変わらぬ想い
直樹は、阿木の家が見える反対車線に車を止めた。
そして家の方を見ると、阿木の母親と一緒に佑梨が立っている。
「?」
直樹は車を降りて、佑梨に近寄った。
佑梨が胸元を抑えて泣いている。それを阿木の母親が必死になぐさめていた。
「ごめんなさい…若山さん…うちの子が佑梨ちゃんにひどいことをしたようで…」
母親が涙ぐみながら、直樹に言った。
「!?何を…?」
「パパ…いいの…もう帰ろう。」
「すいません。本当に申し訳ありません!」
頭を下げている母親を後に、佑梨が直樹の手を取って車に走り出した。
直樹は車の傍までくると、ジャケットを脱いで佑梨の肩にかけ、助手席に佑梨を乗せた。
佑梨は、ジャケットの合わせを胸の前で重ねるようにして手で押さえていた。
直樹は佑梨のシートベルトを締め、自分もシートベルトを締めると車を発進させた。
……
「佑梨…大丈夫か?」
「…やっぱり…行かなきゃよかった…」
「阿木君は何をしたんだ?」
「…押し倒されて…無理やりキスをしてきたの…それも気持ち悪いキス…。」
「……」
少し予測していただけに、直樹は声も出なかった。
「…それで…ブラウス…脱がされそうになって…」
「!!」
直樹は思わず佑梨を見たが、再び前を向いた。よそ見をして事故を起こすわけにはいかない。
「脱がされたのか!?」
「…大丈夫…ボタンはちぎれたけど…でも、なんとか阿木君を離して…逃げてきたの。」
「お母さんが一緒にいたけど…」
「私が阿木君の部屋から飛び出したのを見て、わかってくれたみたい。…それで…一緒に外で待ってくれていたの。」
「そうか…。」
佑梨は胸元を抑えたまま泣き出した。直樹が片手をハンドルから離して、佑梨の肩に手を置いた。
佑梨はその直樹の手を握って頬に当て、泣き続けた。
……
帰ってきた佑梨を友美が慌てるようにして、部屋へ連れて入った。
ジャケットをかけられた佑梨の様子を見て、すぐに悟ったようである。
直樹はいらだたしげに、リビングへ入った。
そして突然壁を殴りつけた。
……
一瞬、家が揺れたように感じた諒一は、驚いて部屋を出、リビングへ向かった。
「父さん?…え?どうしたの!?」
諒一は驚いて直樹を見た。壁に穴が空いている。直樹はソファーに座って頭を抱えていた。
「どうしたの?父さん…。」
「佑梨が…」
「!?佑梨!?…佑梨がどうしたの!?…」
「……」
直樹はすぐには言わなかった。
……
友美は佑梨を着替えさせて、ベッドに寝かせた。
「阿木君の部屋まで入ったのね。」
「だって…宿題する時も阿木君の部屋だったし…まさか…あんなことされるなんて思わなかったから…」
友美はため息をついた。
「阿木君も、やっぱり男の子だったのねぇ…。」
そう友美が呟いた時、家が揺れたように感じた。
「!?…さっきも何か揺れたような気がしたけど…。何かしら?」
佑梨は泣きながらも、不思議そうな眼を友美に向けている。
「ちょっと佑梨、寝ててね。様子見てくる。」
友美はそう言って、部屋を出た。
…そしてリビングに降りて、驚いた。
穴が2つ壁に空いている。
見ると、直樹と諒一が同じように頭を抱えてソファーに座っていた。
「直樹さん!…諒一君に言ったのね!」
「…だって…独りで耐えるのは辛くって…」
「もう…諒一君まで壁に穴をあけちゃって…できることなら、同じところに穴をあけてちょうだい!」
…そういう問題じゃないとは思うが…。
……
「何だったの?」
部屋に戻ってきた友美に佑梨が尋ねた。
「何でもないの。佑梨は気にしないでいいわ。」
友美は、佑梨の寝ているベッドの傍の床に座った。そして佑梨の手を握った。
「落ち着いた?」
佑梨はうなずいた。
「…私も…悪いの。」
「?」
佑梨の言葉に友美は「どうして?」と尋ねた。
「私…お兄ちゃんのことをあきらめようと思って…たまたま優しくしてくれた阿木君に近づいたの。」
「!!」
「でも…やっぱりあきらめられなかった…。阿木君にキスされた時、お兄ちゃんの顔が浮かんでしまって…必死に突き飛ばしてた…。」
「…そう…」
「阿木君が好きだったら…あんなことされても嫌じゃなかったと思う…。あれがお兄ちゃんだったら…」
「佑梨!」
「だって…本当に好きなんだもん!…どうすればいいのか…私だってわからないんだもん!」
佑梨が泣き出した。友美は佑梨の手を強く握った。
そして、しばらく佑梨が泣いているのを困ったように見ていたが、やがてふっと微笑んで言った。
「…諒一君は手ごわいわよ。」
そんな友美の言葉に、佑梨はとたんに泣き声を抑えて濡れた目を友美に向けた。
「ずーっと硬派を通して、彼女も作らずに今までいたんだもの…。さすがの佑梨でも、お兄ちゃんの心を開くのは無理なんじゃないかなぁ…なんて、けしかけちゃったりしてね。」
佑梨が、友美と一緒にくすくすと笑った。
「諒一君の事が好きなら、そのまま好きでいいんじゃない?」
「でも…お兄ちゃんの笑顔がなくなっちゃったんだもん。」
「ああ…そうだったわね。硬派もあそこまで行くと、たち悪いわね。」
また友美と佑梨は笑った。
「でも気にしないでいいんじゃない?好きなら好きで…。それに…もしかするとお兄ちゃんより素敵な人が現れるかもしれないじゃない。その時はその時で、自分の想いに任せたらいいのよ。」
佑梨はうなずいた。
友美は立ちあがりながら言った。
「もうこのまま寝る?」
「…シャワー浴びたい。」
友美はうなずいて佑梨の手を取り、起き上がるのを手伝った。