒隣の家では、犬を飼っている。茶色い毛をした大型犬の雑種で、私もよくこの道を通るので知らない内に懐かれていたのだけれど、その犬とロボットがじゃれあっていた。犬の方はリードで繋がれているので、近づいても精々道路から少しはみ出すくらいだし、ロボットの方も私並みの常識は持ち合わせているので、他人の家の敷地内に入るようなことはしていないけれど、できるだけ犬に近づいて、満面の笑みで可愛がっていた。

 元々、動物は臭いでものを判別するらしいので、動物相手には生身の人間ではないことが分かってしまうのだろうと、半ば諦めていたのだけれど、あれを見る限りどうやらそうでもないらしい。『わたしロボット』がそれほど私に似ているのか、もしくはこの一週間で私の匂いが付いたのか。

 ……しかし、私もたまにあの犬の相手をすることはあるけれど、おつかい中にも関わらず相手をするのは、優先順位立てができていないのだろうか?帰ってきてからそのあたりの調整も考えないといけないのかもしれない。

 ――と、犬の相手に飽きたのか、はたまた自分の仕事を思い出したのか、ロボットは立ち上がり犬に別れを告げると、スーパーの方へと向かって歩き出した。私も、電柱や看板の陰に隠れながらロボットに気づかれないように後を追っていく。

 あの犬の前を通った時に、びっくりしたような表情をしていたのは気のせいではないのだろう。


 それから、ロボットは無事にスーパーへと到着した。入り口で買い物かごを取り、店内に進んで行く。私も、怪しまれないようかごを手に持ち、少し間を開けて店の中へと入った。

 このスーパーは私の家から1番近い位置にある、よく利用する店なので、商品の大体の配列は良く知っている。ロボットにも同じことが言えるので、迷わずに進んで行く。初めは、入り口から少し進んだ通路を左に曲がり、お菓子コーナーへ向かったようだ。

 クッキー類が置いてある棚の前まで来ると、迷うことなくある種類のクッキーを買い物かごに入れていく。それは、私がよく買っている種類のクッキーだった。いつも無くならないよう多めに買っておくのだけれど、一昨日にテレビを見ながらロボットと食べたのを最後に、備蓄が底をついてしまっていた。この1週間はロボットも一緒になって食べていたので、消費速度が倍になっていたのだ。

 私が頼んだのは2袋ずつだったはずだけれど、ロボットはそれぞれ4袋ずつ買い物かごに入れて、お菓子コーナーを後にした。あのロボット、もしかすると今よりクッキーを食べる気なのかもしれない。私はクッキーモンスターを造った覚えはないぞ。

 それからロボットは調味料売り場で醤油、生鮮食品売り場で卵と鶏胸肉を、隣の加工食品売り場でチーズを買い物かごに入れていった。経過は順調。


 しかし、問題は野菜だった。玉ねぎと大根をかごに入れ、後はキャベツを残すのみとなったところで、ロボットは辺りをきょろきょろと見回していた。

 どうしたのかと、ロボットに見つからないように陳列棚の陰から野菜売り場を見渡すと、その理由が分かった。キャベツが棚のどこにも並んでいなかったのだ。

「参ったな……」

 ロボットは、渋い顔をしてメモを睨みつけている。さて、この状況をどうするのだろうか。ロボットには悪いが、私にとってこれは好都合だった。ロボットの出来を測るには、不測の事態が起これば起こるほどありがたい。

 しばらくの間悩んでいたロボットが、何かを見つけ不意に動きだした。それを追っていくと目に飛び込んできたのは、白菜とレタスを持って店員に詰め寄っているロボットの姿だった。

「白菜とレタス、どっちがキャベツに似てますか?」

そんなことを聞かれても、店員は困り顔で苦笑いするだけだった。そりゃそうだ。

 しかしこれで『わたしロボット』は私以外が見ても違和感がないということの裏付けになったので、これはこれで成果があったと言えなくもないだろう。私と同じ姿をしたロボットが、あの店員に変な客だと思われたのかもしれないのは問題だけれど。

 結局ロボットは白菜を棚に戻し、レタスを買い物かごに入れると、レジへと向かった。レタスを選んだ理由は、名前が同じ片仮名表記だからなどという理由だろう。私も、あの2択だったならばレタスを選ぶ。

 ロボットはレジで会計を済ませると、買い物袋に商品を詰めていく。後は家に戻るだけだ。今日の仕事の結果は、まあ妥協点といったところだろうか。

 しかしこれで『わたしロボット』完成である。

 私は軽い足取りで、ロボットより一足先に帰路に着いた。




 家に帰ると、冷蔵庫から尻が生えていた。

「あ、お帰りなさい」

 一瞬、泥棒かと身構えたけれど、尻の主はロボットだった。冷蔵庫から缶のオレンジジュースを取り出してプルタブを開けると、慣れた足取りでリビングにあるソファに寝転がり、リモコンを拾い上げてテレビを付けた。テレビでは、県内の子供たちがキャンプをしたというローカルなニュースが流れていた。

 ……あれ?スーパーからの帰りは一本道だし、抜かされた覚えもないのだけれど、ロボットはいつの間に帰ってきた?

「あなた、いつの間に……」

「ねえ」

 ロボットが、私の言葉を遮るように話しかけてきた。右手にジュース、左手にリモコンを持ち、ソファに寝転がるというこの上ないほど怠惰な格好で。

「何かしら?」

 言葉を遮られるのはあまり好きではないけれど、話の所有権がロボットに移ってしまっている以上、受け身にならざるを得ない。

「子供って、可愛いものよね」

 そう言って、ロボットはテレビに映っている子供たちを指差した。テレビの中の子供たちは、強い日差しを気にもせず元気に走り回っている。

「そうね。それは同感だわ。元気で、純粋で、夢があって」

「そう。あの子供たちも、将来の夢を持っているのかしらね。でも――あの中の何人が本当に夢を叶えることができるのかしら?」

 テレビ映っているのは、20人ほどの子供たちだ。その中から本当に夢を叶えることができるのは、現実的にはごくわずかだろう。

「1人……良くて2人くらいだと思うわ」

「でしょうね。子供の頃からの夢を追い続けて、ましてやそれを叶えるなんて、そう簡単な事じゃないもの」

 だからこそ『わたしロボット』を作ることができた私は幸せ者なのかもしれない。

「だけど、子供の頃の夢をずっと追い続けることって、そんなに大切なことかしら?」

「どういうこと?」

「子供の頃に持った夢を追うのをやめるってことは、2種類あるってことよ。1つは、文字通り夢を諦めてしまうこと。これは、残念ながら多くの人が経験するでしょうね」

「……そうね」

「これは悲しいことだけど、でも、悪いってことじゃないわ。その方が幸せになれる選択肢なのかもしれないし」

 一概には言えないけれど、その可能性は充分にある。夢を叶えた結果得たものが、挫折と妥協の中で得たものより優れているなんて、誰にも決めることができないのだから。

「もう1つは、夢を追った先に、更に大きな夢を見つけること。言うならば、夢を追い越しちゃうってことになるのかしら」

「夢を追い越す?」

 そんなことは考えたことも無かった。夢を追い越す――確かに、考えてみれば考え付きそうなものだけど。

 しかしなぜ、ロボットが私の思考よりも先に進むことができたのだろうか?この1週間で進歩した?

 いや、どちらかと言うならばバグの面が強そうだ。そもそもロボットと私との間には優先権があるので、私の言葉を遮るようなことは出来ないはずだ。

「ちょっと待って。一旦休みましょう」

「例えるなら、日本一の野球選手を目指していた少年が、世界一の野球選手を目指すようなものかしらね。……そして、私は後者だった」

 私の言葉に耳も貸さず、ロボットは勝手に話を進めていく。やはり、何か重大なバグが起こっているのだろう。早く、ロボットを止めないと――

「私は、子供の頃に『わたしロボット』を作りたいと思って、ずっと勉強してきたわ。でも、いつからか私の目的は『ロボットに仕事を任せて楽をする』から『世界最高のロボットを作る』に切り替わっていたの。ロボットを作るのに夢中になっていたのよ」


 これは本当に私の造った『わたしロボット』なのか?既にこのロボットの言っていることは、私の思考とはまるで違う、全く別のものになってしまっている。これじゃあまるで、赤の他人と話しているようなものだ。

「世界最高のロボットを作るにあたって、私はどんなロボットを作ればいいのか必死に考えた。精密な作業をできるロボット。空を飛ぶことができるロボット。重いものを運べるロボット。宇宙空間でも作業できるロボット。いろいろ考えたけれど、どれも世界最高とは言えなかった。私は、どんな仕事でも世界最高の出来で行えるロボットを作りたかったのよ」

「そんなの……できるわけないじゃない」

 二兎を追うものは一兎も得ず、とはよく言ったもので、どれほど性能が良くとも、どんな仕事も世界最高レベルでこなせるロボットなんて作ることは不可能だろう。

「でも、私は諦めたくなかった。私の知識と技術があれば、1つの仕事だけをさせるロボットなら、世界最高のものを作れる自信はあったのだから」

 そう言うと、持っていたオレンジジュースを一気に飲み干し、ソファから立ち上がった。

「そこで私は、1つの答えを導き出したの」

 言いながら、1歩ずつ、1歩ずつと私に詰め寄ってくる。テレビからは、相変わらず子供たちの元気な声が聞こえていた。

「ロボットを造るロボット――これが、私の出した『世界最高のロボット』の答えだった」

 リビングの外、玄関の方から、がちゃりと扉の開く音がした。続いて「ただいまー」という声。

「どんなに優れたロボットが他に生み出されても、それを上回るロボットを造り出すことができる。そんなロボットこそ世界最高だと思わない?」

 そう言って、左手に持っていたリモコンを私に向けた。その親指は電源ボタンに添えられている。

「私の子供の頃の夢だった『わたしロボット』を造ってくれてありがとう。疲れただろうから、少しの間休んでちょうだい」

 添えられた親指が、ゆっくりと電源ボタンを押し込んでいく。

「おやすみなさい」


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― 新着の感想 ―
[一言] 久々に本物の「SF」を読んだ気がします。 それ以上は言葉が出ません。
[良い点] ロボットの反乱というのは王道的なパターンですが、その理由がきっちりと描かれていて楽しめました。 「このロボットを作ることを人生の目標にしていたわけではないけれど、今思うと人生の節目節目で…
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